壁の外と魔獣と飛ぶ斬撃
壁の外に出て数時間後。
俺とバカ令嬢はものの見事に道に迷っていた。
「に、西ってどっちなの!?」
歩いても歩いても見えるのは、見慣れない木だけ。
頼みの綱の太陽も木々に生い茂った木の葉に隠されている際で、見る事は叶わず。
前日雨でも降ったのか、地面は泥濘んでおり、気を抜けば速攻で転んでしまうだろう。
歩く度に準備が圧倒的に不足していた事を痛感する。
まあ、あのタイミングじゃなければ壁の外に出れそうになかったから仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「方位磁石とか持っていないのか?」
「……ごめん、食料と飲水さえあれば何とかなるって思って、持って来ていないわ」
「食料と飲料あるだけで上出来だ。とりあえず、一旦休もう。お前もその格好じゃ歩き難いだろ」
高そうなドレスの上に黒いフード付きコートみたいな動き難い服を着ているバカ令嬢に休憩しようと提案する。
彼女の格好は何故街中であれだけ走れていたのか不思議に思うくらい運動に適したものではなく、スカートの裾は泥に塗れていた。
「着替えとかは持って来ているのか?持って来ているんだったら、着替えて来いよ。歩き難そうだし。俺はここで待っとく……」
「え、流石にここで初夜を迎えるのはちょっと……貴方って、結構マニアックな性癖持っているのね」
「んな訳ねぇだろ!!どうしたら着替えて来いよの発言がそんな風に受け取られるんだ!?」
「え、着替えて来いよってそういう意味じゃないの?」
「んな訳ねぇだろ!!脳内バカピンク令嬢が!」
俺の怒声により、木々に止まっていた鳥が空に向かって羽ばたいてしまう。
「とりあえず、俺はここで待っとくから着替えあるんだったら、さっさと着替えて来い!」
「はいはい」
そう言って、彼女はドレスを乱雑に脱ぎ捨てる。
──俺の目の前で。
「何で俺の前で脱いでんだ!?」
「え?私のナイスバディを見せつけるため」
「当たり前みたいな態度で答えんじゃねぇ!!変態露出狂バカ令嬢!!」
一瞬で下着姿になった彼女は隠す事なく、仁王立ちのまま、俺に自身の半裸を見せつける。
その有り様は痴女でしかなかった。
……こんな女に縋る事しかできない状況に嫌気がさしてしまう。
俺は彼女の半裸を見ないように目を背けながら声を荒上げた。
「さっさと服着ろ!バカ令嬢!!お前の汚い裸なんて見たくねぇんだよ!!」
「はぁ!?汚いって!!??誰の裸が汚いって!!??ちゃんと私の裸見てない癖に、よくそんな事を言えたもんね!!見なさいよ!このナイスバディ!!自慢じゃないけど、私よりスタイルが良い女なんて、王宮にはいなかったわよ!!」
バカ令嬢は自分のご自慢の容姿をバカにされたのか、無駄にデカい胸を張りながら、俺の方に近寄って来る。
俺は彼女の無駄な肉のない四肢をなるべく見ないように努めながら反論の声を上げた。
「うっせ!スタイルが良かろうが悪かろうが、恥じらいがない時点で精神的に汚いんだよ!!もっと慎めを持て!!もっと恥じらいを持て!!当然であるかのように半裸で動き回るなあああああ!!!!」
彼女のボンキュッボンの身体をチラチラ見ながら、俺は顔を真っ赤にして、自身の半裸を見せつける彼女に怒声を飛ばす。
彼女は俺の慌てふためく様子が嬉しいのか、テンション高めのまま、俺の目と鼻の先まで距離を詰めた。
「え?もしかして、ガチの嫌悪じゃなくて照れ隠し?私の半裸見て、照れているの?なら、私が貴方にかけてあげる言葉はただ1つ!照れずに私の身体を見ろ!そして、私に魅了されろ!私のナイスバディを眼に焼き付けろおおおおおお!!!!!」
「"焼き付けろおおお!"じゃねぇ!さっさと服を着ろ、変態露出バカ令嬢がああああああああ!!!!!」
「うぎゃあああああ!!!!」
