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平民の私が美女揃いの勇者オーディションに手違いで参加できたのですが何故か貴族の娘に絡まれます  作者: 剃り残し


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理由

 目が覚めるとベッドに横たわっていた。私の部屋ではない。誰かが私のベッドに腰掛けている。風呂場でピオニーと取っ組み合いをしていて頭を打った事をすぐに思い出す。


 頭を打ったはずなのに足に違和感がある。ぼやけていた視界が鮮明になるにつれて、私のベッドに腰掛けていた人の正体が分かった。リリィだ。


 リリィはずっと私の脚を撫で回している。うめき声を出すと、ギョッとした顔をして脚を撫でるのを止めた。


「あ……ここは?」


「医務室よ。風呂場で頭を打ったの。喧嘩の相手が治癒師で良かったわね」


 リリィは小さな子供に微笑みかけるように笑うと、水を差し出してくる。


 メリアとピオニーは治癒師なので、その場で治療してくれたのだろう。起き上がって頭を触っても血は一切つかないし、たんこぶのような物も出来ていない。


 コップを受け取って口につける。ほのかにレモンの匂いがする。誰の趣向か知らないがいい趣味をしている。


「なぜ、貴族は嫌われるのかしら」


 部屋をウロウロとしていたリリィが窓の前に立ち、外を見ながらポツリと呟く。ピオニーに喧嘩腰で来られた事を気にしているのだろう。意外と繊細なところもあるらしい。


「なぜ、平民は見下されるんですかね」


 これは意趣返しのつもりではなく純粋な疑問だ。風呂場でのやり取りは明らかにピオニーが悪意を持ってリリィの発言の意図を捻じ曲げていた。


 だが、オリーブ然り、平民を見下した態度でいちいち鼻につく嫌味を言ってくる輩がいるのも確かだ。


「卵が先か鶏が先か、みたいな議論をしたい訳ではないの。分かるでしょ?」


 冷水を浴びせた時のように本気で怒っている訳ではないようだ。諭すように話しかけてくる。


「お互いを知らないからじゃないですか? リリィさんが平民がシャワーを使う習慣が無い事を知らないように、平民も貴族の辛さを知らないんです」


「同感ね。やはりそこに行き着くのよね」


 別に新たな視点を提示できるとは思っていなかったが、予め分かっていた、みたいな態度を取られると少しイラッとする。


 リリィは窓から外を眺めるのを止め、ベッドに近づいてくる。ベッドに膝立ちになり、吐息がかかるくらい顔を近づけてくる。


「私の事、知りたい?」


 変な意味ではないことは分かるが、距離が近いので照れてしまい顔を逸らす。逸したところで、なぜ照れてしまったのか自分でも分からないのがまたモヤモヤを掻き立てる。


 壁の方を見ながら頷くと、リリィはベッドから離れる。


「自分で言うのもあれだけど、名門であるルフナ家の三女。長男じゃない時点でお察しなのだけど、それでも男なら領地をもらえたりしたのよね」


 部屋をウロウロしながらリリィが話し始める。


「私は既に行き遅れだけれど、いずれは政略結婚に使われるだけの駒。そんな人生を変えたくてここにいるの」


「行き遅れって……まだ若いんじゃないですか?」


「十九は十分に行き遅れなのよ」


 貴族界隈はロリコンが多いらしい。私は十七なのでギリギリのラインか。


「今の私の順位も、立場も、身に纏っている衣服も、全てルフナ家から与えられた物。こんな体たらくじゃ人生を変えるなんて夢のまた夢。勇者になって家を離れ、自分の足で立って生きていく。それが私の目標」


 私が知らなかった貴族の娘に生まれた者の苦悩。人生を好きに選べないのは平民も同じだろうけど、少なくとも好きでもない人と結婚はさせられなくて済む。


「そうなんですね。オリーブや他の貴族の人もそういう風に自分を縛るしがらみから抜け出したいんですかね」


「そうなんじゃない? まぁ……人それぞれだろうけどね。貴女はどうなの?」


 リリィは真っ直ぐに私の目を見てくる。嘘も誤魔化しもするつもりはないが、そんな事をしようものならすぐに見破られそうな眼光だ。


 私の踊りに最初に拍手を送ってくれたのは彼女だった。何故か私には当たりが強い時もあるが、平民全般に対して偉そうという訳でもない。彼女とはこれからも仲良く出来ると思った。可能ならばオーディションが終わった後も。


