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閃光と狂飆と決着

「──心器(アニマ)


 爆煙が晴れ、中にいた騎士団長の姿が露わになる。

 先ず俺の目に入ったのは彼女の手中にある赤黒い閃光──剣の形を象った赤光──だった。

 その剣の形をした閃光を見て、俺の背筋がザワつく。

 アレには見覚えがある。

 砂漠地帯で天使とやらと闘った時、俺が火事場の馬鹿力で出したものと同一。

 『■■■■■の(つるぎ)』と似て非なるもの。

 人の領域から逸脱した代物。


「──■■■■■■(バルムンク)


 ノイズ塗れで聞くに耐えない呟きが、俺の耳に届く。

 ──バルムンク。

 『ニーベルンゲンの歌』に登場する竜殺しの剣。

 彼の大英雄ジークフリートが邪竜を討った時に使用した聖剣/魔剣。

 神話の存在でしかない剣が、今、俺の眼前に顕れる。


「ばる……むんく?何それ」


 あまり神話に明るくないのか、それともこの浮島には『ニーベルンゲンの歌』というものが存在しないのか、リリィは困惑した様子で首を傾げる。


「これは私の欲望(こころ)を形にしたものだ」

 

 辛うじて剣の形をしている赤光を握り締めながら、騎士団長は目を細める。


「……つまり、その剣がお前の奥の手って事か」


 彼女が大英雄ジークフリートとどういう関係にあるのか知らない。

 が、あの剣が人の領域から逸脱している事だけは確かだ。

 アレを使わせたらいけない。


「いや、私の奥の手は(つるぎ)ではない」


 騎士団長の纏う雰囲気が変わる。

 刀を拾い直そうとする。

 激痛により動きが一瞬だけ止まってしまった。

 その一瞬の停止の所為で、敵の先手を許してしまう。


「斬撃だ」


 斬撃の形をした赤黒い閃光が空間を薙ぐ。 

 迫り来る光の奔流。

 押し迫る死神の足音。

 激痛に蝕まれた身体を無理に動かし、迫り来る斬撃の形をした閃光を拾い直した刀で受け止める。

 斬撃の形をした閃光を"風斬(ふうぎり)で受け止めた瞬間、俺の視界は真っ白になった。

 

「コウ!」


 聞き覚えのある声が鼓膜を揺さぶる。

 気がつけば、俺は雪原の上に寝転んでいた。

 うつ伏せの体勢で倒れている事を自覚する。


(……何で、俺はここに……)


 冷たい雪原(じめん)に両手と両膝を突けながら、立ち上がろうとする。

 身体を動かした瞬間、身体中に激痛が走った。

 四肢の骨や肋骨の骨が悲鳴を上げる。

 両腕にも火傷を負っているようで、ヒリヒリした痛みが脳を揺さぶる。

 激痛──と呼ぶ程、痛くはなかった。

 多分、今は脳内麻薬が出ているから、ちょっとした痛みで済んでいると思う。

 息を吸おうとする。

 肺を少し動かしただけで痛みが走る。

 その所為で少ししか酸素を取り込む事ができなかった。

 白いか細い息を吐き出しながら、顔を上げる。  

 氷漬けになっている城壁と壁に空いた穴から出て来る騎士団長の姿が目に入った。

 数秒遅れで理解する。

 騎士団長の攻撃を防ぐ事ができなかった事を。

 彼女の攻撃を受け切れなかった所為で、俺の身体は城外に吹き飛ばされた事を。

 敵の斬撃を受けた後の記憶がないという事は、多分、意識を失っていたんだろう。

 全身の骨が折れていると錯覚するくらいの痛みに耐えながら、焼け爛れている両腕の痛みを堪えながら、ゆっくりと歩み寄る敵に対抗するため、落としてしまった刀を目で探す。

 ……刀はどこにも見当たらなかった。


「……死に体となった人間に、……追い討ちをかけるのは、……私の本意ではない」

 

 息切れを起こしながら、痛みを堪えているような声を発しながら、騎士団長はゆっくり俺の方に歩み寄る。


「だが、貴様を、……野放しにする訳にはいかない。野放しにしてしまったら、……逆転の一手を、……打たれてしまうから、……な」


 痛みに悶えたような表情を浮かべながら、彼女は剣の形をした赤黒い閃光を握り直す。

 トドメの一撃が繰り出される。

 それを悟った瞬間、数秒先の死を幻視した。

 ──身体の奥から熱が零れ出る。


「……騎士団長、お前のそのバルムンクとやら、は……未完成、なんだろ?」


 ゆっくり此方に向かって来る騎士団長に声を掛けながら、俺は火傷を負った右手を前に突き出す。


「………」


 彼女は否定しなかった。


「……なら、良かった」


 ──熱が身体から噴き出そうとする。


「それが完成していたら、かなりヤバかった」


 ──熱が右掌に留まる。

 けど、死神の足音だけは聞こえる。


「……まだ切札を隠し持っているのか?」


 ──死にたくない。

 ここで死ぬ訳にはいかない。


「お前はそれを切札として看做しているのか?」


 ──なら、どうする?

