推測と空間に空いた穴と冷や水
「リリィが……本物のリリィと変わらない存在になった……?それって、つまり、……」
「偽物のリリードリ・バランピーノの身体でも"神堕し"……始祖ガイアを憑依させる事ができるって事よ」
自称神様の告げた事実により、心臓が跳ね上がる。
「まあ、"神堕し"に必要なのは始祖ガイアの魂を受け止める事ができる身体だから、是が非でも本物のリリードリ・バランピーノを使う必要性はないんだけど」
「じゃ、じゃあ、始祖ガイアが身体の中に入ったら、あいつはどうなるんだよ」
「徐々に始祖ガイアに取り込まれてしまうわ」
「完全に取り込まれたらどうなるんだ?」
「彼女という存在が消えて失くなるわ。死ぬ……って言ったらピンと来るかしら?」
死という単語により、震災で亡くした姉の姿を思い出してしまう。
黒焦げになった死体の山を連想してしまう。
炭みたいになった両親の死体が脳裏を過ぎる。
「……まあ、彼女の魂が消えてなくなるだけなら、まだマシかもしれないけどね」
「マシな訳ないだろ」
自称神様の空気を読めていない発言に思わず食いついてしまう。
「ごめん、今のは失言だったわ」
俺の怒気を感じ取ったのだろうか。
自称神様は即座に謝罪の言葉を口にする。
「あの、……質問なんですが、……」
俺と自称神様の所為で悪くなった空気の中、ルルは恐る恐る手を挙げる。
「何でリリィさんは本物のリリィさんそのものになる事ができたんですか?そんな方法はないって、さっき言っていましたよね?」
「ええ、そんな前例を見た事がないわ。そして、本人そのものになる魔法も魔術も」
「だったら、……」
「偽物のリリードリ・バランピーノが本物に擬態する魔法を生み出した……そう考えたら、筋が通ると思わない?」
自称神様は自らの頭を乱雑に掻きながら、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「発現する魔法は個人によって異なる。先達と同じ魔法を発言する人がいれば、そこのルルイエみたいに前例のない魔法を発現する人もいる。偽物のリリードリ・バランピーノが前例のない魔法を身につけたと考えても、おかしくはないわ」
「で、でも、お嬢は魔術しか使えないって言ってたっすよ!」
自称神様の主張に対し、レイが反論する。
「その申告そのものが嘘かもしれないし、或いは本人が自覚していないだけかもしれない」
『その主張が真実かどうか何て関係ないわ。仮にリリィが私に擬態する魔法を身につけていなかったとしても、私そのものになったかどうかは瑣末な問題よ。カナリアの話が本当なら、天使ガブリエルってのは、私ではなく"始祖ガイアを憑依させる器"を求めているのだから」
「……つまり、昔はどうだったか知らないけど、今のリリィは始祖ガイアを憑依可能な身体になったって事か?」
「それは分からないわ。ただ、その可能性が高いっていう話よ」
俺の言葉に応えながら、自称神様は遥か先を見据える。
自称神様の瞳にはどのような未来が映っているのだろうか。
自称神様は苦々しい表情を浮かべたまま、最悪の未来を直視し続けていた。
……これ以上、答えのない推測を続けても仕方がない。
行き詰まりを感じたので、別のアプローチ方法で真実に至ろうとする。
「なあ、自称神様。リリィが本物のリリィそのものになったのが本当だったとして、……何であのフクロウはリリィを天使ガブリエルを見逃したんだ?あいつはリリィが本物そのものになっていないと判断したから、天使ガブリエルを放置したんじゃないのか?」
「じゃあ、逆に尋ねるわ、カミナガレコウ。何であのフクロウは天使ガブリエルを見逃したと思う?」
「いや、分からないから聞いているんだけど……」
「じゃあ、質問を変えてあげる。貴方は自分よりも弱い相手が自分の掌の上で転がっていたら、どんな気持ちになると思う?」
その逆質問のより、平行世界の俺が天使ガブリエルを見逃した理由を悟ってしまう。
「まさか、……あいつが天使ガブリエルを見逃した理由って……油断と慢心したからなのか?」
砂漠の迷宮で闘った時の事を思い出す。
あの時、俺は敵が自分よりも弱い事により抱いた慢心と敵を瞬殺した事により生じた油断の所為で死にかけた。