「本当に……たまたまなんです。とりあえずで応募してみたら通っちゃって。皆、真剣なんですね。私なんて場違いですよね」


 私の参加理由を聞くと、リリィは声を出して笑う。何が面白かったのだろう。


「怒らないんですか? 真剣にやってるところにこんな適当なやつが紛れ込んでいて」


「素直な人は好きよ。出来る事ならもっとやる気を出して、私の地位を脅かすくらいになってくれると面白いのだけれどね。確約された一位じゃつまらないもの」


 今の私は取るに足らない存在ということだ。やる気がなければ勝手に落ちていくだけ。だから怒る必要もない、という事なのだろう。


「怒るといえば、私に冷水を浴びせたお仕置きがまだだったわね」


 リリィは不意に風呂場での出来事を思い出したらしい。私に近づいてきて、水の入ったコップを奪い中身を飲み干す。


 コップを優しく机に置くと、私の両腕を掴んで組み伏せてきた。リリィの柔らかい髪が顔にまとわりついてくる。抵抗する気は起きなかった。どこかでそれを期待してしまっていた自分もいた事に気づいたからだ。


 何度目か分からないがリリィと至近距離で向き合う。私は天井を向いているのでそこまでだが、リリィはずっと自分の体重を腕で支えていて疲れないのだろうか。


「へ……平民も貴族も関係ないんですよね? これは身分の差を利用して私を穢したいって事ですか?」


「あれはこのオーディションに出た人だけでの話よ。私にメリットがあるから言っているだけ。世間の皆、貴族も平民も分け隔てなくお手々を繋いで仲良しこよしなんて理想は持っていないわ」


「なら……これは何なんですか? 初日からずっと私に絡んできて。パーティでも貴族のところに一人で行かせて。私、何かしましたか?」


 リリィは困った顔をする。さっきまでの自信に満ち溢れていた態度とは真逆だ。


 唇を何度か震わせたが、何も言わずにそのまま腕を解いて私から退いた。ベッドに腰掛けて、私には顔を見せずにリリィが話す。


「私は性悪な貴族で平民を日常的に虐めるのが大好きなの。最下位の踊り子なんて標的に丁度良いでしょう?」


 彼女は嘘が下手らしい。長い時間を過ごした訳ではないけれど、そんな人物でない事は分かる。だけど、そんな嘘が必要な理由があるのだろう。


「そういえば、昨日のお礼がまだでしたね。ありがとうございました。参加者の中にはもっと性悪な貴族がいっぱい居るんです。また助けてくださいね」


 リリィが勢い良くこちらを向く。目には驚きが溢れていた。


「貴女……あれは私のせいよ。なんで私に感謝してくるのよ」


「自分で蒔いた種を自分で収穫するだけ偉いですよ。蒔くだけ蒔いて後は知らんぷり、なんて人もたくさんいるじゃないですか」


「私よりよっぽどお人好しなのね」


 リリィが私に微笑みかけてくる。


「やっぱり。リリィさんもお人好しな自覚はあるんですね」


「うるさいわね。いちいち言葉尻を捕らえないで」


 やはりリリィは悪い人ではないと思った。今日も少しだけ意地の悪い質問をしてみることにした。組み伏せられたらその時だ。別に殺される訳ではない。少し耳を齧られるだけだ。


「そういえば、パーティの時にオリーブが足を引っ掛けていたのに気づいたのは、私の脚を見ていたからですか?」


 リリィは私の質問を聞くなり、何も言わずに部屋から出ていった。銀髪がかけられた耳が少し赤くなっていたのは気の所為ではないのだろう。


 あれだけ堂々と触ってきていて気づいていないと思っていたのか。やはり、リリィも中々のお人好し、というか天然だと思った。

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