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過去と喪失と悪行

『先ず結論だけを述べさせて貰うと、私はリリィの過去について何も知らないわ』


 本物のリリィの口から出た言葉は、俺達にとって想定外のものだった。


『もっと具体的に言うと、私はパランピーノ家に拾われる以前のリリィを知らない。彼女が私と出会う前どこにいたのか、どのような生涯を送ってきたのか、彼女の親がどんな人で、今どうなっているのか、私は勿論パランピーノ家も把握できていない。現在、把握できているのは、彼女が戦災孤児である事、そして、……』


「パランピーノ家に拾われる以前の記憶を失っている事」


『ええ、そうよ』


 本物のリリィが俺の言葉を肯定してくれる。

 そのお陰で、俺は確信した。

 彼女の精神年齢が幼かった理由を。


『彼女……リリィはパランピーノ家に拾われる以前の記憶を失っているわ。今の彼女は私と出会ってから今に至るまでの約5年程の記憶しか保持していない』


 ……俺の予想通りだった。

 予想通り、俺はリリィの好意に応える事はできなかった。

 何故なら、本当の彼女は俺よりも"幼い"。

 肉体が幼いのではない。

 精神(こころ)が幼いのだ。 

 今の彼女は記憶を失ってからの約5年程の記憶しか持っていない。

 いわば、精神年齢は5歳児と大差ない状態なのだ。

 だから、彼女は自分の好意を伝えるだけで満足していたんだと思う。

 自分の好意を一方的に押しつける事で、俺との愛を育んだ気でいたんだろう。

 ……いや、もしかしたら彼女は欲しがっていたのかもしれない。

 無償の愛とやらを。

 記憶を失ってから1度も味わった事のない親からの愛を俺に求めていたのかもしれない。


(……いや、今、こんな事を考えても無意味だ)


 幾ら他人の気持ちを考えた所で、それは想像の域を脱する事はできない。

 リリィが本当に無償の愛を求めていたのか、それとも本当に俺に恋していたのかは本人しか知り得ない情報なのだから。

 それに俺は洞察力のある人間ではない。

 もしかしたら、無償の愛を求めていたという推測も的外れかもしれない。

 故にこれ以上俺の推測だけで話を進めるのは危険だ。

 妄想と事実の区別がついていない推測は真実を曇らせる。

 真実を追い求める以上、自らに洞察力がない事を自覚している以上、自重しなければならない。

 一旦、深呼吸する事で思考をリセットする。

 俺が思考をリセットしたと同時に、自称神様が口を開くと、真実に迫るために質問を繰り出した。


「本物のリリードリ・パランピーノ、もっと言葉を重ねなさい。貴女達パランピーノ家は彼女をどこで拾ったの?」


『お父様の話が本当だったら、リリィを拾ったのは確か……西の森、だったかしら?』


「西の森……?」


 初めて聞く地名に戸惑う。


「ほら、アレっすよ、ご主人。水の都近くにある砂漠地帯の事っすよ、砂漠の迷宮があった場所。あそこ、5年くらい前は森だったんすよ」


 初耳だった。

 そうか、あそこは森だったのか。


「5年くらい前にあの砂漠地帯で真王軍と魔王軍とは違う反乱軍がドンパチやったらしくて。その影響で砂漠地帯になったって魔王(おとうさん)が言っていたっす」


「つまり、真王軍と反乱軍の争いの所為で、偽物のリリィは戦災孤児になったって訳ね……で、本物のリリードリ・パランピーノ、何でパランピーノ家はあの子を拾ったの?」


『あの子が私の容姿と瓜二つだったからよ』


 自称神様の質問に答えながら、本物のリリィは何処からともなく取り出したスナック菓子を口に放り込む。

 本物のリリィの隣にいた平行(ちがう)世界の俺が彼女のスナック菓子を手慣れた動作で奪い取った。

 

『"西の森"で真王軍率いる騎士団に発見された当時から、あの子、私の容姿そっくりだったらしくてね。それを聞いたお父様が面白そうという理由でリリィを引き取ったの』


「発見した時から、容姿がそっくりだった……?じゃあ、あの件にフクロウは関係ないって事……?」


 自称神様の独り言を聞き流しつつ、俺はルルの方を見る。

 彼女は口を窄めていた。

 ……どういう感情の時の表情なんだよ、それ。


『私と出会う前の彼女の話は以上よ。私の口からは、"西の森で私そっくりの容姿をした彼女を拾った"以上の事を話せないわ。だって、それ以前の彼女は本人である彼女さえも知らないのだから』


 "で、ここからは彼女を拾った後のお話なんだけど"と呟きながら、本物のリリィは炭酸飲料を飲もうとする。

 が、本物のリリィの隣にいる平行世界の俺が彼女の手から炭酸飲料を奪い取ってしまった。

 ……"晩御飯前にお菓子とジュースを飲み食いするな"という小言を吐きながら。

 お前は親か。


『私がリリィと初めて会った時、彼女は下界(こっち)で言う"失語症"と呼ばれる病気に似た状態に陥っていたわ』


「失語症……?」


「ご主人、失語症って何すか?」


「失語症ってのは、脳が損傷してしまった事が原因で発症する言語障害の事だ。『聴く』『話す』『読む』『書く』といった機能が失われた状態……って言ったら分かるか?」


「んー、なんとなく分かるっす」


『まあ、"失語症"に似た症状なだけで、厳密に言うと"失語症"じゃないんだけどね。あの時の彼女は一時的に言葉が分からない状態に陥ったのではなく、言葉そのものを記憶していない状態に陥っていた。……要するに、パランピーノ家に引き取られた直後の彼女はエピソード記憶だけではなく、意味記憶も喪失していたって訳よ。アンダスタン?』


