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時空跳躍と羊飼いの投石と穴

「コウ!?」


 バカ令嬢──リリィの声が室内に響き渡る。

 俺はというと、ボールみたいに床の上を惨めに転がっていた。

 

「へえ。あのタイミングで避けるとかやるじゃん」


 余裕たっぷりな様子で肩を回しながら、平行(ちがう)世界からやって来た自称神──カナリアは間一髪の所で避けた俺を評価する。


(完全に避け切れてないっての……!)


 右頬に鈍い痛みを感じながら、口の中に溜まった血を床に吐き出す。目の前にいる少女は不敵な笑みを浮かべながら、俺の事を注意深く観察していた。

 リリィ達が視界の隅に映り込む。

 彼女達は信じられないものでも見るかのような目で、攻撃を貰った俺を見つめていた。


「え、嘘……ご主人が反応できなかった……!?」


「あわわわわわ、やっぱ、私の勘通り、あの人、めちゃくちゃ強いです。あわわわわわ」


「……これは不味いわね」


 これ以上にないくらい緊迫感に満ちたリリィの顔を見て、罪悪感に似たものが俺の胸を苦しめる。

 これ以上、彼女達を心配させる訳にはいかない。

 デスイーターや騎士団長、オークキングの時みたいに突破口を見出さなけ──


「──っ!コウ、背後!」

 

 考え事をしている隙に少女の姿が俺の視界から消え失せる。

 リリィの声に突き動かされるがまま、俺は刀を背後目掛けて振るう。


「おっと、危ない」

 

 いつの間に背後にワープしていた少女は、後方に大きく跳ぶと、俺の斬撃を難なく躱した。


「や、やっぱ、あいつ、瞬間移動してるっす!ご主人!あいつ、お父さんと同じ魔法──空間跳躍の使い手っす!!用心してください!!」


「いや、あれは空間を折り畳む事で瞬間移動している空間跳躍とは少し違うわ。──あいつは"1秒先"に跳躍している。私の予想が正しければ、あれは時空跳躍よ」


 変態奴隷──レイの言葉に被せる形でリリィは自分の推論を口に出す。


「へえ、たった2回見せただけで、もう見抜いたんだ。あんた、頭すっからかんの癖に洞察力と頭のキレだけは人類の中でもトップレベルなのね」


 自称神である少女は誉めているのか貶しているのか、よく分からない言葉をリリィに浴びせる。

 少女の指摘はバカ令嬢であるリリィの事を的確に表現しているように思えた。

 そうか。

 こいつ、洞察力と頭のキレだけはズバ抜けているのか。

 だから、時々バカじゃなくなるのか。

 でも、普段は頭の中が空っぽ且つ頭を動かそうとしないからバカなのか。

 普段はチャランポランだけど、危機的な状況でしか真面目にならないのか。

 今までリリィに抱いていた疑念が払拭されると共に、彼女の残念さがより際立ってしまう。

 ……本当、知れば知る程、残念な存在だな、バカ令嬢(こいつ)


「その反応を見るに、私の推測はほぼ当たりみたいね」


 リリィは得意気な様子で自称神様に挑発の言葉を投げかける。

 

「ええ。その通りよ。私の魔法は時空跳躍。任意の場所に跳ぶ事ができるの、1秒先のね」


 物凄い事を淡々と話す自称神様。

 その言葉の所為で、俺達は絶句する。

 時空跳躍?

 任意の場所に跳ぶ事ができる?

 それも1秒先に?

 それが本当だったら、攻撃を当てる事なんてできない。

 だって、跳躍中の1秒間、あいつはこの世界のどこにもいないのだから。

 攻撃を当てる事ができないのなら、勝つ事なんてできない。

 

