妹的存在
リリィの舌が私の首筋をチロチロと這う。このくらいなら我慢できそうだ。
私達の逢瀬を邪魔した誰かさんは鼻歌を歌いながらすぐ隣のシャワー室に入ったようだ。呑気なことに鼻歌をやめずにシャワーを浴びている。
リリィの舌は徐々に私の身体を下っていく。首筋、鎖骨、一気に下っていき秘部を無視して、太ももにたどり着いた。
今日こそはリリィに全ての欲望を解放してほしい。その一心でリリィの頭を撫でる。濡れそぼった髪の毛が指に絡む。
前とは違って顔を擦り付けるだけでなく、太腿を甘噛したり指先まで舐め回したりとやりたい事をしてくれているみたいだ。
快感というよりは成長を見守る親のような目線で私の足を這いずり回るリリィを眺める。
内腿に戻ってきたところでリリィの動きが止まった。
何も言わずに頭からシャワーを浴びると一人で浴槽に向かう。何か私の粗相があったのだろうか。ビクビクしながらシャワーを早めに済ませ浴槽にいく。
風呂に浸かると、肩まで湯に浸かっているリリィが穏やかな顔で私を見つめてくる。
「やっぱり駄目ね。私は獣になりきれないわ」
「この前よりは良かったですよ。そのぉ……変態度合いとしては」
「何よそれ。貴女の方こそ達するのが早くなってきていない? どうなっているの?」
リリィは吹き出しながらそう言う。今日の夕食の感想を述べるテンションでお互いの講評をし合っているのだから、傍から見ればこれも異常だろう。それでも、このくらいラフに話せる方がお互いに気負わなくて済むのかもしれない。
私のすぐ隣に来て頭を私の肩に乗せてくる。さっきまでの女王然とした態度とは別人だ。ただの友人として接してきている。
「はぁ……気持ちいいわね」
「ええ!? 気持ち良く……なれたんですか?」
リリィは私から離れて呆れた顔をする。
「そういう気持ち良いじゃないわよ……万年発情期みたいなのは止めて、頭を切り替えて頂戴。風呂に入ると疲れが取れる感じがするでしょ? 訓練なんて退屈な割に体力を使うのよね」
リリィの腕前をもってすれば剣士の訓練なんて赤子の手をひねるようなものだろう。何なら講師側にいてもおかしくないのかもしれない。素人目だから本職の人からすればまた違うのだろうけど。
「あー……わ、私はだいぶ勉強することが多いですね」
「そういえば今日はどうだったの?」
「あ、はい! 無事にローズさん……講師の人を勃たせて合格をもらいました!」
リリィが怪訝な顔をする。
「貴女……そんな事をしていたの?」
そういえばリリィには踊りを見せただけで具体的にどうすれば合格なのか伝えていなかった。
「へ、変な事はしてないです! 前に見てもらった踊りを披露しただけですから」
「あぁ……あの踊りね……」
リリィが顔を赤くする。風呂でのぼせたと思いたいがそれ以外が要因だろう。友人として話したいときに限って変な方向に話がそれてしまう。リリィもそう思ったのか、大きくため息をついて話を打ち切った。
なんとなく気まずい沈黙が流れる。背後から聞こえていたシャワーの音が止まる。邪魔をしてくれた不届き者の顔でも拝もうと後ろを向くと、金髪ショートヘアの女の子が走ってきているところだった。そのまま私とリリィを飛び越えて浴槽にダイブする。
顔に水飛沫が大量にかかる。顔についた水を拭いながら、リリィの様子をうかがう。マナーに厳しいリリィの事なので怒っていそうだ。
「ネリネ。次は気をつけるのよ」
「はいっす! リリィさんも一緒にどうですか?」
「しないわよ……それに次も飛び込むつもりなのね……」
意外にもリリィは穏やかだ。飛び込んできたのはネリネ・キャンディ。暫定順位二位でお披露目会ではカカシを魔法で消し炭にした印象が鮮烈に残っている。
ただ、近くで見ると私よりも年下なことに気づく。まだあどけなさが残る顔つきに、頬骨あたりでゆるい内巻きになっているショートカットが可愛らしい。くせ毛なのか頭の天辺から天井に向かって一部の髪の毛が触覚のように上を向いている。
「リフィ、ネリネ。ネリネ、リフィよ」
リリィがそそくさと紹介を済ませる。
「あー! あの踊り子さんですね! 踊り、格好良かったですよ!」
ネリネは屈託のない笑顔で私に微笑みかけてくる。リリィが怒らないのも納得する。妹のような存在として真正面から心に入り込んでくるのだ。悪意なんて欠片も持っていないと信じ込まさせられる。
