騎士団長と風斬の応用と鎧の中身
「──"風斬"っ!!」
「──"万物を切り裂くのは
我が忠義のため"」
俺と奴の渾身の一撃が交差する。
黄金の嵐と赤黒い光が衝突した途端、刀を握った両掌に軽い痺れが走った。
「くっ……!」
俺の渾身の一撃は騎士団長の会心の一撃に押し負ける。
滑るように後退しながら、何とか体勢を整えようとする。
だが、俺の選択よりも敵の攻撃の方が圧倒的に早かった。
「──"万物を切り裂くのは
我が忠義のため"」
赤黒い光を纏った斬撃が再び押し迫る。
咄嗟の判断で"風斬"を放つ事で、敵の斬撃を迎え撃つ。
しかし、何度放った所で敵の必殺に押し勝てる訳がなく。
俺の"風斬"は再び押し負けてしまう。
「く、そ……!」
後方に弾かれた俺の身体は壁に激突してしまう。
その所為で背中を壁に強打してしまった。
肺の中の空気が口から零れ落ちる。
「"万物を切り裂くのは
我が忠義のため"」
再び必殺の一撃が飛んで来る。
息を吸う暇さえない。
軽めの酸欠状態になりながら、俺は痺れた掌で刀の柄を握り締める。
「……裏切り者は光冠を着けず──」
黄金の亀裂が視界に過ぎる。
その亀裂を疑う事なく、俺はその亀裂をなぞるように刀を振るった。
「最後の晩餐は風と共にっ!」
一瞬十二斬で必殺の一撃を押し返す。
騎士団長は2〜3歩後退するも、即座に体勢を整えた。
赤い亀裂──相手の隙を可視化したもの──が視界に映り込む。
その亀裂を刀の鋒でなぞるように振おう事で騎士団長の甲冑に鋭い一撃を叩き込もうとする。
しかし、背筋に走った悪寒が俺の動きを静止させた。
それと同時に水の都で遭遇した自称神様の顔が脳裏を過ぎる。
(これは罠だ……!)
俺は右側に跳ぶと、騎士団長から大きく距離を取る。
そんな俺の行動が意外だったのか、騎士団長は感心したような声を上げた。
「……なるほど、あの時よりも成長しているみたいだな」
「……やっぱ、アレは敢えて隙を作ったのか」
息を整えながら、背中に走る痛みを感じながら、俺は時間を稼ぐために言葉を連ねる。
「ああ、そうだ。貴様を一撃で葬るためにな」
鉄塊の如く巨大な剣を構え直しながら、騎士団長は甲冑越しに俺を睨みつける。
「……なるほど。お前も亀裂が……いや、攻撃を予知できるのか」
俺の目や自称神様の嗅覚と同じように、騎士団長もあの亀裂を何かしらの方法で把握できるんだろう。
もしかしたら自称神様が言っている神域に至っている──神の力とやらを持っているのかもしれない。
(……力を隠しているとしたら、かなりヤバいな)
もし騎士団長が自称神様と同じくらい強かったら、俺に勝ち目なんてものはない。
奴が本気を出したら、俺なんか瞬殺されるだろう。
けど、もし奴がそんなに強かったら今の攻防で俺は殺されていた筈だ。
(今さっきのが本気なのか、それとも本気を出せない理由があるのか……どっちだ?)
ピクリとも動かなくなった騎士団長を睨みながら、俺は頭の中で勝機を模索する。
すると、少し離れた所からリリィの声が聞こえてきた。
「ヘイヘーイ!騎士団長、ビビっている!」
「すみません。今、真面目な場面なので黙って貰っても良いですか?」
油断も慢心もする事なく、俺は騎士団長に罵声を浴びせる彼女に釘を刺す。
「真面目な場面だからこそよ。人生は息抜きの連続だって前々から言っているじゃない」
「息抜き過ぎて、萎れている奴が何を言っている」
俺らのバカみたいな掛け合いを聞いているにも関わらず、騎士団長は小指一本動かす事なく、俺の隙を突くために身構える。
きっと奴も亀裂を知覚していないんだろう。
その亀裂を知覚するまで待ち続けているんだろう。
注意深く目の前の敵を見据える。
幾ら凝視しても俺の視界に赤い亀裂は映り込まなかった。
なら、俺が取るべき選択は唯一つ。
奴の隙を作り出す事だ。
オークキング戦の時の事を思い出す。
あの時、俺は相手の隙を作り出す方法を識った。
あの時の経験を応用すれば、騎士団長に勝つ事ができる筈だ。
(奴よりも先に亀裂を知覚する)
息を短く吐き出し、床を思いっきり蹴り上げる。
それと同時に騎士団長も床を蹴り上げた。
「──"風斬"っ!!」
「──"万物を切り裂くのは
我が忠義のため"」
再び交差する黄金の嵐と赤黒い光。
奴の必殺を自らの必殺で受け流しながら、俺は再び"風斬"を放つ。
騎士団長も再び必殺の一撃を放った。
