恋愛相談と演技と謎
バカ令嬢──リリィと向き合い始めて、分かった事が1つある。
どうやら彼女が俺に向ける好意は、恋愛的な好意とは似て非なるものらしい。
彼女は性欲に身を委ねて、俺の唇を奪おうとしたり、俺の匂いを嗅いだり、色仕掛けしようとしたり、俺の下着を盗もうとしたりするが、恋愛的なアプローチは一切しない。
俺と身体だけの関係になりたい──と仮定すれば、彼女のアクションも理解できるのだが、どうやらそういう訳でもないらしい。
なので、彼女の真意を図る事ができない。
彼女は俺とどういう関係になりたいのだろうか。
彼女は俺にどういう好意を向けているのだろうか。
彼女が俺に抱いている行為は恋愛なのか、それとも親愛なのか、それとも言語化できない愛なのか。
まともな恋愛経験がない俺には理解できない代物だった。
「──という訳だ、腹ペコ。お前の意見を聞かせてくれ」
早朝、まだリリィも変態奴隷──レイも寝静まっている時間。
水の都広場にて、俺は腹ペコ僧侶──ルルに恋愛相談をしていた。
「なるほど。リリィさんが抱く好意の正体を知りたいんですね」
屋台で買ったパンを頬張りながら、彼女は小刻みに首を縦に振る。
その姿は餌を貪る犬みたいで、少しみっともなかった。
「私はリリィさんの事をよく知りません。なので、彼女の気持ちを類推して、彼女の気持ちらしきものを代弁するつもりは毛頭ありません。今の私から言える事は唯1つ──コウさん、貴方はもっとバカになるべきです」
「は?」
腹ペコの口から出たのは意外な言葉だった。
「好き嫌いに根拠も理由も必要ないんですよ。それは貴方の心から生じたものですから。一々、言葉にしようとしていたら、自分の気持ちを見失ってしまいます。考えてから動く事も必要ですが、時には考えながら動く事も必要なんです。そのバランスが取れていないと、今のコウさんみたいに自分を見失ってしまいます」
何か急に聖職者っぽい事を言い始めた。
彼女の助言は的確で俺の心に深く浸透した。
「リリィさんがどういう好意を抱いているのか知る前に、先ずは自分の思いのまま動いてみては?きっとその想いがコウさんの悩みに答えてくれるでしょう」
「……お前、時々、聖職者っぽくなるよな……」
「まあ、これでも神に仕える身だったんで。こう見えて、私、人の悩みとか懺悔とか聞くの慣れているんですよ」
口についた食べカスに気づく事なく、腹ペコは自身あり気に胸を張る。
バカ令嬢の洞察力が天性のものだとしたら、腹ペコの洞察力は後天的に身につけたものだろう。
一体、どれだけの人と向き合ってきたのだろうか。
唯の高校生で自分とも他人とも碌に向き合っていない俺にはよく分からなかった。
「それに深く考えても意味がないと思います。だって、リリィさん、衝動的に生きていますから。もしかしたら、コウさんへの好意も刹那的なものかもしれません」
「お前が言うのか」
衝動的に生きている女パート2である腹ペコについツッコんでしまう。
「ただ、これだけは頭に入れて置いてください。リリィさんは"何か"を騙すために、"誰か"を演じていると思います。その"何か"が何なのかは分かりませんが、私達がリリィさんの本質を見極める事ができないのは、恐らくリリィさんが"誰か"を演じているからでしょう。もしかしたら、"誰か"を演じる上で必要だったからコウさんの事を好きって言っているだけかもしれません」
「つまり、リリィが演じている人が俺の事を好きなだけで、リリィ本人は俺の事を好きじゃないって事か」
「その可能性があるという訳です」
その言葉により、少し複雑な気持ちを抱いてしまう。
「……あいつが演じている人って誰だ?」
「大体は推測できていますが、今の所、断言できません。リリィさんが"誰か"を演じているってのも私の勘ですし。もしかしたら、彼女が"何か"を騙しているってのも、私の思い過ごしかもしれません」
……いや、思い過ごしじゃないだろう。
上手く言えないけど、腹ペコの言う通り、リリィには二面性があるような気がする。
その二面性の境界は曖昧で不確か。
彼女の素の面と彼女が演じている"誰か"の面が混じった結果、"バカ令嬢"というキャラクターが出来上がったんだろう。
……では、彼女は何のために"誰か"を演じているんだ?
何で彼女は"誰か"の演技を徹底していないんだ?
どうして"西の果て"に向かっている?
どうして下界に向かっている?
そもそも、あのフクロウは何のために俺をこの浮島に呼び出した?
自称神様が言っていた世界が滅亡する可能性ってのは何だ?
どうしてリリィが真王の手に渡ったら、世界は滅びるんだ?
一体、俺は何に巻き込まれているんだ……?
「なあ、腹ペコ。推測でいいから、あのバカが演じている"誰か"を教えてくれないか?」
少しでも謎を解こうと俺は腹ペコに答えを求める。
だが、彼女の口から返ってきた言葉は意外なものだった。
「それは無理です。もし私の推測が当たっていたら、彼女の演じている"誰か"を言い当てる事は、この浮島──いえ、世界の滅亡を意味します。……いや、もしかしたら、あの自称神様が言っていた事が本当だったら、既にリリィさんは──」
腹ペコは途中で言葉を区切ると口を閉じる。
あまり察しが良くない俺は彼女が何を言いかけたのか分からなかった。
「とりあえず、今は"西の果て"に行きましょう。そこに行けば、きっと全てが分かる筈です。リリィさんの真意も、そして、貴方の悩みも」
そう言って、腹ペコは俺が食べようとしていたパンを奪い取ろうとする。
俺はぼんやりしながら、彼女の頭をハリセンで叩いた。
数時間後、俺達は水の都を後にする。
次に向かう場所は砂漠地帯。
俺達はそこで──この浮島の成り立ちを知ってしまう。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、感想を書いてくださった方、レビューを書いてくださった方に厚くお礼を申し上げます。
今回のお話は伏線確認回です。
爆破令嬢という物語で回収する予定の伏線を今回更新したお話でまとめてみました。
折り返し地点を通過し、これから本編は後半戦に突入しますが、最後までお付き合いしてくれると嬉しいです。
これからも完結目指して、更新していきますので、よろしくお願い致します。
次の更新は明日の12時頃を予定しております。




