デリカシー
ネリネが体を使って大きく手招きしてくるので横にしゃがみ二人で花を眺める。
「まだ寝ないの?」
「寝られないっす。その分起きるのも遅いので……」
ネリネは頬を掻き、苦笑いをしながら自分の生活リズムが乱れている事を白状する。
「そんな日もあるよね。訓練は大丈夫なの?」
「大丈夫っす! 家族が講師なのでいなくても見過ごされてる感じです!」
「そ……それはそれで良いのか迷うわね……」
身内だからこそ厳しく扱われそうなものだけど、ネリネの雰囲気的にもかなり甘やかされていそうだ。
ネリネは花を見つめてボーッと考え事をしている。
「お花、綺麗っすね。遠くから見てもいいですし、近くで一本一本を見ると微妙に茎が曲がっているやつ、花弁が大きなやつ、逆に小さいやつ。色々なんですね」
「そうね。けど当たり前じゃない? 全く同じ物なんて探す方が大変そうよ」
「そうっすね。この中に一本だけ雑草が紛れていたらやっぱり目立つんすかね」
目の前の花壇はよく手入れがされているようで一本の雑草も生えていない。ネリネは草に見立てた小石を花壇に投げ入れる。
「目立つんじゃないかな。目立つだけで良い事はないだろうけど。邪魔するからって引っこ抜かれちゃうかも」
私は勇者オーディションという花壇に紛れ込んだ雑草だ。経緯を知っているのはヒースだけだろうけど、どうしてもその事が頭から離れない。
「引っこ抜かれないように頑張らないとっすね! 生き残れば勝ちっすから!」
私に微笑みかけてくるのだけど、ネリネの言う雑草は私の事を揶揄していたのだろうかと心がチクりと痛む。私は平民で踊り子だから。
オリーブならまだしもネリネのような純粋そうな人にもそう思われているのだと思うと少し落ち込んでしまう。
返す言葉が出てこず土を触っているとネリネが驚いた様子で声を出した。
「あ! 雑草っていうのはリフィさんの事じゃないっすよ! 本当に! 私、馬鹿なんで人の気持ちとか考えずに話しちゃうんです。すみません」
やらかしたと気づいて、その事を誤魔化すように笑う。可愛いので許すし、なんだか謝り慣れている風に見えるのが痛々しい。キャンディ家ともなると指導も厳しいのだろう。
「気にしてないから大丈夫よ」
ネリネはニッコリと笑って私を見てくる。本当に毒気がない笑顔だ。どうしても貴族連中では声の大きいオリーブが目立ってしまうけれど、他の人も似たようなものだろうし、擦れていないネリネには辛いものがあるだろう。
ネリネも気まずいさを感じたのか、一緒に土いじりを始めた。
「小さい頃はこうやって友達と土を掘り返して虫を探したりして遊んだっす。平民も貴族も関係なくてあの頃は楽しかったです」
懐かしい思い出に浸っているようで、口元が綻んでいる。本当に楽しかったのだろう。
「そうなの? もっと息苦しいのだと思っていたわ」
「父ちゃんも鬼じゃないので、一応十歳までは自由にさせるって方針だったらしいっす。誕生日を迎えた途端、ニコニコしていた父ちゃんが化け物みたいに怖くなったんですよ。『今日からお前は魔法使いになるんだ!』って」
自分の親を化け物と呼ぶのは中々だ。とはいえ、私もお婆ちゃんに踊りの稽古をつけてもらう時は何度か心の中で「糞ババア」と毒づいた事はあるから気持ちはわかる。
「大変だったけど報われそうで良かったね。勇者になれそうじゃない」
「まぁ……勇者になるのも箔をつけるためで、結局は父ちゃんの言いなりになって貴族に嫁ぐんですけどね。一度でいいから恋をしてみたかったっす」
「すればいいじゃない。結婚なんてまだ先でしょ?」
「そうっすけど……リフィさんは恋人とかいるんすか?」
年上として少しでもこういう話題をリードしてあげたいけれど生憎私もそういう経験は全くないのだった。一瞬だけリリィの顔がちらついたけれどそういう関係ではない。友人で、協力者で、契約をしている人なのだから。
「残念。いないの」
「やっぱり!」
ネリネの言葉を受けて「何がやっぱりなんだ!」と言いたくなるけれどこれも悪気がある訳ではないのだ。ただ少しデリカシーに欠けているだけだと自分を落ち着かせる。
「ネリネは? もしかして昔一緒に遊んだ平民の男の子が忘れられないとか?」
「そんなのある訳ないっすよ。リフィさんっておとぎ話とか好きそうっすね」
慣れてきたからか言い方に容赦がない。また私の顔色を見て察したのか「これも悪気はないっす!」と謝ってくる。気の強さだけ足りていればオリーブとも戦っていけそうだ。
「でも、リリィさんっておとぎ話の中から出てきたんじゃないかってくらい完璧っすよね。美人で、背が高くて、髪の毛が綺麗で、強くて、いつも凛としていて。憧れちゃいますね」
それは表の顔。裏では私の脚をこよなく愛するのに理性が働いてそれをうまく発散できない。そのくせ支配欲が強くて私と同じくらいの変態だ。さすがに誰かに言いふらすほど私もバカではないけれど、リリィのあの顔を知っているのは私だけだ。
いや、本当に私だけなのだろうか。リリィが別の女の子を手籠めにしていないとも限らない。そう思うと急にソワソワしてきた。髪はまだ少し濡れているけれどリリィの部屋に走っていこうと思った瞬間に、ネリネは私を引き留めるように話し始める。
「リリィさんの事、好きかもしれないっす。おかしいんっすかね、女の子同士なのに」
「大丈夫よ。何もおかしくないわ。普通の事だから」
ネリネの頭を撫でると犬のように私の上体にもたれかかってきた。
「ありがとうございます。そう言ってもらえるだけで嬉しいっす。そろそろ部屋戻りますね」
ネリネは満足したようで一人で立ち上がると私を置いて部屋に戻って行った。去り際に私の髪を触っていたので、まだここにいると思ったらしい。
折角なので一人で花壇を見つめながら物思いにふける事にする。
別にリリィに他の相手がいてもいい。それでリリィの攻め方が変わる訳ではないのだから。
そのはずなのに、なぜかモヤっとしてしまう。独占欲、という言葉が頭をもたげる。なぜ私がリリィを独占したくなるのか。
いくら考えても答えは出ず、冷えから来るくしゃみで我に返ると中庭を後にするのだった。