黄金の風を纏った一閃と赤黒い光を纏った一閃が衝突した瞬間、甲高い金属音が俺達の鼓膜を劈く。
今にも崩れそうな体勢を強引に整えながら、俺達は全力の一撃を撃ち合い続ける。
俺の一撃よりも敵の一撃の方が重く鋭いものだった。
ならば、数で上回れば良いだけの話。
「"風斬・乱っ!」
黄金の風を纏った斬撃を乱発する。
俺が振り下ろした一撃は奴の大剣に弾かれ、次に放った袈裟斬りは寸前の所で避けられ、左薙ぎは奴の攻撃を受け流す事で消費し、再び放った袈裟斬りは奴が全身に着込んでいる鎧に弾かれてしまった。
左切り上げと右薙ぎで敵の重く鋭い一撃を弾き飛ばし、逆袈裟斬りで鎧を砕こうとするも呆気なく避けられてしまう。
「──貰った」
先に亀裂を知覚したのは騎士団長の方だった。
奴は技を放って無防備になった俺の脳天に大剣を叩き込もうとする。
「──コウっ!」
「分かっているよ」
彼女の心配そうな声に反応しながら、刀に纏っていた黄金の風を"盾"の形に変形させる。
黄金の風で作り出された"盾"は、俺と騎士団長の間に現れると、奴の斬撃を阻んだ。
「──"風の盾"」
「…….なっ!?」
俺の予想外の行動に今まで寡黙だった騎士団長が驚きの声を上げる。
瞬間、俺の視界に赤い亀裂が映し出された。
「風斬っ!」
黄金の風を纏った渾身の一撃を隙だらけだった騎士団長の左肩に浴びせる。
肉を斬った手応えは感じなかった。
けれど、奴の肩当てを砕いた手応えだけは感じ取れた。
「──っ!」
騎士団長は焦った様子で、後方に大きく跳ぶと、自らの左肩に視線を移す。
奴が身につけていた肩当ては、俺の一撃を受けた事により、木っ端微塵になっていた。
「……貴様。その風、自在に操作する事ができたのか」
「ああ、そうだ」
刀に纏っていた黄金の風を圧縮しながら、俺は騎士団長の言葉を肯定する。
港町──2度目の騎士団長戦の時、俺は白昼夢を見た。
神仏系の大学に通う俺ではない俺の姿を。
死んでしまった人達に報いるために、始祖■■■を倒すために生き続けた違う自分の姿を。
そして、その俺ではない俺が"風斬"を応用していた事を。
その時、俺は"風斬"が応用できる事と応用の仕方──黄金の風の操作の仕方──を識った。
だから、俺は"風斬"を応用した新技を使用する事ができたのだ。
2度目の騎士団長戦の時に放った"最後の晩餐は風と共に"も、サキュバスクイーン戦の時に使用した"神殺しの宿木"も、オークキング戦の時に使用した"神の見えざる手"も自称神様に避けられた"羊飼いの投石"も、全て黄金の風を自在に操作する事を前提にしている。
もしあの白昼夢を見ていなかったら、俺はこれらの技を開発する事はできなかっただろう。
そして、今さっきのように騎士団長相手に敢えて隙を見せるなんてリスキーな真似はできなかっただろう。
「悪いな、騎士団長。不意を突くような真似をして」
刀に纏わりついていた黄金の風を弓矢の形に加工する。
「あんたがどんなものを背負っているのか知らない。けど、俺にも背負っているものがあるんだよ」
近くにいるバカを頭の中に浮かべながら、遠く離れた騎士団長に刀の鋒を向ける。
「……背負っているもの、か」
そう言って、騎士団長は着込んでいた鎧を外す。
すると、鎧の中から金髪碧眼の女性──容姿だけで金を稼げそうな美女──が出て来た。
枝毛が一切ない上品なプラチナブロンドの長髪。
エメラルドを想起させるような瞳に芸能人が嫉妬しそうなくらい小さな顔。
目も鼻も口も理想的な位置に配置されており、10人が10人振り返ってもおかしくないくらいに美人が唐突に俺達の前に現れた。
「ならば、その荷物。ここで根刮ぎ剥ぎ取ってやろう。──貴様の命と一緒にな」
鎧の中から出てきた美女は眉間に皺を寄せると、視線だけで人を殺せそうな勢いで俺を睨みつける。
その視線を浴びただけで、俺は自らの死を幻視した。
肌にピリピリしたものが突き刺さる。
奴──いや、彼女が本気になった事をようやく実感する。
(……ここからが本番だ)
気持ちで負けそうになった自分自身を鼓舞しつつ、俺は彼女に挑発の言葉を投げかけようとする。
「ふっ、やれるものならやってみなさい。返り討ちにしてやるから」
「おい、それ、俺の台詞」
俺の決め台詞はバカに取られてしまった。
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次の更新は11月12日金曜日20時頃に予定しております。




