合格
役割別の訓練も三日目になった。ここまで私はトゥワークの練習しかしていない。
お婆ちゃんに習った踊りもいくつかあるのだが、味方の能力を増強させる踊りをきちんと見てもらっていないので、本当に役立たずのまま課題に望むことになってしまうので、焦りはある。
焦りのせいか、自然と早足でローズの店に向かってしまい、何度も記者の女の子を撒いてしまいそうになった。早歩き如きで見失っていたらスクープを捉えるなんて出来なさそうだけど、私についているという事はお互いに期待されていない者同士なのだろう。
ここまであまり良い結果が出てないので少しネガティブになりながらローズの店の扉を開く。
今日は珍しく店内が明るい。周囲に建物が密集しているので昼間なのに薄暗いのだが、今日は燭台に蠟燭が灯されていた。
ローズは鼻歌を歌いながら、店の一角にあるテーブルを飾り付けている。
「こんにちは。今日って何かのパーティなんですか?」
ローズが私の方を見てくる。
「ノンノン。違うわよ。アンタ、そろそろ精神的にキツくなって来たんじゃないかなって思ったの。リフレッシュしたい時は甘い物が鉄板よね」
「ローズさん……ありがとうございます!」
私を元気づけるために用意してくれていたようだ。宿舎の食堂で見る食器とは違ってあちこち欠けているし、装飾も簡素だ。だけど、ローズの気持ちがこもっている。それだけで十分だ。
「アンタのポンコツ具合を見ていると昔を思い出すのよ」
照れ隠しなのか、毒づきながらクッキーを盛り付けた皿を運んでいる。
ローズが手招きをするのに合わせて記者と二人で席につく。ローズが走り回っているのを尻目に、紅茶を注いで二人でパーティを始める。
ローズも片づけが終わったのか、勢いよく椅子を引いてドスンと腰掛けた。椅子の耐久力は高いらしい。
「昔、何かあったんですか?」
「戦場で一緒になった子がね、何を踊っても響かない、本当に酷い踊りをする子だったの。アンタを見ているとその子を思い出しちゃって」
つまり、私も「何を踊っても響かない本当に酷い踊りをする子」の一人という事だ。元気づけたいのか貶したいのか分からなくなってくる。
一応、うちは代々踊り子だし小さい頃から踊りを教えられて来たのでそれなりに自信はあったのだが、所詮は田舎の小さいコミュニティの中での話だと思い知らされる。
「そ……そんな人がいたんですね」
「ま、もうお婆ちゃんくらいの年だからやめちゃってると思うけどね。エリカって子なの」
驚いてむせてしまい、紅茶が鼻の中に入ってきてツンとした痛みが鼻の奥に居座る。
「エリカって私のお婆ちゃんですけど、まさか知り合いなんですか?」
「あら、そうなの? 唇の上に大きなホクロがある?」
「ありますあります!」
「あらま! すごい偶然ね!」
ローズは手を口に当てて驚く。いちいち所作が乙女だ。
お婆ちゃんも踊り子をしていたのだし、ローズと知り合いでもおかしくは無い。だけど、ローズの見た目はお婆ちゃん、もとい、お爺さんとは程遠いほど若々しい
「あの……ローズさんって何歳なんですか?」
ローズはウィンクをすると人差し指を立てて横に振る。
「ノンノン。乙女に年齢を聞くのはナンセンスよ」
「すみませんでした……」
「食べたら始めましょうか」
ローズは気にした風も出さずにクッキーを勧めてくる。親切にしてくれるのは嬉しいのだけれど、ここまでしてくれる理由は何なのだろう。ヒースの古い知り合いなのだろうけど、突っ込んで聞いてみてもまたはぐらかされそうだ。
雑談をしながらクッキーを食べ終わると、いよいよ今日の練習に入る。
昨日も自主練で手応えがあったのでそそくさとステージに上がる。
「あら、やる気満々ね。クッキーが効いたのかしら」
椅子に座ったローズが茶化してくる。その余裕も今の内だと心の中でほくそ笑む。
「早速踊りますから、見ててくださいね」
二人に背中を向けて立つ。リリィの言葉を頭で反芻する。私はマネキンだ。そう思い込むことで身体がカチカチに固まる。
「おぉ……いいわねぇ」
ローズの感心する声も聞こえる。ひとまずスタンバイの立ち姿は問題ないみたいだ。
腰を落として振り続けてもローズからのストップはかからない。正面から腰振りを見せようと振り向くと、ローズは私に背中を向けるように立ち、記者の女の子は音も立てずに床を舐めるように這いつくばっていた。
予想外の光景に踊りが止まる。
「あ……あの……二人共、どうしたんですか?」
「何でもないわよ。いい踊りだったわ」
起き上がった記者の女の子がローズを一瞥すると顔を真っ赤にして俯むいてしまったので、ローズの正面で何が起こっているのか察した。私の踊りに反応したようだ。
一週間しかないとはいえ、三日目で課題をクリアした。
「やった! ローズさん! 早く他の踊りを教えてください!」
「はしゃがないの。少し待っててね」
ローズはそういうと何度か深呼吸をする。前を向いた時には股の辺りはなんともなくなっていた。何がどうなっていたのか想像もしたくないし、ローズなりに気遣ってくれたのだろう。
「いい踊りだったわ。静の動きをこんなに早くマスターするなんてね。何があったの?」
同じ候補生の女の子に調教されているところでマネキンになれと命令されたら出来ました、なんて言わない方がいいだろう。
「ま……まぁ……練習あるのみでしたね!」
ローズは目を細めて私を見てくる。何かあったのは察していそうだけど深くは追求してこない。
「そのお友達、大事になさいよ。自分の可能性を広げてくれる人なんて滅多にいないから。大体の奴らは自分が欲しいだけ吸い取って逃げていくだけなの」
私もローズから貰うだけ貰ってさようならをする側の人だ。そんな私の考えを察したのか、ローズが笑いながら肩を叩いてくる。
「若い娘はそれでいいのよ。むしろ、滅びゆく踊り子の文化を伝えてくれて嬉しいわ。カラカラになるまで吸い取って頂戴ね」
ローズの笑みに釣られるように大きく頷いた。
そこから他のダンスの特訓が始まった。俊敏性を高める踊り、力を増強する踊り、剣士の能力を向上させる踊り何かもあるらしい。ひとまず戦闘になっても出来る事はありそうだ。
宿舎に戻っても真っ直ぐに自分の部屋へ向かわなかった。課題をクリアしたお祝いとしてローズの店でご飯をご馳走になったし酒も飲んだ。だから少し血迷ったのかもしれない。
気づけばリリィの部屋の前にいた。これまでは無理矢理連れてこられた部屋だけど、今日は初めて自分の意志でここに来た。
ノックをすると返事がある。扉を開けて中に入るとリリィは何かの酒が入ったグラスを片手に読書をしていた。
そんなに年が変わらないはずなのに、大人の色気がある。
「あら。リフィじゃない。どうしたの?」
「あ……その……遊びに来ました」
リリィはグラスをテーブルに置き、続けて本を閉じると優しくグラスの横に置く。ニヤリを笑って私の方を見てくる。
「今日はどうしようかしら。こちらへいらっしゃい」
リリィの手招きで身体がゆっくりと歩みを進め始めた。
机に置かれた本をチラリと横目に見る。タイトルは『言葉攻め入門』。リリィも努力をしているのだと思うと、これからかけられる言葉の一つ一つが何ともいじらしく思えたのだった。




