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命令と悩みと善意(多分)


 ──これは砂漠の下にある迷宮(ダンジョン)から出る前のお話。


 自称真王の右腕を倒して数日後。

 俺──上流光(コウ)とレイ──魔王の娘であり、真の変態を目指している奴隷志願の純情乙女──は、やって来た魔王軍の使い──オークキングと愉快な仲間達を出迎えていた。


「げ、オークキング」


 迷宮の出入り口付近にいたオークキングを見るや否や、レイは顔を顰める。


「"げ"って何ですか、"げ"は。もう連れて帰るなんて言いませんから、その顔を止めてください……で、自称真王の右腕と瘦せぎすになった魔人達はどこにいるんですか?」


「この奥っすよ。着いて来るっす」


「分かりました。……じゃあ、お前ら、予定通りお嬢と一緒に保護対象の魔人達の下に向かってくれ。俺とコウくんは自称真王の右腕とやらの尋問を行う」


 オークキングは自分の背後にいる筋肉質の魔人に指示を飛ばす。


「おい、何勝手に仕切ってるっすか。私がオークキングの指示通りに動くと思うっすか?」


 調子に乗るなと言わんばかりにレイはオークキングの決定に不服を唱える。


「我儘言わんといでください。俺達には時間がないんですから」


「は?時間?何の話っすか?」


「あ、いや、こっちの話です」


「おら、吐けっす。またゴールデン・クラッシャー喰らわすっすよ」


「その技は2度とするなって言っただろ。オークキングも女にするつもりか?」


 静観するつもりでいた俺は保護者気分でつい口を挟んでしまう。


「"も"って何だよ、女になった奴がいるのかよ」


 オークキングは股を手で押さえながら、顔を青褪める。

 

「おら、良いから吐けっすよ。何隠しているっすか?魔王の娘である私にも言えない事っすか?」


「ああ、言えない。何せ魔王様の命令だからな」


 "魔王様の命令"という言葉を聞いた瞬間、レイは不機嫌そうな顔をする。


「という訳だ、お嬢。俺達には時間がない。大人しく俺の部下を弱っている魔人達の下に連れて行ってくれ」


「断るって言ったら?」


「魔王様の命令だから、断らないでください」


 めちゃくちゃ嫌そうな顔をしながら、レイは重くて長い溜息を吐き出す。

 そして、めちゃくちゃ嫌そうにしながら、渋々オークキングの言葉に従った。


「……はいはい、分かったっすよ。お父さんの命令だから仕方ないっすね。大人しく言う事を聞きますよーだ」


 そう言って、レイはオークキングの部下達を引き連れると、迷宮の奥に向かい始める。


「さ、コウくん。俺を自称右腕とやらの所に連れて行ってくれ」


「え、あ、ああ……」

 

 親戚の兄ちゃんみたいな貫禄で、オークキングは俺にお願いをする。

 あれ?

 俺とこいつ、こんなに仲良かったっけ?


「ところでコウくん、あれからお嬢はどんな感じかな?…………誰かに迷惑をかけたりとかしていない?」


「え、………あ、ああ、ギリギリ」


 水の都に着いた直後の愚行を頭の隅に押し寄せながら、俺はオークキングの言葉を肯定する。


「ああ、良かった。ギリギリ迷惑をかけてなくて……え?ギリギリ?」


「ところで、オークキング、あの人数でどうやって衰弱した魔人数百人を連れて行くつもりなんだ?お前含めて、十数人しかいなかったんだけど……」


 追及されたらヤバいので、強引に話を変える。


「問題ない。連れて行くのは俺達じゃなくて、魔王様だからな」


「お前達じゃなくて魔王?どういう意味だ?」


「魔王様の魔法でここにいる魔人達を瞬間移動させるんだよ。俺達はその下拵えに来ただけだ」


「下拵えって……どうやって?」


「魔法陣を設置するだけだ。ほら、これ」


 そう言って、オークキングは何処からともなく幾何学的な模様が描かれた大きな絨毯を取り出す。


「詳しい仕組みは分からないけど、魔王様はこの絨毯の上に乗ったものなら、何でも瞬間移動できるらしい。魔法で空間を折り畳むとか何とかして」


「へえ。この絨毯を使えば、あの地下通路にワープできるって事か」


「いや、ワープするのは魔王城だ。あそこは最前線で危険だからな」


「へえ……」


 俺の相槌を最後に会話が途切れてしまう。

 それを不審に思ったのか、オークキングは突然こんな事を聞いてきた。


「どうした?悩みでもあるのか?」


 彼の言葉により、ここ数日悩んでいた事──死にかけている魔人達を助けようと思わなかった事を思い出す。

 

「……実はさ」


 胸の中のモヤモヤを解消するため、迷宮の中を歩きながら、俺はオークキングに悩みを打ち明ける。

 骨と皮しかない魔人達を発見した事を。

 そして、苦しんでいる魔人達を見ても、俺はどうも思わなかった事。

 レイ達が魔人達に救いの手を差し伸べるのを見て、ようやく俺も魔人達を助けなければいけないと思った事。

 衰弱している魔人達を助けようと思わなかった自分に嫌気が差している事を。

 全部、話した。

 …….見ず知らずと言っても過言じゃないオークキングに。


「まあ、それが普通だと思うぞ」


 オークキングの口から想定外の言葉が飛び出る。


「"見知らぬ人が困っている。よし、助けよう!"ってなる人は基本的にいない。もしいたら、間違いなくそいつは聖人か何かだろう。多くの人は知り合いでも何でもない人間を救おうなんて考えない。……まあ、助けたら何かしらのメリットがあるんだったら話は別だが」


