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泥棒

 五人で連れ立ってやって来たのは風呂場。先程、貴族連中が風呂に入るところを物陰から見届けた。


「ここで何をするの?」


 計画はランの頭の中にあるらしいが、まだ何も教えてもらっていない。


「奴らの下着を根こそぎ隠すんだ」


 全員、何を言っているんだと言いたげな顔でランを見る。子供じみているし、あまりスカッとしない方法だ。


「何だか……地味な嫌がらせね」


 ピオニーも同じ感想を抱いたらしい。


「あいつらは十人、こっちは五人。しかも向こうにはキャンディ家の魔法使いやリリィ・ルフナもいるんだ。普通に戦ったら負けるに決まってるだろ? 戦わずして勝つ。ご先祖様の故郷の兵法書にも書かれているからな」


 それっぽい事を言ってはいるが誰も納得はしていない様子だ。


 ネリネ・キャンディは成り上がり貴族だし、別に嫌なことをされた訳でもない。巻き込まれ気味に被害に合うのが少し可哀想に思う。


「ほら! 行くぞ!」


 ランは有無を言わせない態度で単騎突撃をしている。あれも故郷の兵法書にある戦法なのだろうか。大将が突っ込むなんて愚の骨頂だと思う。


 皆も渋々といった様子だが脱衣場についていくので私も最後尾でついていく。貴族連中にそこまで恨みがある訳ではないが、オリーブには色々と言われていたので、と自分に言い聞かせる。


 メリアを見張りに立たせ、四人で服が無造作に置かれたバスケットを見ていく。皆、お手伝いの人が世話をしてくれるからか、適当に脱ぎ散らかしているのだが、一つだけ綺麗に服が畳まれて収納されているバスケットを見つけた。


 白い布に黄色い刺繍があしらわれている。リリィの服だ。つまり、目の前のバスケットの中にはリリィの下着が入っている。唾を何度飲み込んでも、すぐに次の唾が生産される。


 一日中、リリィと密着していた下着。当然、リリィの匂いがしっかりと染み付いているはずだ。本体でなくても匂いは楽しめる。これは盲点だった。


 綺麗に折りたたまれた服を持ち上げると、これまた丁寧に二つ折りにして安置された上下セットの青い下着を見つけた。レースが可愛らしいが、冷たそうな顔の下でこんな派手な下着をつけていたのかと思うと、唾の生産スピードが加速していく。


 皆は、バレないうちにやり切ろうと周囲に目もくれずにバスケットを漁っている。チャンスは今しかない。リリィの下着を服のポケットにねじこむ。


「おい。どうだ?」


 背後からランが話しかけてくる。自分が後ろめたい事をしている自覚はあるので、急に話しかけられて驚いてしまった。


「な……なに?」


「終わったか?」


「え……えぇ! もちろんよ。もう全員分じゃないかしら」


 ニヤリと笑うランは腕の中で大量の下着を抱えている。


「うしうし。じゃ、仕上げだな。隠すよりも良い仕返しを思いついたんだ」


 そう言うと皆を引き連れて廊下の方に出ていく。私にざっくり半分くらいの下着を渡すとランが廊下に飾られた甲冑を指差す。


「じゃ、適当な甲冑に被せるぞ。頭は背が届かないから肩車な」


 私とレン、ランとピオニーが組になって甲冑の手に握らせたり頭に被せたりしていく。二組の下着を甲冑に被せたところで急に「何をしているのだろう」と虚無感に襲われる。


 たまたまではあるが、リリィの下着を手に入れた。早くどこか個室に駆け込んで匂いを堪能したい。そんな事情もあり、手早く甲冑の装飾を済ませる。


「ふぅ……やり切ったな。汗でも流そうぜ」


 ランは一人で達成感に浸りながら風呂場に戻っていく。


「大丈夫なのかなぁ……」


 メリアは心配そうに風呂場から廊下の様子を気にしている。手を付けていないとはいえ一味に入っているのだから、バレたら私達と扱いは同じになるだろう。


「気にすんなよ。ほらほら、飛び込み選手権やるぞ」


 ランは貴族と同じように乱雑に服を脱ぎ捨てて浴場に入っていく。ピオニーも風呂への飛び込みは好きなようで、ランに続いて浴場へ駆け込んだ。


 三人でゆっくりと着替えを済ませて浴場に戻ると既に二人が飛び込みを済ませた後のようで、湯が波打っていた。端に固まっていた貴族連中が顔を擦っているので水しぶきがかかったのだろう。


