小さな塔と花摘みとフクロウ
太陽が真上に登る頃、俺達は花畑のど真ん中に聳え立つ小さな塔を発見した。
「あれじゃない?下界に降る方法がある場所」
高さ10メートルもない古びた塔を指差すリリィ。
ゴールが近い事にテンションが上がっているのか、腹ペコ僧侶ルルと変態奴隷兼魔王の娘であるレイは塔に向かって駆け出し始める。
「よっしゃ!私が1番乗りするっす!」
「させません!あそこにある食べ物は全部私のものです!!」
「あ、ちょ、待ちなさい!1番乗りは私のものだから!」
最後の最後まで暴走を始めるルル&レイと無理にいつもの調子を出そうとするリリィの背中をぼんやり眺めながら、俺は彼女達の跡を追う。
周囲に俺達以外の人の気配は感じなかった。
それでも、いつ敵が来ても良いように身構える。
誰かが言っていた。
"人が最も油断するのは、勝ちを確信した時だ"と。
故に俺は警戒し続ける。
敵に隙を見せないように。
俺達の勝利が揺らがないように。
そんな警戒する俺に気をかける事も警戒する事なく、彼女達は塔の中に入ってしまう。
塔の中に敵はいなかったのか、彼女達の悲鳴は聞こえて来なかった。
塔の中に入る。
塔の中は意外と埃っぽくなかった。
天井から日差しが差し込んでいる事を黙視する。
天井がないお陰で太陽と目が合ってしまった。
「ねえ、コウ。あれは何?」
リリィが指差した方を見る。
塔の中心付近には布みたいなものが置かれていた。
見覚えがある。
あれは多分、……
「……"気球"だと思う」
「キキュウ?何ですか、それ?聞いた事ないのですが……」
「あれっすか、赤ちゃん作る部屋っすか」
「それは子宮」
首を傾げるルルと変な事を言うレイから目を逸らしながら、俺は気球らしきものに近づく。
「で、そのキキュウってのは何なのよ」
「簡単に言ってしまうと軽航空機だ。袋の中に下から熱した空気を送りこむ事で、飛行する乗り物……って説明したらピンと来るか?」
「ケイコウクウキ……?何それ、美味しいの?」
「え!?美味しいんですか!?」
「何かエッチな響きするっすね!」
どうやら、この浮島に航空機というものは存在しないらしい。
「要するに、下界の乗り物って事だ」
布みたいなもの──球皮と呼ばれる箇所──の中に潜る。
布みたいなもの──球皮と呼ばれる箇所──の中に潜る。
球皮内は薄暗く、中に何があるのか分からないくらい真っ暗だった。
「リリィ、灯りを点けてくれ」
リリィは俺の方に近寄ると、文句を言う事なく、不思議な力で球皮の中を照らし上げる。
明るくなった球皮の中を見ると、案の定、球皮の中にはバーナーとバスケットが入っていた。
「コウ、あれは何?」
「あれは球皮内に熱気を入れるための器具──バーナーだ。で、あの籠みたいなのが人と燃料を搭載する部分──バスケットだ」
うろ覚えの知識で俺は彼女の質問に答える。
「もしかして、あの籠みたいなものに乗って移動するの?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、あれが下界に降りる手段って事なの?」
「ああ、……多分、な」
リリィに球皮内を照らして貰いながら、俺はバスケットの中を見る。
燃料らしきものはバスケットの中に入っていなかった。
バーナーを見る。
バーナー部分には宝石みたいなキラキラした鉱石が付着していた。
気球を生で見た事ないため、断言はできないが、下界にあるものと細部が違うような気がする。
もしかしたら、この気球はガスではなく、いつもリリィが扱っている魔法や魔術が必要なのかもしれない。
「問題はこの気球が使える状態かどうか……いや、それよりも俺達の中に気球を操縦できるものがいないって事か」
「ん?コウもキキュウを操縦できないの?」
「ああ。というより実物を見たのが初めてだ」
何度か写真で見た事はあるが、気球を生で見るのは今回が初だ。
当然、操縦できる筈がない。
「あ、コウさん!こっち来てください!壁に古代文字が書かれていますよ!!」
ルルの声を聞いた俺達は、すぐさま壁の方に向かう。
彼女の言う通り、塔の壁には古代文字──中学生でも読めるレベルの英文──が刻まれていた。
「これ、もしかして操縦の仕方が書いてあるんじゃないんですか?」
ルルに急かされるがまま、俺は英文に目を通す。
だが、壁に刻まれている英文には気球の操縦の仕方なんてもんは書いていなかった。
「ん……?これ、何だ……?」
