視界と油断と力の源
閃光で眩んだ視界で前を見据える。
ボヤけた視界に映し出されたのは白銀の大蛇だった。
全長は凡そ20メートル。
俺みたいな平均身長しかない奴なら、丸呑みされてもおかしくないくらいデカかった。
浮島に来る前の俺なら、きっとこの大蛇が目の前にいるだけで足が竦んでいただろう。
しかし、今の俺は数多の魔獣を屠った経験がある。
今更デカいだけで怯える程、俺は繊細な人間じゃない。
(くそ…….、視界が霞んでいる所為で亀裂が見えない)
目の前の敵は脅威じゃない。
けど、空間に走る亀裂──攻撃・防御のタイミングを教えてくれるもの──が見えないため、どこに攻撃して良いのか、どこから攻撃が飛んでくるのか、さっぱり分からなかった。
「うーん、ダメね。片方潰れているみたい」
「ど、ど、どうしましょう。これ、コウさんガチギレ案件ですよね?」
「ガチギレ案件……と、言うよりドン引き案件っすね、間違いなく。何してんですか、ルルちゃん。一線は越えないみたいな暗黙の了解はあったでしょ?何であっさり越えているんですか?」
「まさか男性の睾丸がここまで軟弱だとは思わず……つい」
「まあ、でも、安心するっす。魔王(お父さん)の話が本当なら、こいつ人間辞めてるらしいっすから。ほら、見てください。こいつの潰れたタマタマ、再生し始めたっす」
「魔獣と同じ枠って事ね。なら、大丈夫だと思うわ。ほら、コウだって魔獣バンバン殺しているし」
「良かったー!てっきりタマタマ潰し罪で晩飯抜きになる所でした!」
「良かったっすね、ルルちゃ……あり?ルルちゃん、タマタマ潰した事に罪悪感ないんすか?」
「レイさん。この世にあるものは須く壊れるものです」
「須くを誤用しているっすよ」
「きっとルルの日頃の行いが良いからよ。さ、こいつが気絶している間にもう片方のタマも潰しておきましょうか」
「あり?そんな話だったっすか?というか、何で片方のタマタマ潰す前提で話進んでいるっすか?」
「コウが戻ってくるまでの時間稼ぎよ。ほら、こいつ、私達よりも強いかもしれないし」
「ほぎゃあああああ!!!!」
自称真王の右腕兼真王四天王の1人が絶叫を上げる。
……恐らく潰されたのだろう。
この世のものと思えない絶叫を聞いて、俺の背筋に悪寒が走る。
「む、……かなり再生スピード早いわね、ルル」
「はいです」
再び絶叫が聞こえて来る。
多分、有言通り、俺が戻って来るまでの間、彼女達は自称右腕の睾丸を潰し続けるんだろう。
プチプチみたいに。
人間を辞めた──いや、超速再生が仇になったみたいだ。
再生しては潰され再生しては潰されの繰り返しを想像するだけで、背筋が凍てつく。
まさに生き地獄。
想像するだけで悶絶しそうになった。
まあ、あの自称右腕、魔人や魔獣を作ったり、魔人達を監禁して衰弱させたりしているので、同情の余地はないんだけど。
それにしても容赦なさすぎだろ、あいつら。
(いや、そんな事よりも目の前の敵だ……!)
刀を構えながら、敵の出方を伺う。
視界が霞んでいる所為で、敵の位置と全長しか分からなかった。
視界が元の状態に戻るまで、少なく見積もっても数分かかるだろう。
この状態で闘うのは危険過ぎる。
(なら、回復までの時間を稼……)
戦闘方針が決まろうとした瞬間、再び視界が真っ白に染まった。
何も見えなくなった事を知覚した途端、俺は反射的に迫り来る"何か"を刀で防ぐ。
突如、掌に走った強い衝撃により俺の身体は強引に後退させられた。
その所為で俺の身体は宙を浮いてしまう。
真っ白になった視界を元に戻そうと、宙に浮いたままの状態で、後方に吹き飛ばされている状態で、"風斬"を放つ。
が、何度"風斬"を放っても、視界は元の状態に戻らなかった。
(奴の不思議な力じゃない……となると、閃光で眩んでいるのか……!?)
