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お手本

 メリアには効果があったので、私の踊りが酷いという訳でもない事が分かり自信に繋がった。


 宿舎にある鏡の前で自主練を重ね、またローズの元へやってきた。今日は新聞記者付きだ。若い女の子なので新人なのだろう。昨日は私に付く担当がいなかったらしい。五十一位の扱いなんてこんなものだろう。


「ローズさん! 来ましたよ!」


 店の入口から薄暗い店内に向かって叫ぶ。ローズがどこにいるか分からないのだ。


 やがて、ドスドスと足音を立てて店の奥から出てきた。


「あぁもう、うるさいわねぇ。ドアの音で来たのは分かってるわよ」


 もう昼だというのにあくびをしながら出てくる。よくよく考えたらこの人の仕事は夕方から夜なのだった。昼間は寝ていたいだろうに、私の面倒を見てくれているので小言を受け入れる。


「すみません……もう少し遅めに来たほうが良いですか?」


「あら、お気遣いありがとう。でも仕込みもあるから良いのよ」


 ローズがウィンクしながらそう言う。髭も剃っていないようで頬から口元にかけて青々としているし、化粧を落とさずに寝たのか、崩れた化粧も相まってかなりきつい絵面だ。


「そちらはどなた?」


 新聞記者を無精ひげの生えた顎で指しながら聞いてくる。


「あ……記者の方です。投票してもらうためにオーディションの様子を取材してもらっているんです」


「ふぅん。勇者っていうのも大変なのねぇ……ま、それならいいところを見せないとね。早速やりましょうか」


 ローズが椅子を二つ用意してステージの前に並べる。自分の分と記者の分だろう。


 私もその意図を察してすぐにステージに上がり、準備を整える。昨日はメリアにかなり効果があったので自信はある。


 足を開き、スカートを太ももの付け根までたくし上げる。尻が見えるかどうかというラインで止め腰を落とす。


 昨日よりも大きく激しく腰を振る。メリアはこれでイチコロだった。振り向くと、ローズは腕組みをして私を見ている。その目は糸のように細くまるで興奮を得られていないみたいだ。


 踊りをやめ、ローズの方に体を向ける。


「あ……あの……どうですか?」


「記者ちゃん。どう? 少しは股が疼いたかしら?」


 ローズは私の質問をそのまま隣りに座っている記者に投げる。


「あ……こういうのはちょっと分からないので……」


 まさかこんな取材になるとは露ほども思っていなかったようで、顔を青ざめさせて俯いている。本当に効いていないようだ。


「リリー。これがアンタの今の実力。昨日は練習したの?」


 ローズは私に厳しい目線を向ける。私だってやるならきちんとやりたいと思っているし、練習はしていた。


「し……しました! 同室の子にはすごく効果があったので、上達はしているはずです」


「ふぅん……ま、練習って言っても何をどうしたらいいかも分かんないわよね。一度お手本を見せてあげる。代わりなさい」


 ローズは太い腕をグルグルと回してウォーミングアップをしながらステージの方へ近づいてくる。入れ替わるようにローズが座っていた椅子に座る。


 ステージの上には、私と同じようにこちらに背中を向け、足を開いてスタンバイしているローズがいる。


「うわぁ……やっぱり先生は違いますね」


 スタンバイの時点で記者はローズを褒めている。私は自分の踊りを客観視出来ていないので、どう違うのかは分からないが、まだ立っているだけだ。


 だが、すぐに私も記者が褒めた理由を理解した。ローズが腰を落としてゆっくり一振りする。ピタリと前で止まり、更に後ろへ一振り。


 それだけなのに私の体の芯が熱くなってくる。ローズの腰振りが徐々に早くなっていくにつれて、心臓の鼓動も早くなる。ドクドクと全身に血液を急速に送り始めているのが分かる。


 ローズは前屈みによつん這いになり、そこから上体を起こす。腰から首にかけての背中の曲線美が美しい。今度は前後ではなく右尻と左尻を交互に動かし始めた。これがローズヒップか、なんて下らないことを考えられたのも一瞬だった。


 身体が熱い。じわじわと下腹部に熱が集まってくる。本物の踊り子のトゥワークはここまで人の身体に影響を与えるのかと舌を巻く。


 ローズは最後の仕上げとばかりに、腰を上下に振る。まるで球が何度もバウンドしているように激しく動く。


 ローズの腰が床に当たる度、私の腰がビクンと反応する。十回目くらいから、腰が椅子から浮くようになった。無理矢理身体を押さえつけているが、言うことを聞かない。


 右手を噛んで必死に声を殺していたが、隣りに座っている記者が悶だしたので私も声を殺すのをやめた。


 声を我慢するのをやめると、更に身体が反応するようになる。意識も朦朧としてローズの腰振りの回数も分からなくなった頃、私は頂上に導かれた。倒れないように、背もたれに寄りかかって身体が痙攣するままに任せる。


 心地よい余韻に浸りながら目をゆっくりと開けると記者の女の子は床にへたり込んでいた。上体を椅子にもたれかからせるようにして何とか寝転がるのを回避したらしい。


「二人共、大丈夫?」


 踊りを終えたローズがステージから降りてこちらに寄ってくる。青ひげに崩れた化粧と筋肉のミスマッチが私を現実に引き戻した。余韻が一気に引いていく。やはり踊り子には麗しい容姿も必要だと痛感する。


「だ……大丈夫です。ローズさんの踊り、すごかったです……何が違うんでしょうか」


 自分が感じた快感だけではない。隣の新聞記者が身を以て教えてくれている。私の踊りでは床に這いつくばるほどの反応は無かったのだから。


「コツはね、静と動。動くときは動く。止めるときは止める。アンタの踊りはそこが曖昧なのよ」


 ローズが椅子から立ち上がれと目で合図してくる。まだ腰がガクガクとなるのだが、震える脚を無理矢理突っ張らせて立ち上がる。一度脚を伸ばすと震えは収まってきた。


 静と動。確かにローズはスタンバイの時、石のようにピタリと止まっていた。腰を振るときも、ある地点まで動かしたらピタリと止まり、メリハリのある動きをしていた。


 それでいてゆっくりと動く時はねっとりと淫靡に、激しく動く時は情熱的に腰を振る。静と動。更に動の中にもパターンがいくつもあった。


「こ……こうですか?」


 ローズの踊りを意識して、止めをはっきりさせながら動いてみる。


「ふぅん……練習あるのみね。自分じゃどうなっているか分からないから、お友達に見てもらいなさい。昨日とは別の子ね」


 まだダメらしい。こんな調子だと一週間トゥワークの練習をしているだけで終わってしまう。


「そんな……あと一週間もないんです! 他の踊りも教えてもらわないと、魔物と戦うときに役立たずになっちゃうんです!」


「あら。トゥワークで魔物をムラムラさせておけばいいじゃない」


「効くんですか?」


「冗談よ。そんなの、やった事ないから分からないわよ。兎に角、この踊りには基本が詰まってるの。これすらできないなら何をやってもダメ。いいから人に見てもらいながら練習なさい」


 ローズは話は終わりだとばかりに店の奥に引っ込んだ。記者と目を見合わせるが、首を横に振っている。取れ高はなかったようなので、私の記事は新聞に載らなさそうだ。


 肩を落とし、誰に踊りを見てもらうべきか考えながら帰路についた。

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