 ルルとレイはエピソード記憶や意味記憶といった単語を聞き慣れていないのか、少し困惑したような表情を浮かべる。

 だが、何となく理解しているようで疑問を口にする事はなかった。


『で、私は3年かけて記憶を失ったリリィに色んな事を教えたわ。言葉とか文字とか魔術とか性知識とか』


「おい、本物のリリィ。お前、赤子同然のリリィに偏った性知識を与えたのか?おい、答えろ」


『彼女はたった3年で私が今までの生涯で身につけてきた知識を全部吸収してしまったわ。恐らく元々地頭が良かったんでしょうね。知識と人格を再度獲得した彼女は感情表現が豊かな女の子になったわ』


「おい、無視するな、おい」


 俺と平行世界の俺に睨まれているのを気にしているのか、本物のリリィは額から脂汗を滲ませながら説明を続ける。

 どうやら赤子同然のリリィに性知識を教えた事に対する罪悪感はあるらしい。

 なので、この話が終わり次第、責任を追求する事を心の中で固く誓う。


『そして、私とお父様お母様以外の人間と関わっていなかった事が原因なのか、彼女の言動はパランピーノ家の価値観に染まってしまった。……そう、自由をモットーに動くパランピーノ家の価値観に』


「そうか、あいつの奇行はお前が原因だったのか」


 彼女の自由奔放さに振り回された事を思い出しながら、俺は全ての元凶である本物のリリィを睨みつける。

 彼女は俺の視線に気づいているのか、頑なに俺と目を合わせようとしなかった。


『リリィが知識と人格を獲得し、喋らないお人形さんから普通の人間になった後、私はあの子を自身の小間使いにしたわ。そして、彼女には私の学校生活のお手伝いをして貰ったり、私と一緒に花火の研究をやって貰ったり、……』


「魔法は?その時、偽物のリリードリ・パランピーノは魔法を身につけたりとかしてないの?』


「私が知っている限り、リリィは魔術は身につけても魔法は身につけていないと思うけど、……カナリア、貴女は一体、私から何を聞き出したい訳?」


「いえ、貴女が知らないんだったら良いわ。それよりも話を進めて」


『……分かったわ。んで、私はリリィと一緒に色んな事をやったわ。職員室からテストの答えを盗み出したり、ガイア教の教会からピアスの形をした神造兵器を盗んだり、気に食わない貴族に天誅を下したり、……まあ、色々』


 本物のリリィはガチの悪役令嬢だった。

 というか、盗賊令嬢だった。

 ……なるほど。

 リリィが盗みに対して何の罪悪感を持ち合わせていないのは、こいつの影響なのか。

 悪影響与え過ぎだろ、こいつ。

 

『……おい、リリィ』


『若さ故の過ちって奴よ。反省はしている。けど、後悔はしてないわ』


『お前、明日の昼飯、抜きな』


『ヒィ!』


 悪役令嬢に相応しい(?)制裁を下す平行世界の俺を画面越しに見つめながら、俺は自称神様の方を見る。

 それは眉間に皺を寄せながら、考え事をしていた。

 

『わ、若さ故の過ちだから!今は反省しているから、明日の昼飯抜きだけは勘弁して!!』


『ダメだ、痛みを伴わない反省じゃないと、お前はちゃんと反省しない人間だし』


『そ、そこを何とか!!』


「なーんか、どっかで見たようなやり取りっすね」


「い、一食抜きとかあり得ないです。あっちのコウさん、厳し過ぎます……!」


「おい、本物のリリィ。さっさと話を先に進めてくれ」


 既視感を感じるレイとあっちの俺に恐れ慄くルルを横目で眺めながら、俺は脱線しかけていた話を元に戻す。


『先に進めろって言っても、……私がリリィと一緒にやった偉業を全部言っていたら、3日3晩は余裕でかかるわよ?それでも良い訳?』


「お前らの悪行じゃなくて、リリィの事だよ。結局、あいつは何で記憶を失っていたんだ?」


『それは私にも分からないわ。当の本人である彼女自身も、ね。彼女の本当の名前も年齢も経歴も何もかも不明。私もリリィ本人も本当の彼女が何者なのか知らないのよ。だから、貴方が求めている答えを私達の口から告げる事はできないわ』


 "まあ、貴方も知っているリリィなら幾らでも語れるんだけどね"と言って、本物のリリィは話を締め括る。


「偽物のリリィが何者なのか分からないって事は分かったわ。んじゃあ、次の質問。あんたらは、どうやって真王の魔の手から逃れて、あのフクロウと会う事ができた訳?私の予想が正しければ、並の人間が真王の監視下から逃れる事はできないと思うんだけど……」


 自称神様は腕を組みながら、難しい顔をしながら、本物のリリィに疑問を呈する。


『ん?何が言いたい訳?』


「あんた、偽物のリリィの力を使って、逃げたんじゃないの?」


 本物のリリィは本当に何も知らないのか、困ったような顔で首を傾げる。

 この質問に意味がない事を悟った自称神様は即座に質問を変えた。


「質問を変えるわ、本物のリリードリ・パランピーノ。あの日、貴女達はどうやって真王の城から抜け出したの?その経緯を詳細に語って頂戴」


 自称神様の一言により、蚊帳の外に放り出されつつあるレイは息を呑む。

 そして、危機迫ったような表情で、こう言った。


「……え?まだこの質問回、続くんすか?」


 ああ、そうみたいだ。

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方、新しく評価ポイントを送ってくださった方、本当にありがとうございます。

 次の更新は明日12月14日火曜日20時頃に予定しております。

 まだまだstage7.5は続きますが、なるべく早く終わらせるように頑張りますのでお付き合いよろしくお願い致します。

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