語りかけているような文調の英文に少しだけ違和感を覚える。
しかも直訳したら意味の分からない文章になる所為で、めちゃくちゃ翻訳し辛かった。
「どうしたの、コウ」
「あ、いや、問題ない。ただ翻訳するのに時間がかかるだけだ」
英語の読み書きが得意な俺でも翻訳するのに手間取りそうな英文を見て、俺は頭を抱える。
「あ、時間かかるんだったら、お花摘みに行っていいっすか?」
「あ、私も花摘み行きたいかも」
そんな俺の苦悩に気づく事なく、レイとリリィは尿意を催す。
「あんまり遠くに行くなよ」
「そんなに私の催している音を聞きたいの?」
「流石、ご主人!ナイス変態!!」
「んな訳あるか。レイ、リリィの身に何かあったら頼むぞ」
「はいはーい!」
"いつ現れても敵がおかしくないから気をつけろ"と暗に告げながら、俺はレイにリリィを託す。
そこそこ闘えるレイが側にいたら、仮に真王の追っ手が現れたとしても、数秒くらいは稼げるだろう。
俺が着いていくってのがベストだが、そんな事をやったら俺が真の変態になってしまう。
故に俺はベターな選択肢を選ぶ。
……真の変態なんかになりたくないので。
「お花摘みって……何か珍しいお花があったんでしょうか」
「…………」
何か勘違いしているルルを無視して、俺は再び英文と睨めっこし始める。
その時だった、外から彼女達の悲鳴が聞こえて来たのは。
「こ、コウさん!」
「大丈夫、こうなる事は予想していた」
いつでも現場に向かえるように身構えていた俺は、腰に着けていた鞘から刀を引き抜くと、すぐさま塔の外にいるリリィ達の下に向かう。
外に出た俺が先ず目にしたのは気絶したレイの姿だった。
「ちっ……!」
急いで敵の目的であるリリィの姿を探す。
その瞬間、上空の方から羽の音が聞こえてきた。
視線を宙に向ける。
上空には翼の生えたピエロと縄みたいなもので四肢を拘束されているリリィがいた。
「やっぱ来たか……!」
この事態を予想していた俺は、リリィに当たらないように"風斬"を放とうとする。
その瞬間、俺の手中にあった筈の刀が消失してしまった。
「なっ……!?」
消えてしまった刀の行方を探す。
それよりも先に上空にいた羽の生えたピエロが動き始めた。
敵は拘束したリリィを抱えたまま、東の方に飛び去ってしまう。
慌てて俺は刀がない状態で黄金の風を使おうとした。
が、幾ら念じても黄金の風は吹き荒れる事はなく。
俺はリリィが連れ去られるのを黙って見る事しかできなかった。
(もしかして、あの刀が手元にないと風斬を使えないのか……!?)
「り、リリィさん!」
塔の中から出てきたルルは声を掛ける。
しかし、もう既にリリィの姿は豆のように小さくなっていた。
「くそ……!追うぞ!!」
気絶したレイを背負った俺は、慌ててリリィの後を追いかけようとする。
「お疲れ様です、カミナガレ・コウ。貴方のお陰で私達の目的を達成する事ができました」
聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。
振り返る。
そこには俺を浮島に呼んだ張本人──フクロウの獣人が立っていた。
彼の手中にある刀が目に入る。
それは俺が今まで使っていた刀だった。
それを見て、あのフクロウが俺から刀を奪った事を把握する。
「お前……!何で邪魔して……!」
「後はあの塔の中にある気球を使って、下界に帰ってください。それでは」
そう言って、フクロウの獣人は俺達の前から姿を消す。
彼はまたもや俺の質問に答える事なく、立ち去ってしまった。
「おい、出て来いフクロウ!!俺の質問に答えろ!!おい!!!!」
フクロウの獣人に呼びかける。
しかし、何度呼んでも彼は俺達の前に姿を現す事はなかった。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方、本当にありがとうございます。
本日更新したお話でStage7「西の果て」編は終了です。
来月からStage7.5「西の果て〜???」を始めます。
恐らくStage7.5は説明回が多くなると思いますが、なるべく12月中旬までに終わらせる事を目標に頑張ります。
今年中に本作品を完結する事を目標に頑張りますので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。
次の更新は12月6日月曜日12時頃に更新予定です。




