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告白

「あ……あの……怒らないんですか?」


「何に?」


 リリィは私を離さずに耳元で囁く。


「あんな会に参加していた事です。でも誤解ですから」


 リリィの「フッ」と笑う声が聞こえた。リリィは手を私の背中にゆっくりと這わせながら話し始める。


「そんなの分かってるわよ。どうせ誰かに騙されてあそこに連れて行かれたのでしょう? 確かに私が乱入した時、貴女はルナットの傍に居た。それだけで私が勘違いをして『貴女も他の人と同じだ』なんて思うと考えていたの? あまり見くびらないで欲しいわね」


 説明は不要だったらしい。リリィは全てを察してくれていた。


「あ……ありがとうございます」


「何故お礼を言うの?」


 リリィの語気が強まってくる。久しぶりのお仕置きを期待してしまい、吐息が漏れる。


「助けてもらったので……それにこれからも守ってくれるって……」


 お仕置きを誘導するようにリリィの背中に手を這わせる。


「それは夜だけよ。昼間は私もやる事があるから、自分の身は自分で守るのよ」


「夜だけ……ですか?」


「えぇ。その意味、分かるでしょう?」


 リリィは私の背中をさすっていた手をゆっくりと下山させながら怪しく耳元で囁く。つまり、私を部屋に連れ込むために話を誘導した、という事らしい。


 これから起こる事に期待しつつ、目を瞑ってリリィに身体を任せるとお尻を軽く叩かれる。リリィの体が離れていった。


「まだ早いわ。始める前に清めないとね。あの男には何をされたの?」


「え……えぇと……首を掴まれたのと、左の頬と耳をぶたれました」


「あら。貴女の好きそうな感じじゃない。どう? 気持ちよかった?」


 リリィの大きな目が私を捉える。リリィが目の前にいるにも関わらず、その瞳に映る私は嫌悪感にまみれた顔をしていた。


 今日の事は思い出すだけで虫酸が走る。ただ怖かった。叩かれても快感なんてこれっぽっちも無かった。


「そんな事ありません。恐怖だけでした。早く記憶から消し去りたいくらいです」


「良い顔ね。記憶は消せないけれど、上書きはしてあげられるわよ」


 そう言うとリリィは私を優しく壁に押し当てる。リリィの小さな顔がゆっくりと近づいてきた。


「まずは頬と耳ね」


 リリィの舌が私の左頬を這う。舌先でチロチロとしていたのが徐々に大胆になってきた。私の頬を味わうように舌の全面で舐めてくる。それでもリリィなので不快感はない。頬なので気持ち良くもないけれど。


 頬を全面舐めると、耳に移動してきた。大胆な舌遣いは耳に来ても変わらない。わざとらしくネチョネチョと耳元で大きな音を立ててくる。耳は弱いので声を我慢できなくなってきた。


「いいのよ。我慢しなくて。一人の時に叫んでみたけれど、隣の部屋からは何の反応も無かったわ」


 リリィが一人で叫んでいる様子を想像すると笑いが込み上げてくる。仮に聞こえていたとしても、リリィの部屋が騒音の発生源だったら文句も言いづらいだろう。


 何とも信憑性に欠ける誘いだけど乗ることにした。喉が鳴ると耳のこそばゆさが増していく。


「意外と控えめな声なのね」


「よ……様子見です」


「そう。じゃあ、続けるわね」


 リリィの舌は耳から下り首にやってきた。ルナットが触れた部分を余さずに舐めとるつもりらしい。全身と申告したらどうなっていたのだろうと身震いする。


 リリィの両手も私の胸を揉んだり背中をいやらしく触っている。今日のリリィはこれまでと違う。このまま私の全てを奪うつもりだと直感する。それならそれで良いと思った。リリィなら安心して全てを捧げられる。


 だが、リリィは私の首についた痕跡を丁寧に舐め取ると身体を離す。


「あ……あの……続きは……」


「まだ触られたところがあるの?」


「な……ないです。ないですけど……私を……私を貰ってください」


 リリィは目を丸くする。ここまで焦らしておいてその顔をするなんてズルいと思った。分かっていて焦らそうとしていた訳ではないらしい。


「貰うって……」


「私の全てをあげます。身体も心も」


「見返りは? 私の心が欲しいの?」


 欲を言えばそうだ。無言で頷くとリリィは困った顔をする。


「無理よ。第一、女同士なのよ? 恋愛なんて成立しないわ」


 鈍器で殴られたような衝撃が頭を吹き飛ばす。リリィなら受け入れてくれると思っていた。そんな壁なんて無い人だと思っていた。これまでの関係だって常軌を逸していたのだから、こんな事くらい訳ないと思っていた。全ては思っていた。そう。全ては私の思い込みだった。