「あ……ありがとうございます。ネリネの魔法もすごかったですよ」
「敬語なんて止めてください。私の方が年下ですから。私、リフィさんの妹みたいなものですよ」
ネリネが上目遣いで私を見てくる。可愛すぎる。リリィも同じことを思っているのか、顔が緩んでいる。私の目線に気づいたリリィは唇を尖らせて睨んできた。あまり見られたくない姿だったのだろう。
「ネリネ、遅かったのね。魔法の訓練だったの?」
リリィが尋ねる。
「そうっす! まぁ、もうちょっと早く帰って来たんですけど、何となく貴族の人が入る時間も平民の人が入る時間も居づらくて……」
ネリネはシュンとした顔をする。キャンディ家は魔法使いの大家とはいえ、貴族会では新参者なので肩身は狭そうだ。食堂で見かけた時も元気のない顔で一番後ろを歩いていた。
かといって平民の集まりに顔を出せば「お前は貴族側の人間だろう」という目で見られるのもまた事実。
結局、どちらにも居場所がないのだろう。こんなに可愛いし素直な性格をしているのだから、素で話せたら友達くらいすぐに増えるだろうに。
「リリィとネリネは仲が良いのね」
「はいっす! リリィさんは優しいので好きです! オリーブさんからも良く守ってくれるので!」
ネリネなんてオリーブからすれば格好の餌だろう。自分から貴族の輪に入ってくるのだから。
「何でそこまでして貴族の輪に入ろうとするの? 無理してついて行かなくてもいいじゃない」
「父ちゃん……じゃなくてお父様に言われるんっすよ。貴族と仲良くしてコネを作っておけって。大人になったら必要になるらしいっす。オーディションに出たのも名を売って有名な貴族に嫁ぐためだったりします」
ラフな話し方が素なのだろう。べらべらと裏話を話してくれているけれど大丈夫なのか少し不安になってくる。
「まぁ……オリーブも昔はもっと優しい子だったのにね。小さい頃は平民だとか気にせず皆と外で遊んでいたのよ。御家騒動があってから変わってしまったの」
リリィは伏し目がちに話す。
「そうなんですか?」
生まれながらの性悪の方がまだ良かった。そんな背景を知ると、嫌味を言われてもほんの欠片だけ同情してしまうかもしれないからだ。
「二人は特に狙われているみたいだからね。何があっても私が守ってあげるから大丈夫よ」
ネリネに見えないように浴槽の中でリリィが手を握ってくる。死ぬまでに言われたい台詞ランキング一位をリリィに言われてしまった。変なつもりは無いのだろうけど胸が高鳴る。
照れて俯いていると体が温まり切ったのか二人が上がろうと言い出したので後について脱衣場に入る。リリィはそそくさと服を着てしまった。
「ネリネ、魔法で髪を乾かしてくれない?」
リリィが濡れた髪の毛を梳かしながらネリネに近づいていく。そんな事が出来るかと驚いた。私もやってもらいたい。普段は自然に乾くに任せるので髪の毛がギシギシなのだ。
「あ……今日は調子が悪くて……また今度っす!」
ネリネは着替えを済ませると一人でさっさと脱衣場から出て行ってしまった。風呂場に飛び込みをしていたのに調子が悪いとはどういうことなのだろうと思うが追いかけてまで問いただすことでもない。
「行っちゃいましたね……魔法で髪の毛を乾かすのって普通なんですか?」
「普通かどうかは分からないけれど……魔法使いの子が一緒の時はやってくれるわよ。今度お願いしてみたらいいんじゃないかしら」
リリィも濡れた髪の毛をまとめてタオルで水気を取ると脱衣場から出て行ってしまった。今日はここまでらしい。
髪を乾かすついでに夜風に当たりたくなったので宿舎の中庭に行ってみる事にする。
ほとんどの人は就寝している時間なので、廊下も薄暗いし明かりもまばらだ。中庭に続く扉を開けると、花が生い茂る中庭に出た。ここは空から見たら左右対称なのだろう。リリィが喜びそうだ。
少し離れた花壇の前に座り込んでいる人がいた。こんな時間に誰かいるとは思わなかったので、少し離れたところから観察する。向こうも人の気配を察したのか私の方を見てきた。
「あ! リフィさんじゃないっすか!」
ネリネは風呂場から中庭に逃げてきていたらしい。立ち去るのも気まずいので少し話をすることにした。