「1秒先なら何処でも跳べる……ね。果たして、本当に何処でも跳べるのかしら?」


 なのに、リリィは大胆不敵な笑みを浮かべていた。

 まるで勝ち筋が見えたかのように。


「へえ。随分、自信あり気ね」


 今まで俺と腹ペコ僧侶──ルルしか見ていなかった自称神様が、リリィの事を初めて見た。


「ええ。だって、()()が勝つもの」


「ハッタリかどうか分からないのが癪だけど、……いいわ、あんたの挑戦、乗ってあげる」


 そう言って、自称神様はいつでも応戦できるように身構える。

 それに吊られる形で俺も戦闘態勢を取った。


「さあ、どこからでもかかって来なさい。あんたの策、全部力尽くで捩じ伏せてやるから──!」


 自称神様の身体から今まで感じた事のないくらいに強烈な殺意が放たれる。

 それを感じた瞬間、俺の身体は石になったかのように硬直した。

 輪郭を持った死のイメージが内蔵の機能を強制的に止めてしまう。

 背後から迫る死神の足跡がはっきり聞こえてきた。

 

「──コウ」


 自称神様に気圧される俺にリリィは声を掛ける。

 そのお陰で、身体の硬直を解く事ができた。


「ああ、分かっているって……!」


 いつものように彼女の無茶振りに応えようとする。

 が、彼女の口から出た指示は俺の理解を超えたものだった。


「そこから動かないで」


 着けていたピアスを銃に変えながら、彼女は俺に指示を飛ばす。

 リリィの手中にある銃を見た瞬間、自称神様は顔を強張らせた。


「げ、……!?神造兵器じゃん、それ……!」

 

 彼女の持っている銃みたいな武器に恐れを抱き、自称神様は再び煙のように消える。

 リリィは敵が消えるのを目視するよりも先に身体を半回転させる。

 その甲斐あって、リリィは自分の背後に瞬間移動してきた自称神様に銃口を向ける事に成功した。


「予想済みだっての!」


 彼女の背後を取った自称神様は、再度瞬間移動を行使する。

 その瞬間、リリィは敵がどこに行ったのか確認する事なく、銃口を天井に向けると、迷う事なく引き金を引いた。

 激しい閃光と爆風が室内を満たす。

 少し遅れる形で天井から瓦礫が落ちてきた。

 数秒遅れで、リリィが天井を銃撃した事を理解する。


「本当、やる事なす事、無茶苦茶だよな、お前!!」


 落ちてくる瓦礫を刀で砕きながら、俺は敵の姿を探した。

 が、室内は砂埃が舞っている所為で、敵の姿もリリィ達の姿も見失ってしまう。

 

「確かに貴女の魔法は脅威的だわ」


 砂埃の中からリリィの声が聞こえて来る。


「でも、何処でも跳べる訳じゃない。さっきコウの攻撃をバックジャンプで避けたみたいに、後方には跳ぶ事はできない。──いや、視界に映る場所にしか跳ぶ事ができない」


 砂埃の中にいる自称神様の身体から焦りが漏れ出る。

 そのお陰で、俺は敵の正確な居場所──敵が宙空という逃げ場がない所にいる事──を理解した。


「だから、今みたいな視界が良好じゃない場合は魔法を使う事ができない。そうでしょ?」


「──っ!」


 砂埃の中で自称神様は息を呑む。

 その瞬間、俺の視界に赤い点みたいなものが映り込んだ。

 その赤の点が俺に知らせる。

 "この点目掛けて、刀を投げつけろ"と。


「じゃ、コウ。後は頼んだわ」

 

 信頼に満ちたリリィの声が俺の背中を押す。

 その声に突き動かされるがまま、俺は新技の準備を行う。

 標的は宙空にいる自称神様。

 この絶好の機会を逃したら、勝ち目はなくなってしまう──!


「──我が投石は巨人を穿つ」


 圧縮した黄金の風を刀身に纏わりつかせる。 

 そして、今も尚、宙空にいる敵目掛けて、刀を放り投げた。


羊飼いの投石(ジャイアントキリング)

 