半裸の彼女を柔道の投げ技みたいな感じで投げ飛ばす。
生身の半裸に慣れていない俺にとって、投げ技だけが唯一の抵抗手段だった。
彼女が服──中世ヨーロッパを舞台にした作品に出て来る村娘みたいな簡素な衣服に着替えた所で閑話休題。
彼女が持っていた非常食──パンと苺ジャムを食べ終わった俺は、どの方向に進めばいいか探るため、彼女に相談を持ちかける。
「なあ、バカ令嬢。太陽がどっち方向に沈んでいるか確かめられるか?ここからじゃ葉っぱが邪魔してよく分からないんだよ」
「了解したわ、ちょっと待ってて」
そう言って、彼女は掌から色のついた風を発生させると、木の葉の向こう側に行こうとする。
「おい、迂闊に上って大丈夫なのか?ここ、魔獣とかいう奴がいるんだろう?」
「大丈夫大丈夫、すぐ戻って来るから」
そう言って、彼女は空に上ってしまった。
すぐ降りて来るだろうと思ったのも束の間、遥か上空から彼女の悲鳴が聞こえてきた。
「あんぎゃあああああ!!!!」
ソプラノ声の醜い断末魔が木々の合間を駆け抜ける。
「追手にでも見つかったのか……!?」
顔を上げる。
一瞬、木の葉の間から大きな鳥みたいな生き物と鳥に捕まったバカ令嬢の姿が見えた。
「助けてええええええええ!!!!連れて行かれるううううう!!!!」
「だから、大丈夫なのかって聞いたんだよっ!このバカ!!大丈夫じゃなかっただろうが!!」
バカみたいにデカい鳥に連れて行かれるバカを追いかける。
が、俺の脚力じゃ幾ら走っても追いつけそうになかった。
腰に携帯していた刀の柄に触れた瞬間、俺の視界に赤い亀裂が走る。
亀裂はバカ令嬢を攫った巨大鳥の羽根まで伸びていた。
「ああ、もう!一か八かだっ!」
俺は赤い亀裂に導かれる形で刀を抜刀する。
赤い亀裂をなぞった刀は、目に見えない斬撃を文字通り"飛ばした"。
「んなっ!?」
飛んだ斬撃はバカデカい鳥みたいな化け物の羽根を呆気なく切り飛ばす。
羽根をもがれた巨大な鳥は、甲高い断末魔を上げると、地面に落下し始めた。
「ざ、斬撃が飛んだ!?」
「んなああああ!!!!」
バカ令嬢のバカみたいな声が響き渡る。
「くそ……!あいつの着地の事とか一切考えていなかった……!」
すぐさま助けに行こうとする。
しかし、あろう事か、俺は刀から手を離してしまった。
急いで拾おうとする。
が、右手は無理に斬撃を飛ばした影響なのか、指1本動かす事ができなかった。
左手で刀を拾った俺は、慌てて彼女を助けに行こうとする。
が、時既に遅し。
遠くからバカ令嬢の断末魔と木の葉の揺れる音、そして、何か重たいものが地面に直撃する音が聞こえてきた。
あ、あいつ、今ので完全に死んだな。
人を殺めたという事実の所為で、俺の額から冷や汗がダラダラ垂れ落ちる。
いや、その気はなかったんだ。
助けようとした結果、殺めちゃっただけで。
俺だって、必死になって助けようとしたさ。
で、この結果だ。
俺は何も悪くない。
……ここまで考えて、あのバカ令嬢と同じ思考回路に至っている事に気づいてしまう。
いや、人を殺めなかった分、あいつの方が何万倍もマシだ。
故意ではないとはいえ、流石にこれは酷すぎる。
(……せめて彼女の亡骸くらいは弔ってやろう)
そう思った瞬間、再び遠くからバカ令嬢の絶叫が聞こえて来た。
「助けてええええええ!!!!今度は豚みたいなのに連れて行かれるううううう!!!!」
どうやら彼女は無事(?)だったらしい。
余計な罪悪感を抱かなくて済んだ俺は、ホッとしながら、慌てて彼女を助けに向かった。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、そして、ブクマしてくれた方に厚くお礼を申し上げます。
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