良いニュースと悪いニュースと暴走
目が覚めた俺が先ず目にしたのは見知らぬ天井だった。
上半身を起き上がらせ、周囲を見渡す。
俺が寝かされているベット──装飾が一才施されていない──しかない簡素な部屋だった。
煉瓦の壁と石畳の床を交互に見つつ、どうしてここで寝ていたのか思い出そうとする。
確か俺は騎士団長に勝利して──
「あ、起きた」
部屋の中に妙に疲れた様子のリリィが入って来る。
彼女の目は何故か死んでいた。
こんな状態の彼女は初めてだ。
外傷は見当たらないから、多分、心労で目を曇らせているんだろう。
……何が起きたのか聞きたくない。
聞いたら間違いなく厄介事が増えるだろうから。
「良いニュースと悪いニュース、どっちを聞きたい?」
「どっちも聞きたくない」
身体の調子を確かめる。
気絶する前に感じていた痛みは綺麗さっぱりなくなっていた。
騎士団長に蹴られた箇所を撫でる。
傷は綺麗に塞がっていた。
リリィが治してくれたんだろうか?
いや、俺に魔法とやらは効かないし、治療魔術とやらは存在しないから、治したのは彼女じゃない筈だ。
じゃあ、一体、誰が俺の傷を治してくれたんだ……?
「先ず良いニュースから話すわ」
「だから、聞きたくないって」
両耳を手で塞ぎながら、布団の中に潜り込む。
「騎士団長は何処かに行ったわ。これで心置きなく"西の果て"を目指せるって訳よ」
ウキウキした様子でリリィは事実を告げる。
俺はそれを聞き流した。
知っていたので。
「で、悪いニュースなんだけど……」
「聞きたくない」
「……説明するとややこしいから、とにかく来て。騎士団長という大きな壁を乗り越えたばかりのコウに頼むのは酷だけど、もうコウしか頼む人がいないのよ」
リリィは死んだような魚の目をしながら明後日の方を見る。
「……下手したら騎士団長よりも厄介かもしれない」
「そんな厄介、俺に押し付けるな。どうせ腹ペコと変態が暴走してんだろ?暴走に暴走を重ねた結果、騎士団の人達に拘束されてんだろ?分かってるよ、それが今までのパター……」
「半分正解よ」
煉瓦の壁越しに聞こえる断末魔がリリィの呟きを掻き消す。
恐る恐るそちらの方に視線を向ける。
すると煉瓦の壁を突き破った何者かがベットしかない部屋に入って来た。
壁に空いた大きな穴を見た後、壁を突き破った何者かの顔を見る。
その顔には見覚えがあった。
あいつだ。
レイにケツバットされた挙句、リリィにケツを爆破された槍使いの騎士だ。
確か……神速の貴公子って名前だっけ……?
「あが、……ごほっ……死ぬ……」
上半身を露出した彼の肌には無数の噛み跡がついており、顔面は殴打されたのかボコボコに腫れ上がっていた。
「神速の貴公子がやられた!」
「怯むなっす!武力で勝てないのなら数で押し切るっす!」
壁に空いた大きな穴から聞き覚えのない男性の声と聞き覚えのあるバカ──レイの声が聞こえてくる。
彼等の声は切羽詰まっていた。
「でも、レイさん!アレは数で押し切れる相手でしょうか!?私達の攻撃が通じていないような気がするんですけど!?」
「通じてる通じていないの話じゃないっす!抗うか諦めるかの話っす!」
「で、でも、……」
「"でも"じゃないっす!あんたらは何のために騎士団に入ったっすか!?何をするために騎士になったっすか!?無辜の民を守るためでしょ!?ならば、その命尽きるまで民のために尽くせっす!それが国を守るって事でしょうが!!」
「レイさん……!」
「大丈夫っす、これでも私は王の娘。生まれながらにして王の血を継いでいる以上、あんたらを見捨てて、1人逃走するなんて情けない真似をするつもりはないっすっ!」
どうやらレイは騎士団の人達と共闘しているらしい。
騎士達は彼女のカリスマ性にやられたのか、彼女を称えるような声を上げ始めた。
……え?どういう状況?
お前ら、何と戦ってんの?
