食品ロス
宿舎に戻るなり、メリアに連行されてピオニーと三人で食堂に来た。誰に見てもらうべきかと考え事をしていたら道に迷ってしまい、かなり遅い時間になったのだがメリアが私を待っていてくれたらしい。ピオニーも巻き込まれ気味に夕食のお預けを食らったので少し不機嫌だ。
「訓練の後のご飯は美味しいよねぇ。皆で食べると尚更だよねぇ」
一日の中で一番の楽しみが夕食の時間のようで、メリアはニコニコしながら食堂の扉を開ける。
何十人でも入れそうな広さのホールに、長テーブルが並べられている。テーブルクロスの刺繍も細かいので、これも高級品なのだろう。
食事をオーダーするためカウンターに行く。どんな料理でもタダで食べられるという至れり尽くせりな待遇なのだ。
「あれ? 鳥の香草焼き、もう無いんですか?」
メリアの目が一気に死んでいく。楽しみにしていた料理が無くなっているのだ。時間も時間なので既に食材切れになっている物もあるだろう。
「えぇ!? これ、逆に何があるのよ……」
ピオニーが目を丸くしてメニュー表を見ている。十種類はあるメニューのすべてにバツ印がついていた。つまり、何も料理はないということだ。
「すみません……今日はあちらの方々がフルコースを用意しろと仰いまして……」
ホールの一角では十人くらいの集団がテーブルを囲んでいた。燭台の上で蝋燭が煌めいている。鳥の丸焼きの焦げ目が美味しそうだ。というか焦げ目が分かるくらいには手が付けられていない。
仮説だが、貴族集団で押しかけてありったけの食材を使って料理を用意しろと命令でもしたのだろう。
「私の鶏肉……」
メリアは鶏肉を諦めきれないようだが、さすがに貴族集団のテーブルに詰め寄ることはしない。喚いたところで鶏肉は残っていないし、あの手が付けられていない鶏肉を分けてもらうなんてプライドが許さないだろう。どんな嫌味を言われるのか分かったものではない。
貴族集団のテーブルの中心にはリリィが座っていた。笑顔で周囲のご令嬢と歓談している。色々と綺麗事は言うけれど、貴族連中との交流もする。本心から望んでいるのか望まない人付き合いなのかは分からないが、後者であることを祈ってしまう。
「干し肉と豆があったのでスープとパンならお出しできますが……」
受付のおばさんが申し訳なさそうに伝えてくる。この人は何も悪くない。悪いのは食べもしないのに食事会という体を保つために大量の食材を浪費させた彼女たちなのだから。
「お腹が空いたら市場でも行きましょ。とりあえず、スープとパンを貰いましょうか」
ピオニーは切り替えが早い。食事にこだわりが無いのだろう。メリアほどではないが、この宿舎に来てから食事のランクがグンと上がっていたので、実家で食べるようなスープとパンでは物足りない。つくづく人間の欲とは計り知れないものだと怖くなる。最終的にはあの貴族連中のように、目の前に料理を置くだけで満足するようになるのだろう。
申し訳程度に器に注がれたスープと硬そうなパンが奥の厨房から出てくる。焼きたての柔らかいパンなんて滅多に食べる事はなかったが、一度味を占めると、この硬いパンをスープに浸して食べる事に抵抗感が出てくる。
食事を受け取り、トレイを持って席に移動する最中、チラリとリリィの方を見てみた。彼女も私の方を見ていた。隣を陣取っているオリーブとの会話に飽き飽きとしていたのだろうか。私に向かってウィンクをすると、続けて白目を剥いて疲れたような表情を見せてくる。
やはりリリィは他の貴族連中とは違う。そう思った。あれも付き合いで参加しているだけなのだろう。
「ちょっと! 止まらないでよ。アンタも鶏肉食べたかったの?」
「あ……いや。何でもない」
私の後ろを歩いていたピオニーが急かしてくる。貴族集団とは距離を取って、別の長テーブルを使う事にした。
椅子に座ると、料理に手を付ける前に二人は熱心に祈りを捧げている。姉妹揃って治癒師をしているし、敬虔な一家なのだろう。「信仰で飯は食えない」が合言葉だった我が家とは大違いだ。
祈りが終わらないうちに、私達の両隣に誰かが座ってきた。
「おっす。食材を全部持っていかれちまって散々だな。これ食ったら市場でも行くか?」
艶やかな黒髪と東洋系の顔立ち。ラン・ロンジンだ。
「ラン、お願いだからどっか別の所に行ってくれませんか? 貴族たちの方に混ざるのはどうです?」
私達を挟んで反対側に座ってきた人はランに嫌味をぶつけている。この人も東洋系の顔立ちだ。ランよりも目が細いし一重だけど異国の地の生まれという感じがして羨ましい。そういえば最初の食事会で見かけた。レン、とかいう人だった気がする。