「そ……そんなの分からないじゃないですか! 大体、これまでの事は何だったんですか? 裸で抱き合ったり、キ……キスをしたり!」


 リリィは頭を抱えてため息をつく。


「貴女は私の所有物。ペットよ。本気になられると困るわ」


「ペ……ペット……」


「そう。放蕩貴族は犬にアレを舐めさせるらしいわ。バターを塗ると覚えが良いそうよ。貴女はそれに等しい存在」


「じゃあなんで助けてくれたんですか。今日だけじゃなくて、いつも私に絡んで来たじゃないですか」


「だから、貴女をペットにするためよ。決まっているじゃない」


「そんな……そんなのって……」


 気づけば大粒の涙が頬を伝い、顎から滴っていた。そのことに気づくとまともに喋る事も立っていることすらできない。ただ、大声で泣きじゃくる。


 リリィの絡みも優しさも好意があるからだと思っていた。短い期間とはいえ、お互いの事を知り、心は通じていると思っていた。それなのに拒絶されてしまった。


「ちょ……隣の部屋に聞こえるから静かになさい!」


 リリィが慌てて私の口を塞ごうとしてくるが、それを跳ね除ける。こんなに力が入ったのは初めてだ。リリィに尻もちをつかせた。


「さっき……大声でも聞こえないって……言ったもん!」


「あれは嘘だから。貴女を辱めるための方便よ」


「リリィさん……嘘つきなんだ!」


 リリィはため息をつくと、部屋に入った時のように私を抱きしめる。フワッとリリィの匂いがする。


「私達の関係について明言しておくわ。友人かもしれないけれど恋人ではないの。ただ、気持ち良い事をするだけの関係よ。それ以上を求めるなら私は応えられない」


「そんなの……やってみないと分かんないです!」


「聞き分けが悪い子は嫌いなの」


 いつも以上に冷たく言い放つとリリィは私を突き飛ばし、机に立てかけられた剣を手に取る。鞘から抜き取ると私に剣先を向けてきた。


「どう? 怖い?」


 光を反射してリリィの髪色のように白銀に染まる剣先が私を捉える。このまま真っ直ぐ私に突き立てれば身体なんて簡単に貫けるだろう。


「怖くないです」


 言うやいなや目の前に切先が迫ってくる。寸止めだが少しでも前に出ていたら私の頬に突き刺さっていた。さすがに驚いて心臓がビクンとなる。


「どうかしら」


「驚きました」


「そうね。驚くと心臓がバクバクとなるでしょ? 極限状態でも同じ。今日、ルナットの屋敷で犯されそうになった貴女の精神は普通ではなかった。そこに私が颯爽と登場するの。恋と勘違いしても不思議ではないわ」


 だから、私の気持ちは一時的なもの。ただの気の迷いだと言いたいのだろう。


「リリィさんは……恋をした事があるんですか? お嬢様に分かるんですか?」


 切先がわずかに動く。動揺している証だ。


「今は貴女の話をしているの。私じゃないわ」


 剣を片付けるとリリィは床に座っている私を無視して部屋から出ていってしまった。


 すぐにリリィは戻ってきた。廊下から話し声がしていたので誰かを連れてきたのだろう。部屋の入口にはランが立っていた。


「リフィさん。ランさんに話はしてあるわ。今日はランさんの部屋で寝てくださいね」


 部屋からも追い出されるらしい。私はペットなのだ。飼い主に噛み付いたのだから追い出されて当然だ。自分の部屋から持ってきた荷物を持ち、リリィの部屋から出る。


 ランは自分の部屋に入るまでずっと話しかけ続けてくれた。それほどまでに私の顔には生気がなく、何かがあった事は察していたのだろう。


 だけどそんな気遣いを無にするように私はランの部屋に入るなり部屋の隅に荷物を置き、ベッドにうつ伏せになった。


 ランも気まずさを感じ取り押し黙る。静かな部屋に誰かの叫び声が聞こえてきた。


「うるせぇなぁ。誰だよ、こんな夜中に」


 ランが隣のベッドにダイブしながらぼやく。


 どことなく、リリィの声に似ていた。隣の部屋どころか、何部屋も離れたランの部屋にまで聞こえてくる絶叫。その意味を考えながら眠りについた。

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