 敵を斬る。


「違うだろ。お前はそれを切札として扱っていない。もし切札だったら、とっくの昔に切っていた筈だ」


 ──俺に害を成す全てのものを斬り刻む。

 迫り来る死神を己の手で殺し尽くす。


「だから、俺も使う事を躊躇っていた」


 ──ただ、それだけが俺に赦された唯一の方法。


「──見せてやるよ」

 

 手段は選ばない。

 ──選ぶつもりもない。

 迫り来る死神から逃れようと、熱が籠った右の掌を前に突き出す。


「お前と同じものを、な──!」


 生きるために立ち上がる。

 生き残るために前を向く。

 生きるために"剣"を取る。


心器(アニマ)っ!」


 思いついた単語を叫び、右手から噴出した熱で周囲にあった雪を吹き飛ばす。

 右掌から解き放たれた熱は、瞬く間に黄金の嵐に変わり果てた。

 吹き荒れる黄金の風。

 それを理性という名の鎖で制しようと試みた。

 しかし、今の俺の技量では吹き出る黄金の嵐を完全に制御する事はできそうになかった。

 

「──『■■■■■の(つるぎ)』」


 黄金の嵐を剣の形に加工する。

 騎士団長が持っている剣と同じように、武器と呼ぶには不完全かつ不恰好なものになってしまった。

 辛うじて剣の形を保っている黄金の嵐を握り締める。

 その瞬間、体内に残っていた熱が根刮ぎ剣の形をした黄金の嵐に吸い取られたしまった。


「……なるほど。貴様も私と同じ領域に立っているのだな」


 騎士団長の顔に初めて焦りという感情が芽生える。


「貴様の言う通り、この斬撃は未完成だ。切り札として使用するにはリスクが大き過ぎる。だが、……」


 剣の形をした赤黒い閃光を右手で握り直しながら、彼女は腰の重心を低くする。


「そのリスクを背負うだけの利益(メリット)はある」


 彼女の持っている赤黒い閃光が一際強く輝く。

 先程よりも煌めく閃光が、足下にあった雪を跡形もなく焼き尽くす。


「……ああ、そうみたいだな」


 距離は凡そ100メートル程度。

 射程範囲である事を、そして、これが最後の攻防である事を本能的に理解する。

 

「最後に聞かせて貰う。風使い、貴様にとってリリードリ・バランピーノとは何だ?」


 リリィに告られてから、今の今まで考えていた問い。

 今の今まで保留にしていた答えを俺は口にする。


「手間のかかる妹分」


 俺の答えに困惑したのか、騎士団長の眉間に皺が寄る。

 

「それは命を賭ける理由になり得るのか?」


「さあ?けど、………」


 瓦礫の下敷きになった姉と俺に助けを求めるリリィの姿が重なる。


「あいつに長生きして貰いたい事だけは確かだ」


 それが最後の問答だった。

 俺も騎士団長もほぼ同じタイミングで足を前に運ぶ。

 そして、同じタイミングで自らの願望(こころ)を形にした一撃を繰り出した。


「──■■■■■■(バルムンク)っ!」

 

「──■■■雲の(つるぎ)っ!」


 繰り出されるは蘇芳色の閃光。

 迎え撃つは黄金色の狂飆。

 衝突する世界を溶かす閃光と世界を切り裂く暴風。

 砕ける城壁。

 寸断される山頂。

 退く吹雪。

 両断される曇天。

 衝突した2つの斬撃は瞬く間に雪原を荒野に変える。


「──っ!」


 足下の雪が攻撃の余波により吹き飛ばされる。

 その所為で俺も騎士団長も足場を失ってしまう。

 吹き飛ぶ雪原。

 宙に放り出される身体。

 それでも俺は黄金の嵐に全てを委ねる。

 一瞬の隙が生じないように。

 全身全霊を賭けた一撃を放ち続ける──!

 

「う、おおおおおお!!!」


 制御できない黄金の奔流は眼前にある全てのものを破壊し尽くす。

 けれど、幾ら力を込めても騎士団長が放った閃光だけは破壊する事はできなかった。

 黄金の狂飆は蘇芳色の閃光と混じり合うと、相殺してしまう。

 俺の斬撃も彼女の斬撃も泡が弾けるように一瞬で消失してしまった。

 一瞬、ほんの一瞬だけ意識を手放す。

 即座に意識を取り戻した俺の視界に変わり果てた景色が映し出される。

 視界に映るは数百メートル規模のクレーターと雪の衣を剥がされた山の斜面。

 そして、目を大きく見開く騎士団長の姿。

 宙に投げ飛ばされた俺も彼女も剥き出しになった山の斜面目掛けて落ちていく。

 墜落まで残り十数秒。

 その僅かな時間で──敵が身動きできない状況下で俺は決定的な一撃を与える──!

 

「天照らせ……!」


 身体の中に残った僅かな熱を右掌に掻き集める。

 そして、もう一度剣の形をした黄金の風を創り上げた。


「──天■■■の(つるぎ)っ!」


 斬撃の形をした黄金の風が、墜落している騎士団長目掛けて飛翔する。

 ガス欠寸前の身体で放った飛ぶ黄金の風(ざんげき)は、迷う事なく、戸惑う事なく、真っ直ぐ敵の下に向かって駆け抜けた。


「……認めよう」


 視界に俺が放った斬撃を映しながら、騎士団長は言葉を紡ぐ。


「……貴様の勝ちだ」


 敗北宣言を告げた瞬間、彼女の身体は煙のように消えてしまった。


「なっ……!?」


 残っていた力──右掌から生じた黄金の風を操作する事で、ゆっくり荒野と化した斜面に着地する。

 周囲を見渡す。

 先程まで感じていた騎士団長の気配はどこにも見当たらなかった。

 即座に理解する。

 彼女が撤退した事を。


「……、」


 勝利を確信する。

 安心し切った瞬間、俺は膝から崩れ落ちてしまった。

 立ち上がる気力も体力もない。

 全ての力を使い果たした俺は地面と接吻を交わす。

 土の冷たさを知覚しながら、俺は今度こそ意識を手放した。

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は11月17日水曜日20時頃に予定しております。

 次回更新予定のお話で今やっている章はお終いです。

 今週の金曜日更新予定のお話から新しい章を始めるので、お付き合いよろしくお願い致します。

 

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