「レンがあっちに行けよ。冷めた鶏肉なんて大好物だろ?」
ランが目いっぱいの嫌味を返す。
「えぇと……二人とも、とりあえず仲良く……ね?」
面倒な連中に絡まれたと悟ったのか、メリアとピオニーは一向に祈りを止めない。もう十分に祈ったはずなのだが、二人は薄目を開けて周囲の様子を確認すると、また最初から祈りの文句を唱え始めた。私が仲裁するしかないのだろう。
「レンさん、でしたっけ。リフィ・ルフナです」
「レン・ピロチュンです。本業は武闘家ですが、魔法も少々。そこのゴキブリとは先祖が同郷なんです。今は全く関係ないのが救いですね」
レンはチクチクとランを攻撃しながら自己紹介をしてくれた。私の目を見て話してくれるし悪い人ではないのだろうけど、ランを目の敵にしているのは否めない。それはランも然りだが。
「ゴキブリって……大体、お前のひいひいひい……誰か分かんないけどご先祖様が皇帝に反逆しなかったら今頃こんなところで硬いパンなんか食べずに済んでたんだよ」
「またその話ですか。何度も言っていますが、あれは極めて高度な政治的要因が強かったので、何が事実なのかは関係ないんです。反逆を企てなくてもいずれは国を追われていました……とおじい様からは聞いています」
そこからも二人はやいのやいのと言い合いながら私に事のあらましを教えてくれた。
二人の先祖は異国の地では名の知れた家系だったようだが、偉い人に目をつけられてしまい国を追放されたらしい。追放された先祖が行きついたのがこのフラティ王国。
ランの家であるロンジン家は農業を営みながらも、村の守り手として武闘家の訓練を代々続けてきたようだ。
一方、レンの家のピロチュン家はこの国では細々と地方での下級貴族に甘んじていた。だが、レンの親の代で魔法の才能が開花し、一気に王都の貴族の社交場に躍り出たらしい。
だから厳密にはレンはこのテーブルではなく、あの食材を浪費している人達の方にいるべき人なのだが、魔法使いとして名をあげた新興貴族と、代々世襲で貴族をしている人はまた派閥が違うらしい。なんとも面倒な世界だ。
二人の生い立ちを興味深く聞いていると、貴族集団の食事会が終わったようで、わざとらしく私たちの隣を歩いてきた。オリーブを先頭にゾロゾロと歩いている。
「あら。やはり平民の方の胃袋には慣れた食事が合うようですね。もし胃袋がビックリしないのであれば、あちらに残り物があるので召し上がってくださいな」
オリーブがニヤニヤと気味の悪い笑いを浮かべている。リリィは見当たらないので先に食堂から出ていったらしい。先頭を歩いているあたり、親の序列的にはリリィの次に偉いのがオリーブなのだろう。
ネリネは金魚の糞よろしく貴族連中の最後方をついてきている。親は成り上がり貴族だから肩身は狭そうなのに、敢えて貴族側にいるのだろう。あれはあれで大変そうだ。
私達は五人共その嫌味を聞き流しながらパンをスープに浸けてふやかしている。
この手の煽りには反応しないのが一番だという事を学んだ。オリーブは不愉快そうな顔をすると他の人を引き連れて食堂から出て行った。
「なんだありゃ。自分たちのせいでこうなってるんだぞ。しかも食い物を粗末にしやがって。ちょっと懲らしめようぜ。正義は我らにあり、だよな」
ランが既に閉まっている食堂の出入り口を睨みながら私達をけしかけてくる。
「敵の敵は味方、ですね。私も乗ります」
ランとは犬猿の仲のレンがいの一番に賛成する。貴族連中が鼻持ちならないのは同じなのだろう。
「あ……あのぉ。その前にあの鶏の丸焼きを食べてきていいかな? これだけじゃ足りなくて……」
メリアが申し訳なさそうに手を挙げて発言をする。私は良いと思うけれど、他の三人は「貴族のおこぼれ何て貰うものか」と言いたげな顔でメリアを見る。メリアもその意図を察したのかシュンとして下を向いてしまった。
「メリア、私のをあげるから。もうお腹いっぱいなの」
食べかけのパンをメリアに渡すと、目を輝かせて受け取ってくれた。
「やめてよ。みっともないじゃない。まるで食べ物に困っている貧困家庭みたいだわ。私も乗るわ。やりましょ」
ピオニーも自分達の扱いの悪さに沸々と怒りをためていたらしい。それと、姉であるメリアが嬉しそうに硬いパンを食べている姿を見て我慢ならなくなったようだ。
「リフィも行くよな?」
断りづらい雰囲気だ。リリィはいないだろうし、オリーブには少しくらい仕返ししてもバチは当たらないだろう。ランの誘いに頷く。
こうして私たちは結束した。貴族の残飯を名残惜しそうに眺めるメリアを引っ張りながら、食材を無駄にした貴族への復讐を胸に五人で食堂を後にした。




