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真意

「私の踊りって止まるべき時にピタっと止まってないらしいんです。静と動を意識しろって言われちゃって。その観点で見てもらえませんか?」


 リリィはまた小さく頷くが何か煮え切らない様子だ。多分、踊りの効果で何か影響がないのか気にしているのだろうけど、さっきのやり取りがあったので私が過剰反応しないか気を使って聞きづらいのだろう。


「あの……この踊りは機能不全の恋人のために考えられたそうです。だからその……つまり……興奮させるための踊りです。体調が悪くなったりしたら止めてください」


「大丈夫よ」


 ローズと新聞記者に踊りを披露した時は二人とも無反応だった。静と動を意識することで少しは改善して、リリィが反応してくれると嬉しい。無理に興奮させたい訳ではないけれど、それは副次的なものだ。あくまでこれは踊りのキレを見てもらうのだから。


 いつものように観客であるリリィに背中を向けて立つ。


「どうですか? 止まれています?」


「さっきと違うわ」


 振り向くとリリィの目線が低い。私の脚を見ていたみたいだ。私の呆れた目線を感じ取ったのか、リリィは顔を赤くして弁解する。


「さっき、マネキンになれって言ったら本当に脚がピクリとも動かなかったの。本当だから。静の時はそれを意識してみたらいいんじゃないかって思っただけよ。脚ばかり見ていると思わないで」


 もう一度リリィに背中を向けるようにスタンバイをして、布団の中でリリィからかけられた言葉を思い出すと身体が一気に固まっていく。セルフでも効果があるらしい。自分でも、ここまで調教が完了していたのかと驚く。


「素晴らしいわ……」


 後ろからリリィの艶めかしい声が聞こえる。見るだけで満足できるタイプなのか、かなり声にも吐息が混じっている。さっきまでのしおらしさは興奮でどこかに行ってしまったようだ。


 目を瞑り、イメージを膨らませる。動く時は人間で、止まる時はマネキン。そんな風に身体を制御できるのか分からないが、とりあえずやってみる精神だ。


 イメージ通りに身体を動かす。客観的に見られないので、自分が思い描いた通りに身体をくねらせる。腰を落とし、何度も煽情的に振る。


 最後まで踊っていないが、感想を聞くために踊りを止めて振り返る。


 リリィは顔を真っ赤にして太ももを擦り合わせていた。


「あ……あの……」


「大丈夫よ。今すぐに部屋から出て行って」


 表情とは裏腹に、口調も言葉遣いもいつもの冷たいリリィだ。多分、踊りが効いている。


「私の踊り、興奮しましたか?」


 リリィは握りこぶしを作ると伏し目がちに私の腕を軽く叩いてくる。もっと無理やり押し倒すとか、そういう方向を期待していたので少し肩透かしを食らった気分だ。


「これは……こんなはずはない!」


 リリィは自分の身体に起こった変化を認めたくないようで、私を力任せに部屋から追い出す。扉の向こうから鍵を閉める音が聞こえる。何が切っ掛けなのか分からないが、心の琴線に触れてしまったようだ。やりすぎてしまったのかもしれない。


 謝ろうにも部屋から追い出されてしまったので、また後日の方が良いのだろう。




 部屋に戻るとメリアが出迎えてくれた。


「リリーちゃん! 大丈夫だった?」


 メリアは私が貴族連中の下着を甲冑に着せた事件の主犯としてしょっ引かれたと思っているのだろう。実際には別件だったのだが、そんな話を暴露する訳にもいかないので適当にごまかす。


「大丈夫よ。少し誤解があったみたい。解決したから、下着の件も有耶無耶になるんじゃない?」


「……そうなんだぁ。リリーちゃんってさ、リリィさんと仲が良いんだね」


 メリアの目つきが怖くなる。私を値踏みするような目だ。私も貴族の仲間、つまり、メリアにとっての敵だと認識されてしまったのだろうか。


 メリアがじわじわと私との距離を詰めてくる。目の前まで来ると、私の髪の毛の匂いを嗅ぎ出した。まさか、仲間なのだろうか。


「メ……メリア? どうしたの?」


「リリーちゃんじゃない匂いがする……甘い匂い。これ……リリィさんかな? 本当は何をしてたの?」


 そう言うとメリアは私をベッドに座らせると、自分は私の背後で膝立ちになり私の首筋に鼻を這わせる。スンスンと犬のように嗅いでくるのだが、私のような必死さは一切感じられない。


 メリアの大きな双丘が押し当てられるので、こっちが必死になってしまいそうだ。


 メリアは冷静に、何かの証拠を探す探偵のように私の匂いを嗅ぎながら「本当に?」と尋ねる。両手は私の身体をまさぐっている。スキンシップにしては少し激しいし手付きがいやらしい。


「リリーちゃん。本当の事を話して欲しいな。私達、友達だよね?」


 メリアが耳元で囁く。リリィよりも高くて可愛らしい声質のはずなのに、言葉がねっとりと耳に絡みついてくる。


「リ……リリィとは何もないって。本当よ。少し話をしただけ」


「呼び捨てにするんだねぇ。あれ? これ……銀色の髪の毛だ。リリィさん以外に銀髪の人、いないよねぇ?」


 私の脚を触っていたメリアがスカートの中からリリィの髪の毛を見つけた。リリィが私の脚を堪能している時に付いたのだろう。


 メリアは尋問のように一手ずつ着実に証拠を積み上げていく。私とリリィの間に芽生えつつある不思議な関係を見透かし始めている。そんな気がした。


「リリィさんはどこまで触ったの? ここ? それともここかな?」


 膝を撫で回していた手が腿に移動し、ゆっくりと内腿を這い上がってくる。


「メ……メリア。やめましょ? ね? リリィとは友達なの。彼女も踊りが好きなのよ。趣味が合うから部屋で話をする事もあるの。それだけよ」


 背後から「フフ」と小さく笑う声が聞こえたかと思うとメリアの手が止まった。背中に当たっていた柔らかい感触が無くなるので、離れてくれたことが分かる。


 メリアは私の前にまた回り込んできた。


「リリーちゃん、疑ってごめんね。リリィさんの事、私にも紹介してよ! 友達の友達も友達だもんね!」


 そう言うメリアの顔は出迎えてくれた時と同じ、普段の柔和な表情だ。私を尋問する時の目つきも声色もどこかへ行ってしまった。


 結局、メリアのスイッチが入ったのは何が原因だったのだろう。貴族と交わるのが不愉快だというなら、自分も友達になりたいなんて言わないはずだ。


「メリアは貴族の人達のこと、嫌い?」


「え? 誰がどっちだとか気にしたことも無いけどなぁ。リリィさんもお嬢様っぽいけど平民なんだよね?」


「違うわよ。大臣の娘だから」


「ええ!? そうなの!?」


 ここにいる人が知らない訳がない。お披露目会で私とメリアが話した時に話題にも上ったし、この界隈では一般常識だ。それをすっとぼけるメリアの裏が読めず、寝ている時も気が気でなかった。

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