貯水池と成長と獣性
未知のダンジョンの中を歩いて十数分。
予想していたよりも早く俺達は水辺に辿り着く事ができた。
小さい湖──いや、貯水池だろう。
綺麗な水らしく、水底が見れるくらいに水は透き通っていた。
「「「水だあああああああ!!!!」」」
バカと腹ペコと変態は神速の速さで服を脱ぎ捨てると、下着姿のまま水の中に飛び込もうとする。
「「「魔獣だあああああ!!!!」」」
水の中に飛び込もうとした彼女達は、突如、水面から現れた巨大化したイカみたいな魔獣に拘束されてしまった。
「「「捕まったあああああ!!!!」」」
ある程度、こうなる事を予想していた俺は、彼女達が拘束された瞬間──魔獣が現れた瞬間を狙って、攻撃を仕掛ける。
「──最後の晩餐は風と共に」
一瞬十二斬。
出現したイカみたいな魔獣の身体に神速の連撃を浴びせる。
黄金の風を纏った連撃は、瞬く間に魔獣の肢体を肉片に変えた。
魔獣だった肉片は断末魔を発する事なく、水底に沈んでいく。
何が起きたのか理解できていないのか、バカ令嬢達はポカンとした表情のまま、水面に激突してしまった。
かなり痛そうな音が俺の耳に届く。
俺は目の前の現実から目を背けながら、自分の状態を確認する。
"風斬"12連発を放ったというのに、俺の身体はピンピンしていた。
息切れもしていない。
どうやら闘う度に俺の身体は戦闘に適したものになっているらしい。
だが、今の俺の実力では騎士団長や自称神様に勝つ事なんて不可能だろう。
騎士団長に惜敗、自称神様に完敗するのが目に見えている。
……自称神様の言葉──俺が神域とやらに至らないと、この世界は滅びてしまう──という言葉を思い出す。
あいつの言葉が本当かどうか分からないが、強くなって損はないだろう。
しかし、どのように強くなれば良いのか皆目見当がつかない。
一体、どうやったら神域とやらにいたれるんだ?
「あー、酷い目に遭った」
バカと腹ペコと変態は"理不尽な目に遭った"と言わんばかりに水の中から這い上がる。
「自業自得だ、バカ共」
もう"迂闊な行動をしないでくれ"って言う気もなくなった。
というか、こいつらが迂闊な行動をする事前提で動いた方が遥かに効率的だという事に気づいた。
「にしても、こんな所に魔獣がいるんですね」
「魔獣がいるって事は、もしかしたら、ここは未開のダンジョンじゃないかもしれないっすね」
「……ん?それ、どういう意味だ?」
全身ずぶ濡れになった腹ペコと変態に疑問をぶつける。
バカも知らないのか、キョトンとした顔をしていた。
「あり?知らないっすか?魔獣って人の獣性によって構成されているんすよ。だから、人のいる場所にしか生息しないっす」
「人の、獣性……?」
「以前、私がまだ所属していた教会では、獣性を"知性なき悪意"と定義づけられていました。簡単に言っちゃうと、『〜だから憎い』という『〜だから』を省いた純粋な悪意の事です」
「つまり、理由とか経緯とか一切ないタチの悪い悪意って事?」
「はい、その通りです」
バカ令嬢の簡単な要約により、俺は獣性という概念を理解する。
「元々、魔獣ってのはこの浮島にいなかったんっすよ。けど、百数年前に何とかっていう民族が、"真王憎し"っていう理由だけで人の獣性を具現化する呪術ってのを生み出しちゃったっす。その呪術が生まれた所為で、魔獣が出てくるようになったっすよ」
つまり、俺達は何とかって民族が生み出した純粋な悪意の塊である魔獣を食べていたって事か。
その事実を知った瞬間、俺は何とも言えぬ気持ちになる。
「大丈夫ですよ。魔獣は生まれた時点で完了していますから。食べても呪われたりしません」
俺の不安を見抜いたのか、腹ペコは全身を小刻みに振動させる事で肌についた水を振り払おうとする。
お前は犬か。
それから、俺は昼飯──乾パンと干し肉とドライフルーツ──を食べながら、腹ペコと変態は交互に魔獣について説明した。
彼女達の話を箇条書きで要約すると。
・百数年前、真王を呪い殺すため、この浮島にいた呪術師達が魔獣を生み出す呪術を完成させた。
・呪術師達が完成させた始まりの魔獣──"狐の魔獣"は浮島全体に大きな被害を及ぼした。
・狐の形をした魔獣は不完全だったらしく、誕生した数日後に自然消滅。
・たった数日で浮島全土を半壊させた狐の魔獣に危機感を抱いた真王は騎士団を動員させ、呪術師達を皆殺しにしようとする。
・呪術師達は真王の追手から逃げながら、魔獣を造り続ける。その結果、たった四半世紀足らずで浮島全体に魔獣が出没するようになる。
・魔獣に対処するため、真王は冒険者ギルドを創設。魔獣により畑や仕事を失った人達が冒険者になる。
