超速戦闘と自滅と心器
人間の限界を遥かに超えた超スピードで20メートル以上の距離を駆け抜けた俺は、無防備だった彼女の左肩に峰打ちを浴びせる。
彼女の予想と想像を遥かに超えた速さで繰り出した一撃は、避ける暇さえも与えなかった。
「なっ……!?」
俺の速さに反応できず、騎士団長は驚きの声を発しながら、反射的に後退する。
そして、俺と砕かれた左肩を交互に見ながら、右手だけで大剣を持ち上げた。
「……っ!目に見えない風を身に纏う事で己の速さを底上げしたのか!」
「流石だな、あの一瞬で見切るなんて」
俺の切札のカラクリは一瞬で見抜かれてしまう。
そう、これが俺が対騎士団長用に編み出した切札。
身体と刀に纏った風を適切に噴射させる事で、全ての速力を底上げする。
"風斬"の力を最大限に活用・応用・改良した技だ。
「これが俺の切札だ。行くぞ、騎士団長。剣はまだ握れるか?」
目に見えない程に圧縮した黄金の風を刀と身体に纏いながら、突撃の態勢を取る。
「……そうか。それが貴様の切札だったら、底が浅いな」
騎士団長は持っていた大剣を投げ捨ると、懐から短剣を取り出す。
「来い、風使い。貴様の全てを捩じ伏せよう」
その言葉を最後に静寂が城内を包み込む。
先ず動いたのは俺の方だった。
身体に纏った黄金の風を噴射させる事で敵との間合いを一瞬で埋めた俺は、隙だらけだった彼女の右肩に袈裟斬りを浴びせようとする。
彼女は右手で持った短剣で俺の袈裟斬りを受け流すと、短剣で俺の首を突こうとする。
俺は右脚を軸に一回転する事で突きを避けつつ、敵の左胴に峰打ちを叩き込む。
騎士団長は数歩下がるだけで、俺の攻撃を躱すと短剣を俺の額目掛けて投擲する。
直撃寸前の所で飛んできた短剣を躱す。
騎士団長の拳が飛んで来る。
身体全体に身に纏っている見えない風を噴射し、目にも映らぬ速さで敵の背後に回り込む。
敵の背中に"風斬"を浴びせようとする。
避けられる。
いつの間にか取り出した短剣で、敵は俺に斬りかかろうとする。
身体に纏っている風を噴射させ、再び敵の背後を取る。
"風斬"を放つ。
短剣で受け流される。
迫り来る短剣による斬撃を紙一重で躱す。
この間、僅か数秒足らずの出来事。
速度は僅かに俺の方が上。
しかし、俺よりも敵の方が反応速度は速く、決定打になり得る一撃を与える事はできない。
(なら、もっと速く動けば──!)
風力を上げる。
速度を上げる。
先程よりも圧倒的に速い速度で刀を振るう。
寸前の所で避けられた。
短剣が迫り来る。
即座に彼女の背後を取る。
斬撃を放つ。
避けられる。
再び彼女の背後を取る。
短剣による突きが俺の頬を掠める。
距離を取る。
彼女の周囲を駆け回る事で、不意打ちを繰り出そうとする。
床や壁だけでなく天井を蹴り上げる事で、彼女の視界に俺の姿が映らないようにする。
赤い亀裂──敵の隙を教えてくれるもの──は見えない。
多分、超速戦闘をしている所為だと思う。
脳が身体の速さについていけていないのだ。
思考するよりも先に世界が動く。
目で捉えるよりも先に攻防が始まる。
反射的に攻撃を放ち、防御するの繰り返し。
だから、思考が短絡的なものになってしまう。
だから、俺の攻撃は予知されてしまう。
だから、俺は敵の周囲を駆け回る事で時間を稼いだ。
考える時間を。
そして、敵が予測できない一手を思いつく。
「──馬鹿の1つ覚えか」
高速移動を終えた俺は騎士団長の背後を取る。
彼女はそれを読んでいたのか、視線だけを俺の方に向けていた。
「もっと芸を磨いてから出直して来い」
赤黒い閃光が短剣に宿る。
それを目視するよりも先に俺は後方に高速移動する。
敵の間合いから出る。
刀に纏わりついていた黄金の風を鞭の形に変える。
「──風の鞭」
鞭と化した黄金の風を振るう。
狙う先は敵の胴。
鞭の形に加工された黄金の風は、空気を裂き、敵の右胴目掛けて飛翔する。
騎士団長は迫り来る風の鞭を短剣で切り裂いた。
切り裂かれた風の鞭は跡形もなく消失する。
「──神の御手は眼に映らず」
風の鞭が破られると同時に俺は次の攻撃の準備を整える。
選ぶ技はオークキング戦の時に生み出したもの。
わざわざ敵の間合いに入らなくても攻撃できる技で敵を討つ──!