「ピオニーさん! ランさん! まずはシャワーだと言っているではないですか!」


 オリーブが珍しく声を荒らげている。ピオニーもランも、育ちの良い令嬢は怒っても手を出してこないと高を括っているようだ。鼻で笑っていなしている。


 だが読みが甘かった。リリィが風呂から出たかと思うとピオニーとランに近づき首根っこを掴む。力で二人を掌握すると、奴隷の先導でシャワーに向かう人のように二人をシャワーの前まで歩かせる。


「中で反省していなさい。初めて使うのであれば教えておくけれど、左に捻るとお湯が出るわよ」


 リリィは毅然とした態度で告げ、二人をシャワー室に押し込む。だが、これはリリィの罠だ。左に捻ると冷水が出てくる。剛と柔を使い分けたやり返しだと感心する。


 二人が冷水を浴びてあげる悲鳴を聞きながら、一糸まとわぬ姿で背筋をピンと伸ばして浴槽に戻るリリィに見惚れてしまう。風呂場でしか見られない、長い銀髪をまとめて上げている姿も新鮮だ。


 食堂の時のように私の方をチラリと見てくるので目が合う。今度は澄まし顔のまま一瞥すると浴槽に入って貴族連中と話し始めた。


「どうしたんですか? あんな事になりたくないので、私達はシャワーを浴びてから入りましょうね」


「そうだねぇ……リリィさんって怒ると怖いんだね……」


 レンとメリアは人柱となった二人に祈りを捧げながらシャワーに向かっていく。私は元々そのつもりだったし流石にそろそろ皆もシャワーを浴びる習慣を身に着けてほしいと思った。




 シャワーを済ませ、貴族連中と入れ替わるように五人で湯船に浸かる。脱衣場の方がにわかに騒がしくなってきた。ランは嬉しそうにほくそ笑んでいる。


 やがて、オリーブが一人で風呂場に戻ってきた。


「ちょっと! 誰ですの!? 貴方たちの中の誰かなのは分かっているんですのよ! 私達の下着を……あんな……」


「おいおい。何だって私達を疑うんだよ。何があったか知らないけど、味の薄いスープと硬いパンを食べたから悪戯をする元気なんてないんだぜ」


 キッとランを睨みつけるとオリーブは浴場から出ていった。去り際にランがオリーブの背中に向かって「良い紐パンだったな」と叫ぶ。


 こうして、また平民と貴族と溝が深まっていく。私もそれに加担してしまった。


 わざわざ嫌味を言い残して食堂から出て行ったオリーブにはいい感情を抱いていなかったのか、ラン以外の三人も朗らかな顔をしている。食べ物の恨みは恐ろしい。別に貴族の肩を持つ訳ではないけれど、何だかやり切れない気持ちだ。


 そういえば、私はリリィの下着をこっそり盗っていた事を思い出す。だがリリィは一向に浴場に現れない。あの時は自分の欲求に負けていたが、冷静になると、あれは必ずバレる盗みだった事に気づく。


 どう頑張っても私の方が後に風呂から出るのだから、リリィの方が先に服を着るのだ。その時に下着がなくなっている事に気が付かない訳がない。


 気が気でなく、ビクビクとしながら風呂からあがる。だが脱衣場にもリリィの姿はない。彼女の服もなくなっていたので下着をつけずに服を着て部屋まで帰ったのだろう。


 後は、このままバレずに部屋まで戻れば私の一人勝ちだ。


 一安心して風呂場から五人で連れ立って出ると、廊下でリリィが待ち構えていた。


「リフィさん。少しいいかしら? 下着の件でお話があるの」


 他の四人は、私が今回の事件の主犯だと疑われていると思ったのか、人質として差し出すようにそそくさと離れていく。せめて大将のランだけは私を守る素振りを見せてほしかった。


 恨めしい思いで四人の背中を見送る。


「何故貴女がそんな目をするの?」


 リリィが冷たい目を私に向けてくる。リリィも私も何故ここにいるのか分かっている。リリィの青い下着の件だ。


「い……いや……その……」


「この服の下、どうなっていると思う?」


 わざと胸を張って見せつけてくる。服には二つの突起が浮かんでいて少し前のめりになってしまう。


「どこかの変態がね、騒ぎに乗じて私の下着を盗んだの。おかげで上は擦れるし下はスースーするしで最悪よ」


「そ……それは大変でしたね」


「本当にね。じゃ、犯人さん、行きましょうか」


 あのメンバーで怪しいのは私しかいない。当然の推理だと思うし、それは正解している。


 連れて行かれるのはリリィの部屋だろう。別にお仕置きを期待している訳ではないし、今日こそは本当に耳を噛みちぎられるかもしれないという不安と緊張を感じながらリリィのあとに続いて廊下を歩く。

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