誘導と"リリィ"と奥の手
「──行くぞ」
その言葉を最後に鎧を脱ぎ捨てた騎士団長は俺の視界から消え失せた。
雷鳴のような足音が城内に響き渡る。
必死になって彼女の動きを目で追おうとするも、目で追えるような速さではなかった。
黒の亀裂──相手の攻撃の軌道を予知したもの──が視界に映り込む。
黒の亀裂は俺の胴体に覆い被さっていた。
「──っ!?」
黒い亀裂をなぞるように迫り来る斬撃を持っていた刀で受け止める。
鎧を着ていた時よりも重く鋭く速い一撃。
それを受け止めた途端、俺の右掌──刀を持っている手──に激痛が走った。
「痛っ……!?」
鈍器で殴られたような痛みが右掌を襲う。
痛みに悶えている暇もなく、二撃目三撃目が飛んで来る。
迫り来る斬撃の雨を痺れた手で受け流す。
鋭い金属音が耳を劈く。
斬撃を受ける度、敵の動きはより洗練されたものになる。
火花が舞い散る度、敵の動きに無駄がなくなっていく。
(こいつ……!闘いながら成長しているのか!?)
現在進行形で成長し続ける騎士団長に圧倒されながら、俺は彼女の間合いから抜け出そうとする。
しかし、幾ら後退しようが後退した分、彼女は俺との距離を詰めてしまう。
「くっ……!」
斬撃を受け流す度に体力と神経が削れていく。
彼女の動きが洗練されていく度に攻撃を受け流す事さえも難しくなる。
「コウ!何しているの!?さっさと攻撃しないとやられちゃうわよ!」
リリィの焦ったような声と金属音が同時に鼓膜を揺らす。
言われなくても分かっている。
だが、攻撃をする余裕がないのだ。
仮に虎の子である"風斬"を放てたしても、一瞬でカウンターを取られてしまうだろう。
攻撃しないと勝つ事はできない。
が、防御に徹しなければ瞬殺されてしまう。
それが今の状況。
今の俺では彼女相手に接近戦で勝つ事はできな──!
「──っ!」
目の前にいた騎士団長が煙のように消える。
すると、背後から足音が聞こえてきた。
瞬時に理解する。
敵が俺の背後を取った事を。
魔王や自称神様のように瞬間移動した訳ではなく、騎士団長は純粋な身体能力と技能だけで俺の背後を取ったのだ。
「"風斬"・徊……!」
咄嗟の判断で遠心力をつけた強化版"風斬"を後方に放つ。
俺が放った渾身の一撃は、敵の皮膚に掠る事なく、宙を切ってしまう。
(攻撃を、誘導されてしまった……!)
敵の掌の上で弄ばれていた事に気づきながら、俺は敵の目を真っ直ぐ見据える。
彼女は虚な目をしたまま、上段の構えを取った。
「──"万物を切り裂くのは
我が忠義のため"」
赤黒い閃光を纏った剣を振り下ろす。
岩塊さえも容易に砕く事ができる斬撃。
押し寄せる必殺の一撃を備えていた"2撃目"で撃墜する。
「"風斬"・徊っ……!」
右脚を軸に回転しながら、遠心力をつけた強化版"風斬"を放つ。
俺が放った渾身の二撃目は、彼女の放った必殺の一撃に直撃する。
かなりの火力があったにも関わらず、俺の一撃は呆気なく押し負けてしまった。
騎士団長の一撃を受け止める事ができず、俺の身体は後方に吹き飛ばされてしまう。
「……その剣術は対集団戦と対獣に特化したものだ。対人戦には向いていない」
床の上を滑るように後退りながら、騎士団長の方を見る。
あれだけの攻防を繰り広げたというのに、彼女は汗一つ掻いていなかった。
息を切らしながら、額に伝う汗を拭いながら、彼女がまだ本気を出していない事を理解する。
「今さっきの攻防で分かっただろう?貴様では私に勝つ事はできない」
鉄塊のような剣の鋒を床に突きつけながら、彼女は俺の目を真っ直ぐ見据える。
「大人しく降伏し、リリードリ・バランピーノを差し出せ。そしたら、お前の命は見逃してやる」
「…….俺の命を奪うんじゃなかったのか?」
息を整えながら、俺は"切札"の準備を始める。
「弱者の命を摘み取る程、私は下劣な人間ではない」
港町で騎士団長と闘った時、俺は理解した。
