真・婚約破棄と花火と悪役令嬢(後編)
騎士団長に連行されるリリードリ・バランピーノから目を逸らした王子は、下卑た笑みを浮かべながら、隣に立っていた平民の尻を撫でる。
「さあ、平民。お前はこっちだ。お前は別の部屋で可愛がってやろう」
王子の手が平民の尻に触れた途端、平民は王子の身体を投げ飛ばした。
「私の身体に触れて良いのは、あの人だけだああああああ!!!!」
「ぎゃああああああ!!!!」
投げ飛ばされた王子は受け身を取る事なく、顔面を床に強打してしまう。
「私に触れて良いのは"あの人"……愛しのリリィ様だけよ!!私に抱いて欲しかったら、女になって出直してきなさい!ファッキュー!」
そう言いながら、平民……改めガチヤバ系のど変態は女性用の下着を頭に被りながら、王子に向かって唾を吐く。
王子は赤くなった鼻頭を押さえながら、立ち上がると、血走った目で自分を投げた平民を睨みつけ始めた。
「貴様……!俺の嫁になる名誉を自ら捨てるつもりか!?」
「だから、何度言ったら分かるかなぁ!?私が惚れているのはリリィ様だけで、あんたみたいな小汚い男なんか眼中にないって!!」
「小汚い!?王家の人間であるこの俺を小汚い男扱いだとぉ!?」
「まあ、貴女が強引に求婚してくれたお陰で私はリリィ様という未来のお嫁さんと出会えた訳だし?一応、ほんの少しだけど、貴方には感謝しているよ。ほんの少しだけど。だから、さっさと私とリリィ様のバージンロードから消えろ変態」
「変態は貴女でしょ、憎き平民。あと、私の下着を被るな」
頭に下着を装着した平民から熱烈な愛情を受けている本物のリリィは自らの顳顬を押さえる。
そして、あの平民と初めて会った時の事を思い出し、重く長い溜息を吐き出した。
「……ああ、本当、異世界転生したい。王子もあの平民もいない世界に転生して、ハーレムを築き上げたい」
「……なあ、リリィ」
アホみたいな事を小声で呟く本物のリリィに騎士団長は誰にも聞こえないような小さな声で疑問を口にし始める。
「何で王子はあの平民に固執しているんだ?」
「チェゲルデンバーきっかけで、あの平民に惚れたって言っていたわ」
「……チェゲルデンバーってあれか?男の汚いケツに雪玉をぶつける祭りか?何でそんなイカれた祭りきっかけで恋心が芽生えたんだ?」
「バカ王子曰く、あの平民が投げた雪玉が忘れられないって」
「………理解できないな」
騎士団長は被っていた兜の眉間を鎧で覆われた右手で押さえながら、長く深い溜息を吐き出す。
「多分、あのバカ王子の代になったら、この国もお終いよ。貴女もさっさと転職先を探した方が良いと思うわ」
「あいつが王になった所で、真王が統治し続ける事には変わりないだろう。トスカリナ家は真王の傀儡だ。真王が動き易いように、トスカリナ家に権力を与えているに過ぎん。王子がやらかした所で、この国は滅びる事はないだ──っ!」
騎士団長の言葉は平民の手から発射された光線によって遮られる。
騎士団長は即座に会話を中断させると、携帯していた大剣を渾身の力で振り抜いた。
騎士団長が飛ばした光の刃が、王子の身体に直撃しそうになった光線を弾き飛ばす。
しかし、完全に弾き飛ばす事ができなかったのか、弾かれた光線は微かに王子の頬を掠ってしまった。
「……貴様、王子を殺す気か?」
騎士団長は大剣を構えたまま、光線を放った平民を甲冑越しに睨みつける。
「は?当たり前でしょ?だって、私とリリィ様にとって不要な人なんだから」
平民と騎士団長は相手を視線でも殺せるような目つきで睨み合う。
「邪魔するんだったら貴女から消すわよ、騎士団長様」
「調子に乗るな。珍しい魔法が使えるからといって、貴様如き私の敵ではない」
そして、誰に命じられた訳でもなく、平民と騎士団長は激しい戦闘を繰り広げ始めた。
舞踏会会場に火花が舞い散る。
爆音が鳴り響く度、騎士団長が平民の放つ光線を大剣で叩き落とす度、舞踏会参加者である貴族達の口から悲鳴が漏れる。
警備していた騎士団員は逃げ惑う舞踏会の参加者達を宥めようとするも、パニック状態に陥った貴族達を宥める事はできていなかった。
「……これは、……かなりカオスな状況ね」
激突する平民と騎士団長を眺めながら、本物のリリィは溜息を吐き出す。
そして、舞踏会会場であるダンスホールを改めて一望した。
突然起きた戦闘により平静を失った舞踏会の参加者。
逃げ惑う人々に翻弄されつつ、気絶した王子を前に狼狽える騎士団員。
これを混沌と呼ばずに何と呼ぼう。
本物のリリィは目の前の惨状を見なかったフリをする事で、この場から逃れようとする。
だが、彼女の逃亡は外から爆音により阻まれてしまう。
唐突に鳴り響いた爆音。
それを魔王軍からの来襲と勘違いした参加者達は更に無秩序に動き始める。
その所為で舞踏会会場は更に混沌と化してしまった。
本物のリリィは爆音の音源の方に視線を移す。
爆破が聞こえてくる方向を把握した途端、本物のリリィは把握してしまった。
……爆発した理由を。
「……まさか、ね」
そう言って、舞踏会会場から抜け出した本物リリは急いで自らの工房──真王城の庭園の隅に構えている小屋──に向かい始める。
その辺りに向かう最中、本物のリリィは遭遇した。
自らの小間使いであり、自分そっくりの容姿をした"リリィ"と。
そして、"リリィ"はこう言った。
「ごめんなさいいいい!!お嬢様ああああ!!!工房にあった花火、全部暴発させちゃいましたああああ!!!!」
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「という訳で"リリィ"が工房にあった花火150万発を暴発させちゃった所為で、真王城の庭園は大炎上しちゃったの。加えて、真王城の武器庫にも打ち上がった花火の火花が紛れ込んだらしく、真王城の約4割は焼け落ちてしまったわ。んで、私は号泣するリリィを連れて真王城の外へ逃亡。ほとぼり冷めるまで城下町で暮らしていたんだけど、いつの間にか指名手配犯になっちゃって。騎士団から追われる身になっちゃった私達は、途方に暮れていた所、あのフクロウの獣人に出会ったの。で、何やかんやあって今に至るって訳。以上、説明お終い」
そう言って、本物のリリィは水晶に映し出された映像を停止させる。
全ての話を聞き終えた俺は思った事をそのまま口に出した。
「指名手配犯になったの、殆どリリィの所為じゃねぇか」
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