質問
行き先は当然のようにリリィの部屋だった。私が部屋に入ると素早く鍵を閉められる。
リリィは一人でベッドに腰掛けた。何も指示がないので、私は部屋の入口で立ち尽くすのみだ。
「どうしたの? こちらにいらっしゃい」
リリィの声に誘われるようにベッドの前に立つ。
「物分りがいいのね。隣りに座っていたら罰を強めにするところだったわ」
リリィは腕を組み、私を見下すように鼻で笑う。この部屋に入ると何故かスイッチが入ってしまい、リリィの冷たい目線を受けるだけで背中がゾクゾクとしてくる。
「私の下着を盗ったのはリフィで合ってる? 間違えていたらごめんなさい。後できちんと謝罪するわ」
ここまで来たら嘘をついてもバレるだろう。下着を返そうと、ポケットに手を入れる。
「あ……あれ? ない……ない!」
私の服のポケットに確かに入れたはずだ。何度もポケットの中をまさぐるが、一向に下着は出てこない。風呂場で落としてしまったのだろうか。
慌てふためく私を見てリリィが笑う。
「これは何かしら」
リリィが自分のポケットから青い下着を取り出す。しっかりと回収されていたらしい。
リリィはそれを身に着けるでもなく自分のポケットに隠していたようだ。そして、取り出したばかりの下着を親指と人差指でつまみ、腕を伸ばして指を離す。リリィの下着は音も立てずに床に落ちた。
「あ……いや……わ、私は……」
「もう一度聞くわ。ただし、条件付きよ。この質問には嘘で答えても良い。この下着を盗もうとしたのが貴女なのであれば、その汚い布と相応の罰を与えるわ。もし私の勘違いなのであれば、謝罪をしてすぐにこの部屋から出してあげる」
リリィは私の服から自分の下着を見つけたはずだ。だから、私が犯人だと知っている。
その上でこんな条件をつけるということは、つまり、私に選べということだ。ここから逃げるか、ここに留まって罰を受けるのか。もちろん、答えは決まっている。
「わ……私が盗りました」
リリィの目が細くなる。何を考えいるのか読み取れないが、怒ってはいないと思いたい。
「そうだったのね……約束したからそれは差し上げるわ」
リリィは足で自分が落とした下着を指す。拾えという事なのだろうけど、あっさりと貰えそうなので拍子抜けしてしまい、体が動かない。
「どうしたの? 拾いなさいよ」
リリィの声で体の硬直が解けた。跪き、両手でリリィの下着を拾う。ポケットに入っていたからかほんのり暖かい。
「その目……本当に変態なのね。どうぞ。好きにしていいわよ」
「え……いや……ここで……ですか?」
「そうよ。早くしなさいよ」
下着を拾うために跪いたので、目線の高さは逆転している。私を見下ろしてくるリリィの冷たい目は、ここで拾って匂いを嗅ぐことを許容してくれているようだ。
両腕を曲げて下着を鼻に押し当てる。数日前に嗅いだ匂い。リリィの匂い。若草と花に近い匂いがするので、故郷を思い出す。
木陰で木にもたれかかり、風が吹くと目の前の花畑から香りが運ばれてくる。風を全身で受けながら、思いっきり鼻で呼吸をする。
何度も大きく息を吸っては吐いてを繰り返していたので頭がクラクラしてきた。それでも腕は尚も青い布を顔に押し付ける事を止めようとしない。布で目が覆われているのでリリィの顔は見えないが、部屋は静かだ。私の呼吸音だけが部屋に響く。
十分くらい吸っていただろうか。徐々に体の芯が熱くなってきた。ローズの踊りを見ていた時のようだ。その事を自覚すると一気に体が熱を帯びる。
その瞬間は不意にやってきた。体がビクンと痙攣する。頭が真っ白になり、前につんのめる。床に額をこすり合わせながら痙攣が収まるのを待つ。
「あら。これで達したの?」
リリィが少し引き気味に笑っている。余韻でビクつく身体を無理やり制御する。何とか頭だけは動かすことが出来た。
首を回して上を見ると、リリィは恍惚の表情を浮かべ、涎を口の端から垂らしながら私を見ていた。恐怖と同時に、彼女の事を美しいと思った。普段は冷たい目をしている彼女の、剥き出しの感情が目の前にある。
「ごっ……ごめんなさい」
「何に対してなのよ」
自分でも何に対して謝っているのか分からずに謝っている。リリィはツッコミでふと冷静に戻ったのか、眉を下げて苦笑いを浮かべる。ベッドから腰を下ろし、私の隣にやってきて、顔に手を添えてくる。風呂上りなのに冷たい手だ。
「想像以上の変態さんね。もう十分かしら?」
本音を言えばまだ十分ではない。だが、いつまでも私が一人で愉しんでいるとリリィにも悪い。身体を起こして下着をリリィに返すと受け取ってくれた。私が使った後なのに気にせずこれからも使うつもりのようで、洗濯物カゴに丸めて投げ入れている。
「さ、次は私の番ね。そこに寝転がって」
言われるがままにベッドに寝転がる。ここにもリリィの匂いが染みついていた。顔を横に向けてシーツからの匂いを堪能していると、頭の上から布団を被せられた。