彼女を倒さなければ、"西の果て"に辿り着く事はできない事を。
彼女という障壁は幾度となく立ちはだかる事を。
だから、彼女を倒せる"切札"を模索し続けた。
数多の新技を生み出す事で、俺は彼女を倒さための策を考え続けた。
「だが、貴様がリリードリ・バランピーノを背負い続けるのなら話は別だ。貴様が彼女を見捨てないと言うのなら、貴様の首を刎ね飛ばそう」
「あら、物騒ね。親友の彼氏の首を跳ね飛ばそうとするなんて」
騎士団長の言葉を遮るように、今の今まで傍観していたリリィは口を挟む。
「……貴様と親友になった覚えはない」
「学生時代のように"リリィ"って呼んでも良いわよ、アーちゃん」
「その名で私を呼ぶな、リリードリ・バランピーノ。次、その名で呼んでみろ。その首、刎ね飛ばすぞ」
馴れ馴れしい態度でリリィは騎士団長に話しかける。
どうやらリリィと騎士団長は学友だったらしい。
……聞いてねぇぞ、そんな話。
というか、顔見知りだったら騎士団長の弱点とか事前に教えて欲しかったんだが。
そんな俺の心情を察する事なく、リリィは言葉を連ねる。
「そんな事できるの?貴女の雇い主である真王は私の身体が必要なんでしょ?私の首を刎ね飛ばしちゃうと、雇い主に怒られるわよ」
「問題ない。私が守りたいのは真王ではないからな」
「なら、何を守りたいの?」
「私が守りたいのは"リリィ"、唯一人だ」
騎士団長の言葉に俺もリリィも言葉を失ってしまう。
彼女の発言は俺達の理解を超えていた。
「……私を守りたいんだったら放って置いて欲しいんだけど」
困惑しながらリリィは言葉を重ねる。
「そういう訳にはいかない。貴様を真王の下に連れて行かないと、私の守りたいものが守れなくなってしまうからな」
「……どういう意味だ?」
騎士団長の言っている意味が分からず、俺はつい疑問の言葉を口にする。
「言葉通りの意味だ、それ以上でもそれ以下でもない」
地面に突き刺した剣を構え直しながら、騎士団長は俺を睨みつける。
「私は私の守りたいのものを守るために、彼女を犠牲にする。剣を振るう理由は、それだけだ」
「……リリィを守るために、リリィを犠牲にする……?何を言っているんだ、お前」
「言葉通りの意味だ」
腰の重心を落としながら、彼女は俺の疑問に答える。
「私の意図を知りたければ、私を倒して前に進むがいい。貴様が求めている答えは、私の屍を超えた先にある」
私の口から答えるつもりはない。
それを暗に告げながら、彼女は覚悟を問う。
"命を賭けてリリィを守るつもりはあるのか"と。
「…….なら、お前を超えさせてもらう」
前進の意思を示しながら、俺は刀身から黄金の風を放出する。
そして、放出した黄金の風を可視化できない程に圧縮させると、自分の身体や刀を圧縮した黄金の風で覆い尽くした。
「……そうか、命を賭すか。なら、」
鉄塊のような大剣から赤黒い閃光を放ちながら、騎士団長は敵意と殺意を俺に向ける。
「貴様の覚悟、しかと受け──」
人間の常識を遥かに超えた超スピードで20メートル以上の距離を駆け抜ける。
「遅えよ」
敵の瞳が俺の姿を捉えるよりも先に、俺は無防備だった彼女の左肩に峰打ちを浴びせた。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
皆様がブクマしてくれたお陰で本作品のブクマが230件になりました(11月12日19時現在)。
本当にありがとうございます。
これからも完結目指して更新していきますので、お付き合いよろしくお願い致します。
次の更新は11月15日月曜日12時頃に予定しております。
まだ執筆できていませんが、月曜日は2話連続更新する予定です。
次々回の更新時間については次回の後書きとTwitter(宣伝垢:@Yomogi89892・雑談垢:@norito8989)で告知致しますので、よろしくお願い致します。




