実験
医務室から部屋に戻るとメリアが心配そうな顔をして走り寄ってきた。
「リリーちゃん! 大丈夫? もう痛いところはない?」
メリアがペタペタと全身を触ってくる。三回に一回は二の腕を優しくつねってくるのだが、取っ組み合いで二の腕に何かをされた記憶はない。
「だ……大丈夫よ。治してくれたんでしょ? ありがとうね」
「うん。私とピオニーにかかれば死人だって生き返らせられるから」
「本当なの?」
メリアは舌を出していたずらっ子のように笑うとピオニーを呼びに部屋から出ていった。さすがにそんな奇跡はないのだろう。
すぐにメリアがピオニーを引き連れて戻ってくる。ピオニーの肩に両手を置いて私の前まで誘導してきた。
「ご……ごめんなさい。治癒師として人を傷つけるなんて論外だったわ」
ピオニーは渋々という感じで謝ってきた。リリィだったら「お仕置きよ」なんて言ってピオニーを組み伏せたりするのだろう。私は心が広いので笑顔でピオニーの謝罪を受け入れる。
「私もごめんなさい。容姿でイジるなんて良くなかったわ」
「はい! これで仲直りね! 皆仲良く、だよ!」
メリアが私とピオニーの手を取って無理やり繋がせる。メリアの言う『皆』にはリリィや他の貴族は入っているのだろうか。私も積極的にオリーブを筆頭とする貴族と絡みたい訳ではないが、朗らかな表情のメリアも裏では貴族を目の敵にしていたりするのかと思うと複雑な気持ちだ。
「あー良かった。教会には秘密でよろしく。治癒師が人を殴ったなんて知られたら大変なの」
ピオニーはそう言って手を振りほどくと不機嫌そうに部屋から出ていった。
どこまでも素直というか自分しか見えていない人だ。いっそ教会に密告してやろうかと思ったが、あれでも友人の妹なので、密告は最後の手段に残しておくことにした。
「あ……ごめんね。聖書を覚える宿題が大変でピリピリしてるの」
メリアが眉を下げて妹の代わりに謝ってくる。
皆、大変なのは何となく察するものがある。私も風呂の出来事のせいで忘れかけていたが中々大変な宿題を仰せつかっていたのだった。
「え……えぇ。気にしてないから。ねぇ、それより、私も宿題が大変で……」
メリアに私の宿題の内容を説明する。踊り子のコーチであるローズの一物を私の踊りで勃起させる。初日は無反応だった。
「……えぇ!? 踊りで……た、勃たせるの? 男の人のアレを?」
メリアは髪の毛と遜色ないほどまで顔を赤くしている。メリアの初さが可愛らしい。
私も経験はないが、踊り子なんてそういう扱いだと諦め顔で言われて育ってきたのでこの手の話題にはそこまで抵抗は無い。
「そうよ。そういう踊りなの」
メリアは顔では飽き足らず首まで赤くさせて俯く。ただ、踊りでローズを勃たせると言っただけなのにこれとは、想像力のたくましさは誰にも負けないだろう。
「大変なんだね……」
「それでね。メリアに頼みがあるの」
「ふぇ!? 私に!?」
また良からぬ想像を働かせたのか素っ頓狂な声を上げて驚く。
「そんなに驚かないでよ。ただ、踊っているところを見てほしいだけ。それで感想を聞かせてくれない? 男性にしか効果はないから安心して」
「あ……うん! 任せて!」
メリアは、恥ずかしさよりも友人のために頑張るという意欲が勝ったようで、顔を少し火照らせながらも握りこぶしを作って気合を入れている。妹の粗相の責任を取ろうとしているのではないかと思ってしまうと罪悪感が強まる。
もちろんメリアに披露するのはトゥワークだ。少しだけ騙す形になったのだが、男性にしか効果がないと言っている。実際は女性にも効果があり、ローズ曰く洪水だか氾濫が起こるらしい。
メリアをベッドに座らせ、その前に背中を向けて立つ。
ローズは踊りに込められた想いを解釈しろと言っていた。私なりにこの踊りに込められた想いを考える。
初そうなメリアの固い心を解す。彼女を男を知らない淑女から百戦錬磨の淫婦に変貌させる。それが今から披露する踊りに込めるべき想いだ。
腰を落とし、尻が揺れるように前後に何度も振りながらゆっくりと振り向く。ドン引きした目で見られていたらどうしようと心臓がバクバクと脈打つ。
予想に反して、メリアは人差し指を咥えてトロンとした目で私を見ていた。踊り始めてものの数秒なのでこっちがビックリしてしまい、踊るのを止める。
「や、止めないで……」
太腿を擦り合わせながら縋るような目で私を見てくる。
「メ……メリア? 大丈夫?」
「大丈夫だから……やめないでくだしゃい……」
既に踊りの効果は立証されたようなものなのだが、中途半端なところでメリアを放置するのも可哀想だ。もう少し続けてくれと懇願してくるメリアを見ているとなんだか背筋がゾクゾクとしてくる。
お預けされる側の辛さは良く分かる。そして、お預けするかどうか選択できる側の立場がこんなに気持ちの良いものだとは思わなかった。リリィはこんな快感を味わっていたのかと思うと少しだけ妬ましくなる。
リリィへの仕返しはまたの機会に取っておくとして、目の前で悶えているメリアを鎮めるをために踊りを再開する。
腰を振る度にメリアの息遣いが荒くなっていく。踊りは人によって効き目に違いがあり、メリアは効きやすい方なのだろう。
メリアの昂ぶりに比例するように私も動きが大きくなっていく。隣の部屋に聞こえるのではないかとヒヤヒヤするくらいの嬌声を上げてメリアがベッドに寝そべったところで私も踊りを終える。
メリアは肩で息をするほどに踊りが効いたようだ。ベッドで「うぅ……」と小さく呻いているメリアを見ていると、痛みはないとはいえ実験台にしてしまって申し訳なくなる。
「ふぅ……踊り子さんってすごいんだね……こんなの初めてだったよ」
少し休んで元気を取り戻したメリアが起き上がりながら笑顔で言う。
「ごめんなさい。大丈夫? 変なところはない?」
「うん! ちょっと、お風呂に行ってくるね」
お風呂はさっき入ったはずだが何も聞かず、メリアのベッドに出来たシミも無視して、覚束ない足取りでフラフラと歩いて部屋から出ていくメリアを見送るのだった。