「は、はあ……」


「お嬢が魔人達を助けたのは、お嬢が魔王様の娘だからだ。お嬢は小さい頃から魔人(おれ)達の愚痴を聞いているからな。"無理矢理、魔人にされた"だの、"魔人になった所為で家族と会えなくなった"だの。その所為で魔人に対する情が人よりあるんだと思う」


 罪悪感を少しだけ滲ませながら、オークキングは苦笑いを浮かべる。


「というか、あの金玉蹴り娘と僧侶の服を着たナチュラルサディストは、"困っているから助ける"みたいな聖人的理由で助けたんじゃないと思うぞ。どっちかというと、あいつらは悪人寄りだ。多分、あいつらは助けた方がメリットあるから助けただけだと思うぞ」


 ……助けた魔人達に"必ず恩を返します"的な内容の契約書を書かせた金玉蹴り娘改めバカ令嬢とナチュラルサディスト扱いされている腹ペコを思い出す。

 彼の言う通り、彼女達は魔人達の弱みに漬け込もうとしていた。

 ……もしかしたら、オークキングの方が俺よりも人を見る目があるのかもしれない。


「と、いう訳だ。お嬢も金玉蹴り娘達も"助ける理由があったから助けた"だけだ。お前はその人達を助ける理由はなかったんだろ?だったら、それが当たり前だ……と俺は思う」


 確かにオークキングの言う通りだった。

 俺には衰弱した魔人達を助ける理由なんてなかった。

 だから、"助けよう"なんて思わなかったんだろう。

 多分、立派な理由があったら、俺は動いていただろう。

 "他の人に良い人だと思われたい"とか"人助けをアイデンティティにしている"とか"心の底から全ての人の幸福を祈っている"とか、それなりの理由があったら、俺は彼等を助けていただろう。

 ……いや、理由があっても俺は助けなかったに違いない。

 俺は実の家族を見殺しにした人でなしだ。

 瓦礫の下敷きになった両親と姉を見殺しにした奴が、見ず知らずの人達を助けられる筈がない。

 あの時、俺は大切な人達を助ける理由を持っていた。

 あの時、俺は大切な人達を助けるだけの■(ちから)を持っていた。

 けど、持っているだけで俺は行動に移そうとしなかった。

 ……俺は大切な人達を見殺しにした。

 

(……何で助けなかったんだろう)


 募りに募った後悔が俺の胸を押し潰す。

 ……少しだけ息がし辛くなった。


「あー、偉そうな事を言ったが、俺から言える事は唯1つ。後悔が残るような選択だけはするなって事だ。悩んだら、答えが出るまで考え抜け。全ての人にとっての最善ではなく、自分にとっての最善を選べ。……そうしないと、後悔だけが募るぞ」


「……考えても答えが出なかった時の場合は?」


「その時は覚悟を決めろ。自分の選びたい選択肢を覚悟を持って選択しろ。俺はそうして来た。いや、魔王様も、きっと──」


 魔王の言葉を思い出す。

 確か彼も"覚悟を決めろ"と言っていた。

 多分、俺に必要なのは覚悟なんだろう。

 誰かを助けるという覚悟。

 誰かを助けないという覚悟。

 その覚悟を抱かない限り、俺は際限なく悩み続けるんだろう。

 

「……と、こんな感じで良いか?すまんな、悩み相談なんて受けた事がないから曖昧な答えになっちまって」


「いや、お前のお陰で何か分かったような気がする。ありがとう」


 オークキングに感謝の言葉を告げていると、いつの間にか俺達は自称真王の右腕が隔離されている広間に辿り着いていた。

 広間の中に入る。

 広間の中心には女体化した自称右腕──気絶済み──と、何故か彼女 (?)の股間を凝視するバカ令嬢と腹ペコがいた。


「……何してんの?」


 俺の存在に気づいた彼女達は、俺の方に視線を向ける。

 彼女達は悪戯がバレた時の子どもみたいな顔をしていた。


「え、あ、いや、……ほら、私達、こいつの肉棒捥ぎ取ったじゃん?」


「流石に悪いと思ったので、捥ぎ取ったのを貼り付けて、元の男性に戻そうと肉棒を貼り付けたのですが……」


 そう言いながら、彼女達は自称右腕の股間を俺に見せる。

 彼の股間はイソギンチャクみたいになっていた。

 より具体的に語ると、彼の股間には数えるのが馬鹿らしくなるくらい沢山の肉棒が張り付いていた。


「「全部、張り付いちゃった」」


「「何で!!??」


 かくして、彼女達の善意 (多分)により、自称真王の右腕はチ○ポの化物になってしまった。



 ──これは迷宮から出る前のお話。

 そして、雪山に登る前のお話。

 




 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、感想・レビューを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方、本当にありがとうございます。

 今回から新章を始めると告知していましたが、諸事情により番外編を掲載させて頂きました。

 新章Stage6は今週の金曜日20時頃からスタートです。

 Stage6とStage7は今までの章と違い、(文章量が膨れなければ)短めで終わると思います。

 これからも完結目指して更新していきますので、これからもお付き合いよろしくお願い致します。

 

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