「……で、5年くらい前に行われた征伐を最後に呪術師達は全滅。で、今に至るって訳なんです」
彼女達の無駄に長い説明が終わる。
多分、途中で脱線しなければ1時間程度で終わっていただろう。
彼女達が説明下手なのと脱線しまくった所為で、3〜4時間くらい経過した。
バカ令嬢の方を見る。
彼女は俺の膝を枕にして眠ってしまった。
どうやら途中で飽きてしまったらしい。
お前は子どもか。
「ちなみに補足ですが、魔獣は純粋な悪意であるが故に、あらゆる生命体を死に追いやります。そのため、人気のない場所よりも人気のある場所に集まりがちなのです」
「あらゆる生命体を死に追いやる……か」
ここまでの道中を思い出す。
街から街に移動する際、俺は色んな魔獣と闘ってきた。
でも、魔獣は俺達を殺す事も捕食する事もしなかった。
むしろ彼女達を何処かに連れて行こうとしていた。
なので、魔獣達が生命体を死に追いやると言われてもピンと来ない。
けど、これだけは把握しているつもりだ。
あいつらは俺達と相容れぬものだという事を。
殺さなければならない存在である事を。
最初に魔獣と遭遇した時、俺はそれを感覚的に理解した。
いや、理解させられた。
「……ん?そういや、魔王軍の人達って、魔獣と人が合体した存在なんだろ?あれって、呪術師達がやったのか?」
「いえ、真王がやったっすよ」
湖から掬ってきた水──バカ令嬢曰く、この水は飲んでも問題ないものらしい──を飲みながら、魔王の娘は答える。
「魔王(お父さん)から詳しい事情とかは聞かされていないっすけど、オークキングの話が本当なら、真王は魔獣の力を持った兵士が欲しいという理由で人々──合法的な奴隷を無理矢理魔人に変えたっすよ」
俺が言葉を選んでいる内に変態は淡々と説明を続ける。
魔王軍の人達は、元々合法的な奴隷である事を。
真王が奴隷を合法にしたのは"魔人の材料を獲得するため"である事を。
「だから、魔王軍は闘っているっすよ。人間に戻るために」
人生経験があまり豊富ではない俺は、どういう反応をしたら良いのか分からなくなってしまった。
魔王軍に身内がいる彼女と違って、俺は魔王軍の人達と余り親しくない。
だから、軽く聞き流す事はできないし、かと言って部外者なので重く受け止める事もできない。
なので、どういう言葉を発すれば良いのか悩んでしまう。
……自分や他人と向き合ってみようと思って早数日。
この浮島は俺が思っているよりも複雑なものだった。
本当にこのまま"西の果て"に行くだけで良いのだろうか。
本当に下界に帰れば、何もかも解決するのだろうか。
考えれば考える程、頭の中は複雑なものになってしまう。
そんな事を考えていると、股間に変な感触が生じた。
そこに視線を向ける。
バカ令嬢は寝たふりをしながら、鼻頭を俺の股間に擦り付けていた。
「……」
無言で鼻息を荒上げるド変態の首根っこを掴む。
「ちょ、待って、待って欲しいの。これは不可抗力というか、偶々というか、何というか」
人の迷惑を顧みずに変態行為をやったバカを粛正するため、彼女を湖の中に放り投げた。
良い子の皆んなは真似しちゃダメだぞ。
これくらい拒絶しないと、バカ令嬢、際限なく調子に乗るから。
「……なるほどっすね。隙あれば自分の欲望のまま突き進むのが真の変態なんすね。ああ、そうか……だから、私、ファッション変態って言われるのか……」
バカ令嬢の変態行為を見て、何故かショックを受ける変態奴隷志願純情少女レイ。
お願いだから変態である事に価値を見出さないでくれ。
「それでも私は諦めないっす!真の変態王に私はなるっす!!」
勝手になってろ。
そんなこんなで、俺達は暑さで削れた体力が回復するまで、貯水池で休憩し続けた。
出口が何処にあるのか分からないまま、奥に何があるのか分からないまま、俺達は淡々と時間を潰していく。
──この先に待ち受ける悲劇を知らないまま、俺達は無闇に時間を潰し続ける。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、感想を書いてくださった方、レビューを書いてくださった方、本当にありがとうございます。
そして、この場を借りて、先日後書きで次の更新時間を告知できなかったのを謝罪させて頂きます。
本当に申し訳ありません。
次からは後書きで更新時間の告知できるように善処しますので、これからもお付き合いよろしくお願い致します。
次の更新は9月15日(水)12時頃です。
今回は魔獣という存在の説明回でしたが、次回はギャグメインになると思います。
来週も3話更新できるように頑張ります。