「勝てとは言わないっす!ご主人が目覚めるまでの間、持ち堪えるだけで良い!そうすれば、ご主人が何とかしてくれるっすから!だから、あんたらは足止めに終始しろっす!!」
「「「「はい!!!!」
「いや、俺にぶん投げるつもりかよ」
何と戦ってんのか分からないけど、何もかも俺にぶん投げるのだけは止めて欲しい。
こっちは騎士団長との死闘を終えた後なんだぞ。
「んじゃあ、行くっすよ、お前ら!!私について来るっす!!!!」
「うおおおおおおお!!!!!」
レイと騎士達の勇ましい掛け声は、殆ど一瞬で断末魔に変わる。
「うがあああああああ!!!」
「「「「ぎゃあああああ!!!!」」」」
聞き覚えのある唸り声と聞き覚えのない悲鳴が俺の鼓膜を劈く。
すると、壁に空いた穴の中からレイが出てきた。
反射的に俺は彼女の身体をキャッチしてしまう。
「ご、ご主人!目覚めたっすか!」
俺に受け止められたレイは、満面の笑みを浮かべると、俺の身体に抱きついてくる。
「あー!狡い!私もコウに抱きつきたいのに!!」
変な対抗心を燃やすリリィ改めバカ令嬢。
バカが俺の身体に抱きつこうとした瞬間、壁の穴から何かが這い出た。
……恐る恐る穴の方に視線を向ける。
そこには血走った目をした腹ペコ──腹は妊婦みたいに膨れている──が立っていた。
「うがああああ!!!」
彼女はしばき倒した騎士を床に叩きつけると、右手に持っていた骨つき肉に齧り付く。
そして、背後から斬りかかる女騎士に回し蹴りを放つと、獣染みた咆哮を上げ始めた。
「ご主人!大変っす!ルルちゃんが暴走しました!!」
「どうして、こうなった」
魔法で身体能力を強化しているのか、腹ペコは鎧を着込んだ騎士の甲冑にアイアンクローを決め込むと、片手で鎧を着た騎士を壁に叩きつける。
鎧の中から聞こえる潰された蛙のような声が悲壮感を際立たせた。
「騎士達の話が本当なら、城の食料庫を食い漁っているルルちゃんを止めようとしたら、こうなったらしいっす!」
「そういやルル、雪山に入ってから何も食べていなかったわね。もしかして飢餓状態になったから暴走したんじゃ……」
「うがああああ!!!」
腹ペコは襲いかかる騎士達を腕力で薙ぎ倒す。
その有様は獣みたいで怖かった。
「なるほど。食料庫で飢えを凌ごうとしていたルルちゃんを騎士達が邪魔したから、こうなった……と考えれば筋が通るっす。ルルちゃん、食い物を奪われるの何よりも嫌いっすからね」
「という訳で、コウ、一生に一度のお願い。暴走したルルを止めて!」
「普通に嫌だ」
男の騎士達に精力+9999の魔法でも付与したのか、彼等の口から喘ぎ声が漏れ出る。
感度倍化の魔法でも重ね掛けでもされているのか、彼等の鎧が揺れる度、鎧の隙間から白い液体が零れ落ちていた。
……ありゃあ、ヤベェ。
テクノ&ブレイクするぞ、あいつら。
「ていうか、あいつ、魔法を連発できないんじゃなかったのか?普通に連発しているように見えるんだけど……」
「胃に詰め込んだ食べ物を使って、消費した魔力を回復しているっぽいっすよ」
「あんだけお腹が膨れている上、隙あれば胃に食べ物を詰め込んでいるから、暫く魔力が枯渇する事はなさそうね」
「事実上の無敵状態」
どうすんだよ、アレ。
身体能力を常時+9999&相手に魔法掛けまくり状態とか殆どチートみたいなもんだろ。
はっきり言って、今の腹ペコ、騎士団長よりも強いぞ。
「ご主人!私は信じてるっすから!ご主人ならルルちゃんを止めてくれるって!!」
「おい、俺に投げるな。俺に無限絶頂味わえって言うのか」
「大丈夫よ。ほら、コウってルルの魔法かからなかったでしょ?多分、大丈夫よ」
「多分程度で太鼓判を押すな。あの状態の腹ペコの魔法を無効化できる保証どこにもないだろ。ていうか、俺はあんな風に足下に白い水溜りを作りたくない。俺は逃げさせて貰う」
喘ぎ声を上げながら白い水溜りに沈んだ男騎士達を指差しつつ、俺はこの場から逃げる準備を始める。
「大丈夫よ。そうなった場合、私が全部飲み干すから」
「何が大丈夫なんだよ、何を飲み干すつもりなんだよ」
「そりゃあ、勿論、せ……」
「言わせるか」
バカの頭をハリセンで叩く。
「仮にご主人が無限絶頂編を始めたとしても、安心して欲しいっす。その時は私も無限絶頂編始めますから、ルルちゃんの魔法なしで」
「俺を助ける努力をしてくれ」
変態の頭を叩く。
その瞬間、血走った腹ペコの目が俺達を捉えた。
ヤベェ、あいつの目、本気だ。
本気で俺達を襲おうとしている。
「ルル!思い出して!私達と過ごした日々を!」
「ルルちゃん!欲望に負けるなっす!私達がついているっすよ!」
闇堕ちした仲間を説得するようなテンションでバカと変態は腹ペコに声を掛ける。
案の定と言うべきか、腹ペコは普通に彼女達の声掛けを無視する。
「うがあああああ!!!!」
涎を垂らしながら、俺達に襲いかかる腹ペコ。
俺はベットの上に置いてあった刀を手に取ると、刀の腹で腹ペコの拳を受け止めた。
……そうして始まる腹ペコ戦。
俺はバカと変態、そして、騎士達と手を組み、暴走する腹ペコと激しい戦闘を繰り広げた。
……そこから先の話は、正直、思い出したくもないし、語りたくもない。
語るとしたら、唯一つ。
騎士団長戦が茶番に感じる程、暴走した腹ペコは手強かった。
というより、騎士団長よりも普通に強かった。
何なんだよ、あいつ。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
今回のお話で『Stage6:凍結領域:アルファンティス城』編は終了です。
次回『Stage7:西の果て』編プロローグは今週の金曜日20時頃に予定しております。
これからも完結目指して投稿し続けるので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。