「じゃないと、説明がつかないわ。私と同じように、あいつも天使ガブリエルに直接手出しできない状況だったと思うけど、間接的に手を出す方法なら幾らでもあったと思うし。天使ガブリエルと手を組んでいるようにも思えないから、多分、あいつは敵を見くびったんじゃないかしら?"敵は自分の工作を見抜く事ができる筈がない"という慢心、"もし何か起きたとしても自分だったら何とでもできる"という油断。それらの所為で、あいつは倒せる敵をわざわざ見逃したんだと思う」
……俺とあのフクロウの思考回路が本当に同じだったら、自称神様の推測は当たっているだろう。
詰まる所、平行世界の俺は天使ガブリエルを脅威と思っていないのだ。
だから、あいつは敵が自分の策に嵌っていると過信したんだろう。
「まあ、これに関しては本人がいるからいるから聞いてみましょうか……ねえ、フクロウ男。貴方、何で天使ガブリエルを見逃したの?」
そう言って、自称神様は視線を足下に向ける。
自称神様の視線の先の空間には小さな穴が空いていた。
「貴方の同一存在は油断と慢心したからって言ってたけど、……それは真実かしら?」
自称神様の言葉に応える事なく、空間に空いた小さな穴は音もなく塞がってしまった。
「…….どうやら図星だったみたいね」
その発言により、平行世界の俺が盗み聞きしていた事を理解する。
「あのフクロウ、偽物が本物そのものになったかどうかさえも確認していないみたいね。……ったく、雑な仕事をしやがって」
後頭部を掻きながら、自称神様は溜息を吐き出す。
「今まで得た情報を簡単に纏めると、……天使ガブリエルは偽物を攫う理由があった、偽物が本物同様、始祖ガイアを憑依させるための器──神器である可能性が高い、……と」
確定した情報だけ纏めると、何も分かっていないのが現状だった。
何故天使ガブリエルはリリィを攫ったのか。
何故天使ガブリエルは俺達が西の果てに辿り着くまで姿を見せなかったのか。
リリィは本当に本物のリリィそのものになる魔法を会得したのか。
或いは始祖ガイアを憑依可能な身体になっただけなのか。
……分からない事だらけだった。
(──だが、俺がやる事は変わらない)
拳を堅く握り締めながら、俺は東の空を睨みつける。
リリィが連れ去られたであろう方向を見ると、藍色の空が目に入った。
浮島が夜の闇に覆われ始めている事を知覚する。
「まあ、長い話だったっすけど、要はお嬢を救わなきゃいけないって事っすよね?」
「なら、私達がやるべき事は1つ、……です」
今の今まで蚊帳の外状態だったレイとルルが口を開く。
どうやら俺と同じ事を考えていたらしい。
話が早くて助かる。
"風斬"を放つための刀は手元にないけど、ここで何もせずに帰る程、俺は白状な人間じゃない。
妹分みたいな奴がピンチに陥っているのだ。
あいつを見捨てる事なんてできない。
「偽物のリリードリ・バランピーノを助けに行くつもりなら、止めておいた方がいいわ」
そんなやる気に満ち溢れた俺達に自称神様は冷や水を浴びせる。
「いや、……この言い方じゃ伝わらないわね」
そう言って、自称神様は俺の目を真っ直ぐ見据える。
その瞳は強い意志と人類愛に満ち溢れていた。
「単刀直入に言ってあげる──カミナガレ・コウ、貴方は元いた場所に戻りなさい。じゃないと、最悪の事態が起きた場合、大切な人達を失う事になるかもしれないわよ」
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
明日の20時頃に更新するお話でStage7.5は終わる予定です。
(もしかしたら文量が膨れて、次の次のお話でStage7.5は終わるかもしれませんが……)
今年中に本編が終わらない可能性も出てきましたが、なるべく終わらせる事ができるように更新ペースを上げていくので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。
また、Stage7.5は明後日以降に加筆修正をするつもりです。
修正した場合は最新話のあとがきやTwitterで告知致しますので、よろしくお願い致します。