「""神の見えざる手」
刀から溢れ出た黄金の風が1つの塊となる。
塊と化した黄金の風は、砲弾の如く前方に発射されると、騎士団長目掛けて飛翔する。
彼女は飛んできた風の砲弾を短剣で受け流そうとした。
「──ちっ!」
風の砲弾を受け流す事ができず、騎士団長の身体は少しだけバランスを崩す。
それが彼女が俺に見せた最初で最後の隙だった。
全身に纏った見えない風を噴射する。
そして、一瞬で敵の間合いに入り込むと、彼女の左胴目掛けて、峰打ちを叩き込んだ。
「……ぐ、が、あ………」
手応えを感じる。
肋骨を折った感触が掌に広がる。
騎士団長の口から初めて弱々しい声が漏れる。
勝利を確信した。
その所為で俺は一瞬気を緩めてしまった。
それが隙になる。
「──っ!?」
視界が真っ白に染まる。
左側頭部に鈍い痛みが生じる。
浮遊感を味わう。
宙に浮いた身体が地面に激突した所で、ようやく俺は蹴りを喰らった事を理解する。
「ちっ……!」
急いで態勢を整え、左手で蹴られた箇所を撫でる。
生暖かい液体が俺の触覚を侵した。
頭蓋骨に異常はない。
どうやら皮膚を切っただけらしい。
多分、浅く入ったんだろう。
血の気が引く。
一瞬の気の緩みで死にかけた事実に震える。
一瞬でも気を緩めたらいけない。
敵が力尽きるその時まで闘い続けないと、幾ら優勢を保っていても即座に逆転されてしまう──!
「中々、……やるな」
額に脂汗を滲ませながら、騎士団長は言葉を紡ぐ。
左肩の骨と左肋骨を折ったというのに、彼女はまだ闘う気満々だった。
「肩の骨と肋骨を折った。……諦めろ、騎士団長。お前の負けだ」
左眼に入りそうになった血を手で拭いながら、騎士団長の方を真っ直ぐ見据える。
「いや、まだ勝負はついていない」
肩と肋骨から生じる痛みに悶える事なく、騎士団長は短剣を投げ捨てる。
まだ彼女が闘う気だという事を把握した俺は、即座に刀を構え直した。
その瞬間、身体全体に激痛が走る。
「なっ……!?」
骨の軋む音が鼓膜を揺らす。
その音でようやく分かった。
身体に纏っていた風が身体を押し潰している事を。
纏った風が全身の骨を圧縮している事を。
自身の能力に身体がついていけていない事を。
「コウ!早く解除しなさい!!」
リリィの声に釣られる形で、俺は全身に纏っていた目に見えない風を解除する。
そのお陰で俺の身体は身に纏っていた風に押し潰されずに済んだ。
「……ぐっ、……くっ……!」
ちょっと動いただけで激痛が走る。
骨をハンマーで何度も叩かれたような痛み。
全ての骨に罅が入ったような痛み。
そんな苦痛が脳を激しく揺さぶる。
呼吸する度に胃の中のものを吐き出しそうになる。
「コウ!!??」
リリィの声に応える余裕さえない。
刀を手放した俺はその場に右膝を突いてしまう。
息をする度に痛みが走る所為で、最低限の酸素しか吸う事ができなかった。
「自身の力に耐え切れず自滅したか」
騎士団長の余裕のない声が城内に響き渡る。
「確かに貴様の切札は脅威的だった。……事前にデメリットを知るべきだったな。その所為で貴様は千載一遇の機会を不意にした」
敵の瞳に炎が灯る。
その眼を見た途端、俺の背筋に悪寒が走った。
「──心器」
騎士団長の呼び掛けに応えるかの如く、彼女の右掌に赤黒い閃光が宿る。
その光はとても獰猛で、荘厳さを秘めていた。
本能が警告する。
アレが敵の切札だ、と。
アレを使わせるな、と。
痛む身体に鞭を打ち、床に落ちた刀に手を伸ばす。
その瞬間、彼女の手に宿った赤黒い閃光が爆ぜた。
突風が巻き起こる。
吹きつけた風が爆煙を運び、俺の視界を覆い尽くす。
爆風が身体に刺さる度、俺は痛みに悶えた。
城内を満たす空気が重くて冷たいものになる。
その原因が騎士団長が握っている"何か"である事を本能的に察知する。
「な、何が起きてんのよ!?」
爆煙の中からリリィの声が聞こえて来る。
どうやら彼女もこの状況を把握できていないらしい。
爆煙が晴れ、騎士団長の姿が視界に映し出される。
先ず俺の目に入ったのは騎士団長──ではなく、彼女が握っている"何か"だった。
剣の形を象った赤黒い光の"何か"に吸い寄せられる。
それを見た瞬間、俺は理解した。
あれが武器である事を。
「──■■■■■■」
騎士団長が切札の名を明かす。
それを目の当たりにした瞬間、俺の背筋に悪寒が走った。
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次の更新は本日20時頃に予定しております。
次回のお話でバトルシーンが終わる予定です。
まだ完成していませんが、水曜日に今やっている章のエピローグ 、そして、金曜日に更新予定のお話で新章「西の果て」編のプロローグを投稿したいと思っています。
残り1ヶ月で完結できるように頑張りますので、これからもお付き合いよろしくお願い致します。