 渾身の力で投擲した刀がミサイルの如く、宙を駆け抜ける。

 音速かつ必殺の一撃。

 にも関わらず、自称神様は身を捻るだけで俺の攻撃を躱してしまった。


「──なっ!?」


 必中不可避の攻撃が躱されてしまった。

 それにより驚きの声を発する。


「悪いわね、カミデラコウ。──私の嗅覚は、あんたの目と同じものを知覚できるのよ」


 その言葉だけで理解させられる。

 敵は嗅覚で敵の攻撃を予知している事を。

 亀裂(あれ)を知覚できるのは俺だけじゃない事を。

 その事実に気づかなかった所為で、千載一遇のチャンスを潰してしまった事を。


「これで分かったかしら?神域に至らない限り、あんたらに勝ち目はないって事を」


 砂埃の中から自称神様が出てくる。

 これにより、リリィが作り出した地の利は消えてしまった。

 再び不利な状況に追い込まれる。

 いや、刀を失っているから、先程よりも不利な状況だ。

 元々なかった勝機が更になくなってしまう。

 やはり俺ではこの難敵に勝つ事はできない……!

 

「身体だけは完成しているけど、中身は完成していないみたいね。なら、完成するまで遊んであげる──!」


 自称神様が動き出そうとしたその時だった。

 砂埃の中から"何か"が飛び出た。


「おらあっ!」


 人間ではあり得ない速さで変態奴隷──レイは駆け抜けると、自称神様に蹴りを浴びせた。


「──っ!?」


 瞬間移動も防御もできず、自称神様はレイの飛び蹴りをモロに喰らってしまう。

 その目にも映らない速度で駆け抜けるレイを見て、彼女がルルの魔法(バフ)を受けている事を悟る。


「たとえ瞬間移動できたとしても、嗅覚で攻撃を予知できたとしても、流石に神速で繰り出される不意打ちには反応できないでしょ」


 床の上を勢いよく転がる自称神様を見ながら、作戦立案者のリリィとレイに魔法をかけたルルはドヤ気味に胸を張った。

 

「お嬢!ルルちゃん!油断すんなっす!まだ終わってないっすから!!」


「「は?」」


 床の上を転がっていた自称神様は、何事もなかったかのように態勢を整える。

 レイの言う通り、敵の身体には傷1つなかった。


「ええ、そうよ。たとえ嗅覚で攻撃を予知していたとしても、時空跳躍を使ったとしても、神速で繰り出される不意打ちには対処できない。──でも、神域に届いていない奴の一撃じゃ私の身体に擦り傷1つ与える事はできない」


 その言葉により、目の前の敵が異常な程に頑丈である事を理解させられる。


「残念だったわね。狙いもタイミングも良かったけど、素早さだけ神域級にしても力も神域級じゃなきゃ意味がないわ。私を倒すには実力不足だったわね、──ルルイエ・クティーラ」


「何で私の本名を知っているんですかぁ!?」


 今にも泣きそうな顔でルルは身体を小刻みに揺らし始める。

 ……お前の名前、ルルイエって言うんだ。

 何かクトゥルフりそうな名前なんだな。

 

「なるほど。カミデラコウが神域に至っていない理由をようやく理解できたわ。あんたらの活躍が彼の成長を阻害していたのね」


 服についた埃を手で払いながら、自称神様は笑みを浮かべる。

 その笑みには余裕しか感じられなかった。


「そこらの有象無象なら、そのやり方が通じたでしょうけど、生憎私にそのやり方は通用しな……っ!?」


 それは束の間の出来事だった。

 自称神様の背後に大きな穴が開いたかと思いきや、彼女の身体は穴の中に引き摺り込まれてしまった。


「あ、やば!調子に乗り過ぎた……!!」


 穴の中に引き摺り込まれた自称神様の声が木霊する。

 その声には余裕が満ちていた。

 一瞬で消えてしまった敵を前にして、俺達は唖然とする。


「………一体、何だったのかしら、彼女」


 リリィの疑問に答えるものはいる筈もなく。

 俺達はポカンと口を開ける事しかできなかった。

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、感想を書いてくださった方、レビューを書いてください方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 皆様の応援のお陰で、ブクマ190件超える事ができました(9月2日現在)。

 2作品目もブクマ200件に肉薄できたのは、皆様のお陰です。

 この場を借りて、厚く厚くお礼を申し上げます。

 

 諸事情により、次の更新は明日の21時頃に予定しております。

 これからも完結目指して、更新していきますのでよろしくお願い致します。



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