今になって、ようやく自分の視界が真っ白になった原因を悟る。
多分、敵は確実に俺の視力を奪うために2度目の目眩しを行ったのだろう。
背中に何かが衝突する。
感触から察するに、多分、壁だ。
俺の身体は壁に叩きつけられたのだ。
ダメで元々精神で瞬きをする。
だが、幾ら瞬きしても視界は元の状態に戻らなかった。
空気を切る音が聞こえて来る。
その音に導かれるように刀を振るう。
無造作に振った刀は何かを捉えたらしく、甲高い音を立てた。
掌に走る衝撃。
多分、奴の攻撃を斬ったのだろう。
何を斬ったのか分からない。
だが、攻撃が飛んできた方向は大体分かった。
「そこかっ!」
敵がいるであろう場所に向かって、"風斬"を放つ。
「うぎゃああああ!!!何か飛んできたああああ!!!!」
「ご主人!こっちに攻撃を飛ばさないでください!!私達に当たりますから!!」
「あばばばばば……!コウさんの所為であの人のアレが捥げました……!」
「え!?アレって捥げるものなの!?」
「ちょ、そこにいる魔人さん達!さっさとここから逃げろっす!!ここは危険っす!さ、巻き込まれない所に避難しろっす!!」
「というか、私達も避難しましょう!ここにいたら間違いなく巻き込まれるわ!!」
「この捥げたのはどうすれば良いですか!?」
「犬にでも食わせときなさい!」
「了解っ!」
パーティメンバーの焦ったような声と敵の息遣いが微かに聞こえて来る。
どうやら俺の攻撃は敵に届かなかったらしい。
(なら、広範囲かつ全方位に斬り刻めば……!)
四方八方に"風斬"を乱発しようと、息を短く吐き捨てる。
すると、胸の内側に篭っていた熱が右手──刀を持っている方──に流れ込む事を知覚した。
「風斬・乱!」
"風斬"を連発する事で、自分の近くにあるもの全てを薙ぎ払う。
技を放つ度に壁や天井、床を斬った手応えが脳を揺さぶる。
しかし、敵を斬ったという手応えは、いつまで経っても感じる事はできなかった。
(あいつ、……!あの巨体で俺の斬撃を避けているのか……!?)
推測を肯定するかの如く、"何か"が俺の右脇腹に食い込む。
痛みを認知する頃には、俺の両肘と両膝は床に着いていた。
(打撃を、貰ったのか……!?)
目が見えていないため、自分の身に何が起きたのか分からない。
脇腹の状態を確かめるため、左手──刀を持っていない手──で触診する。
血は出ていなかった。
多分、浅めの打撃を貰ったんだろう。
傷の具合を確かめた後、体勢を整え──ようとした所で、右手の甲に強い衝撃が走る。
渇いた音が木霊すると同時に俺は持っていた刀を手放してしまった。
「しまっ……」
慌てて地面に落ちた刀を拾おうとするも、目が視えていないので、どこに落ちたのかさえも分からない。
絶体絶命。
今まで何度も絶体絶命な状況を経験してきたが、今回ばかりは少し違う。
状況を打破しようにも武器は手元になく。
その上、目も視えていない。
攻撃する手段だけでなく、防御するための手段さえも潰されているのだ。
今までのピンチと訳が違う。
(くそ……!最悪だ……!)
敵の息遣いも足音さえも聞こえなくなる。
まさに絶体絶命。
打つ手なしだ。
どうする?
一か八か素手で"風斬"を放ってみるか?
それとも視覚以外の方法で敵を捕捉するか?
この状況を打破するための方法を模索する。
が、幾ら考えても良い案は出て来なかった。
(どうする……!?どうする……!?)
どこから敵の攻撃が飛んで来るのか分からない。
どのような攻撃が繰り出されるのか分からない。
刀がどこにあるのか、今の自分の周囲に何があるのか、何一つ分からない。
考えろ。
考えろ、考えろ、考えろ。
何か方法がある筈だ……!
先ずは刀を拾う事を最優先──
「──っ!?」
獣の匂いを感じ取る。
咄嗟の判断で俺は後方に跳んだ。
前方に吹いた突風が俺の身体を壁に叩きつける。
背中を強打した事で、俺は一瞬だけ息ができない状況に陥ってしまった。
──今になって、ようやく自分が死の淵に立っている事に気づかされる。
その瞬間、頭の中は真っ白になってしまった。
両膝が地面に触れる。
──身体の奥から熱が零れ出る。
視界は未だ真っ白に染まったまま。
──熱が身体から出ようとする。
何も考える事ができない。
──熱が右掌に留まる。
けど、死神の足音だけは聞こえる。
──死にたくない。
ここで死ぬ訳にはいかない。
──なら、どうする?
敵を斬る。
──俺に害を成す全てのものを斬り刻む。
迫り来る死神を己の手で殺し尽くす。
──ただ、それだけが俺に赦された唯一の方法。
手段は選ばない。
──選ぶつもりもない。
迫り来る死神から逃れようと、熱が籠った右の掌を天に掲げる。
「其は■岐より生まれしもの」
生きるために立ち上がる。
生き残るために前を向く。
「■を薙ぎ、■■を裂き、■■垣を絶つ■■■の剣」
生きるために"剣"を取る。
生き残るために自分の願望を形にする。
「天■らせ……!──『■■■■■の剣』……!」
右掌に籠った熱を解き放とうとする。
しかし、俺の意思よりも先に熱は暴発してしまった。
解き放たれた熱は、瞬く間に突風に変わると、俺の周囲を根刮ぎ破壊し尽くす。
天井、床、壁が音を立てて崩れていく。
その所為で俺は頭から落ちてきた瓦礫の下敷きになってしまった。
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次の更新は明日の20時頃に予定しております。
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