絶倫
あまり使われていないであろうステージに上がる。ギシギシと木が軋む音がするので、穴を開けてしまわないか不安になる。別に私の体重が重たい訳ではないのに、木の劣化のせいで私が太っていると思われたくない。まぁ、目の前にいるのはローズだけだが。
「さ、それじゃ早速……アンタ、何が踊れるの?」
「有名な演目は一通り出来ます」
「じゃ、絶倫尻はできる?」
トゥワークは腰を下げてお尻を動かす踊りだ。踊り子が今の水商売の地位を確立した原因でもある。元々は機能不全の男性のために踊り子が考えたものなのだが、誰でも簡単に絶倫になれるので、いつしか性風俗で男を時間限界まで満足させるために使われるようになった。
「出来ますけど……人前ではやった事はないので……」
「はい。どうぞ」
私がためらう姿に苛立ちを隠さず、手振りで早くやれと急かしてくる。
少し抵抗はあるが、ローズに背中を向けるように立ち、尻を下げて腰を振る。
次は床に寝そべり、起き上がりながらお尻を突き出してこれでもかと見せつける。リリィのお墨付きをもらった脚も惜しげもなく露出して伸ばす。
振り返って指を咥えながらもう一動作しようとしたところで、ストップがかかった。
「アタシの股間を見なさい」
そういってローズが自分の腰を突き出してくる。何も変化していない。ローズの身体でもっこりと盛り上がっているのは胸筋と上腕二頭筋だけだ。私の踊りごときでは効果がないと言いたいのだろう。悔しさで何も言えないでいるとローズが続ける。
「当面の目標はアタシを勃たせる事ね」
「勃たせるって……」
ローズは溜息をついて頭を抱える。
「アタシだってこんなの見たくないわよ。男の踊りを見ている方が百倍興奮するんだから。踊りにはそれぞれ目的があって、振り付けを考えた人の想いが込められているの。それを全く無視してただなぞっているだけじゃ、他の踊りでも効果は出ないわよ」
ローズの言いたいことは分かる。このままでは、魔法使いと同等の補助すら出来ないということだ。
「ヒントを上げるわね。この踊りのルーツは知っているでしょ? これはね、とある踊り子の恋人のために考えられたの。恋人が疲れやストレスで勃たなくなっちゃって……それで更にストレスを抱え込むようになってね。それを解消したかったの」
なんだか自分事のように話す人だ。考案された経緯については広く出回っているが、誰が考えたのか、というところは全く知らない。
「あの……これって誰が考えたんですか?」
「アタシよ」
「えぇ!? ちなみに彼氏……ですよね?」
これはコーチングなのだ。だからそれ以上の意味はない。それでも確認をせずにはいられなかった。
「そうよ。女には興味ないから安心して」
「それでも勃つんですか?」
「それとこれは別なのよ。想いの込められた踊りに反応しない人間はいないわ。そういうものなのよ」
とにかく、当面の目標は決まった。ローズを私の踊りで勃起させる。これが一発目の試練らしい。
「分かりました。もう夕方なので、また明日見てもらってもいいですか?」
「えぇ。そうしましょ。大事なことを伝えるわ。この踊りを見た女は股で洪水を起こして、男は前かがみになっても尚誤魔化せないほどにアレをいきり立たせるの。そんな踊りを見下す人もいる。だけどこれは誇らしい事なのよ。踊りで人に影響を与えられるんだもの。恥ずかしがらないでね」
ローズの言葉に感銘を受けて、大きく頷く。トゥワークを作り出した功罪はどちらも大きいが、その影響力の大きさはヒースが伝説の踊り子と呼ぶのも納得だった。
お礼を述べて店を出る。高かった日は既に傾いており、黄昏時を迎えていた。
部屋に戻って横になっているとメリアも訓練から戻ってきた。
メリアは部屋に入るなり明るい笑顔になる。その笑顔を見ているだけで癒やされる。ずっとメリアと同じ部屋が良い。
「あ、お帰り! リリーちゃん、どうだった?」
朝イチで私はリフィとして参加すると宣言があったのだがメリアは今まで通りリリーと呼んでくれるみたいだ。嬉しくて抱きしめたくなるが風呂に入っていないのでそれは止めておく。
「うーん……中々癖が強い人だったわ。メリアは?」
「もう大変! ずっと教会で聖書の音読なの! もう全部覚えちゃったよ……」
メリアは治癒師だ。治癒は魔法で代替できないので私に比べれば、まだ優位性がある方だ。治癒師の力の根源は教会と密接な関係があるらしいので、そこで訓練を受けるのは必然だろう。初日からスパルタなのはどこも同じらしい。
メリアと風呂に行くことにした。結局昨日はリリィに部屋に連れ込まれたのでメリアとは一緒に入ることが出来なかった。
今日こそは服を持ち上げている双丘を拝んでやろうと意気込んでいると、メリアの妹、ピオニーが部屋から出てくるところだった。
「お姉ちゃん、ちょっと部屋で話しても良い? 聖書覚えらんなくて」
「うん! いいよ! あ、リリーちゃんはお風呂先に行ってて!」
今日はメリアが拉致される番だったらしい。メリアは軽々と聖書を全て覚えたと言っていたが、ピオニーは苦戦しているようだ。メリアの記憶力が化け物なのかピオニーが暗記が苦手なのか分からないが大変なのだろう。
仕方がないので一人で風呂に向かう。リリィの部屋の前を通りかかる。ドアの近くにいるとまた連れ込まれかねないのでドアと反対側を歩く。
そこまで警戒しなくても良かったようで、ドアが開いて中からリリィが出てくる事はなかった。
少し期待していた気持ちもあったので肩透かしを食らった気分で風呂場に着く。脱衣場のドアを開けると中には服を脱いでいる人が一人だけいた。
スラッと長い脚、その脚の終着点である付け根は程よく太いが筋肉だろう。尻も重力に抗うように持ち上がっていて全く垂れ下がっていない。
彼女が頭から服を脱ぐと、綺麗な銀髪が花びらのように舞い踊りながら床に向かって垂れていく。人の気配を感じたのか彼女が振り返ってきた。
「あら。そんなにマジマジと見ないでよ。でも、変態だから仕方ないか」
リリィだった。風呂に入ったら匂いが流れてしまう。彼女の言葉は耳に入らない。落とした小銭をかき集める酔っぱらいのように『勿体無い!』と心のなかで叫んでしまった。