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朝食

「おーい。起きろー。朝飯行くぞ」


 一睡も出来なかったので大声で起こされなくても良いのだけど。


 ランが布団を剥ぎ取ってくるので渋々体を起こす。


「おはよう」


「おう。おはようさん。あんま寝られなかったか?」


 ランが私の顔を見て心配そうに声をかけてくる。心の乱れが顔にも出ているようだ。


 私は昨日リリィに思いを伝えた。そして、それを拒絶された。後悔で寝られる訳がない。


 ランに急かされるように着替えを済ませ食堂に行く。貴族連中はいつものように一角を占領して豪華な食事を用意させていた。食堂のおばちゃんもいい加減に慣れたもので食料を多めに用意しているみたいだ。


 メリアがピオニーと二人で席についている。ランと食事を受け取ると二人の隣に座った。


「メリア、ピオニー、おはよう」


「リリーちゃん、おはよう! どう? 元気?」


 メリアがいつもの甲高い声と柔らかい微笑みをもって挨拶をしてくる。一日しか離れていないのになんだか寂しい気持ちが湧いてくる。


「えぇ。大丈夫よ。メリアもオリーブと一緒だと苦労してるんじゃない?」


「それがね、オリーブさんってすっごい優しいの! 外だとツンツンしているけれど、二人の時はお茶を飲みながらお話してくれるんだよ!」


 普段のオリーブからは想像もつかない。リリィの言う通り、本当は心優しい人なのだろうか。何か狙いがあるのかもしれないので油断はできないけれど、メリアは完全に信頼している風だ。


「リリーちゃんの事もたくさんお話したよ! オリーブさんって聞き上手でね、踊りの事とか、普段何をしているかとか、色々聞いてくれるの!」


 多分、オリーブは親切心や好意でメリアと話をしている訳ではない。ゴシップを仕入れようと躍起になっているだけだ。メリアはそのことに気づかずにペラペラと話してしまっているようだけど。


「無難な話しかしない方がいいかもな。何か裏があるかもしれねえぞ」


 ランがメリアを嗜める。私も同じ考えだ。私とリリィの関係がバレた日にはオリーブは歓喜するだろう。噂を広めれば、リリィよりも上に行けるかもしれないからだ。


「そういえばリリィさんの噂、聞いた?」


 ピオニーが声を潜めて話し始める。ちょうどリリィの事を考えていたのでびっくりしたが、心が読める訳ではないだろう。


 メリアもランもポカンとした顔をしているので誰も知らないようだ。ピオニーが私達を近くに寄せて囁き声で話す。


「リリィさん、キャンディ家のどら息子と婚約するらしいの。しかも長男じゃないんですって。五男よ、五男」


「えぇ!? こっ……」


「お姉ちゃん、静かにして!」


 驚いたメリアが大声で言いそうになったのでピオニーが口を塞ぐ。どのテーブルもその噂で持ちきりなのだろうけど、下手に騒いで目をつけられたくはない。


「キャンディ家で五男って……また偉い格下だな。本当なのか?」


「本当よ。友達の友達の姉の友達の彼氏の友達がキャンディ家のどら息子なんだってさ。昨日も酒場で飲んだくれててうっかりバラしちゃったらしいわよ。今朝、風呂に入ったらその話題で持ちきりだったの」


 情報源はピオニーからすれば他人という事だ。信憑性の欠片もない情報源だが、火のないところに煙は立たない。婚約が確定ではないにしてもそれらしい話は動いているのだろう。


「お風呂で貴族の人達が話しているのを聞いた感じだとやっぱりリリィさんにとっては良くない条件なのね」


「そりゃな。名門ルフナ家の娘が、勢いはあるとはいえ新興貴族のキャンディ家に嫁ぐんだぜ。表向きは新しい勢力とも親交を結ぶとか言えるだろうけど、結局はただの厄介払いだよな」


「このオーディションはどうするのかしら」


「結婚するなら勇者なんてやってる場合じゃないだろ。辞退するんじゃないか」


「そうなるとチャンスね。でもリリィさんの分の票は貴族界隈に流れちゃうのかしら。バラけると逆に困るわね」


 ランとピオニーはもうリリィが結婚をして勇者オーディションを辞退する前提で話をしている。


 私は受け入れられず、ただ押し黙って二人がキャッキャと自分達の順位がどうなるのか気にしている様子を眺める事しか出来ない。


 物凄く前向きに考えるなら、昨日私を拒絶したのはこの件があったからとも言えなくもない。だとすると今度は婚約の噂が事実になってしまうのでどちらに転んでも悩ましい事態だ。


「リリーちゃん、元気ないけど本当に大丈夫?」


 メリアが心配そうな顔をして覗き込んでくる。


「ああ。まぁ、イビキがうるさいのは仕方ないよな。あんな完璧そうな人でも欠点があるって分かっただけでも嬉しいよ」


 ランが笑いながら貴族連中の席にいるリリィを眺める。いつものように背筋をピンと伸ばして貴族連中と豪華な朝食を食べている。


 本人を前にして噂話はしないだろうけど、誰もが真偽を気にしているだろうし、貴族連中のテーブルの空気は物凄い事になっていそうだ。


「イビキ?」


「リリィのイビキがうるさくて寝られないんだろ? だから私の部屋に移動したってリリィが言ってたぞ」


「あ……そうね。そうかも」


「そうかもってなんだよ」


 ランは適当に話を打ち切って残りの朝ご飯を一気に平らげ始めた。深く突っ込まれると話に齟齬が出そうなので助かった。


 リリィは自分を悪者にして部屋を移動させてくれていた。やはり、昨日のリリィの態度には何かがある。そう思わずにはいられなかった。

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