揺れと熱とバカデカい塔
金と欲望が入り乱れる賭博場。
"それ"は賭博場で使われている専用のコインを手で弄びながら、遠巻きに上流コウとリリードリ・バランピーノを眺めていた。
「へぇ。私が知っているのよりも幼いと思ったら、……なるほどね、あいつは上寺コウの同一存在なのか」
"それ"は目の前にいる彼と自分が知っている"上寺コウ"が同一人物ではない事を看破する。
同一存在──肉体と魂と名前が同じなだけの存在。
肉体も魂も名前だけでなく、精神性も経歴も瓜二つな同一人物とは違う。
つまり、"それ"は上流コウとよく似た人物を知っているだけで、目の前にいる彼を知らないのだ。
「あの刀は持っているって事は、"あいつ"が絡んでいるのか。だったら、私も少しお手伝いしてあげようかしら」
そう言って、"それ"は誰の目にも留まる事なく、音を立てる事なく、その場から消える。
コウもリリィも"それ"が立ち去った事実どころか、"それ"がいた事にさえ気づかなかった。
「さて、確実に稼げる方法でお金を稼ぎましょうか」
水の都のギルドに来た俺達は、掲示板に貼られている依頼書を見ながら、安全で短期間で稼げる仕事を探す。
が、そんな都合の良い依頼はある訳もなく。
かと言って、デスイーターの時みたいにハイリスクハイリターンの依頼もなく。
長期間この街に滞在するか、或いは何の準備も装備もなく"西の果て"に向かうか。
「よし、競馬に行きましょう」
「確実には稼げねぇよ」
訳の分からない事を言うバカ令嬢の後頭部をハリセンで叩く。
「大丈夫よ。幾らコウが化物級に運が良くても、重度の逆張り野郎じゃない限り、競馬で天文学的数字を叩き出す事は不可能だから」
「お嬢。それ、天文学的数字が出る前振りっす」
「にしても何でそんなに運が良いんですか?日頃の行いが良いからですか?それとも、それもコウさんの才能なんですか?」
「知らねぇよ、……ビギナーズラックだと思うよ、多分」
この浮島に来て出せるようになった黄金の風。
相手の隙と攻撃を教えてくれる赤と黒の亀裂。
そして、超人と言っても過言ではない身体能力。
何でこんな力が身についたのか、何も分からない。
というか、自分が何を求めているのかよりも、バカ令嬢に対する自分の想いよりも、先ずはこの異能の正体を知るべきじゃないのだろうか……?
「まあ、今考えても材料がないから、何も答えは出ないと思うわ。多分、コウの不思議な力に関しては、あのフクロウが知っているでしょうし。詳しい事は彼に聞きましょう」
俺を浮島に呼び出したフクロウの存在を今更ながら思い出す。
本当、あのフクロウは何なのだろうか。
きっと俺を呼んだって事は何かしら知っている筈だ。
俺のこの摩訶不思議な力を。
"フクロウって何?"みたいな顔をして、首を傾げる腹ペコと変態から目を逸らしつつ、依頼書を見る。
けど、幾ら見ようが、俺達が求めているような仕事は目に入らなかった。
「うーん、どうしたものか」
そんな事を考えていると、突如、何の前触れもなく、地面が揺れ始めた。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
「な、なんですか!?」
建物が激しく振動する。
その瞬間、俺の脳裏に両親と姉の死骸が過った。
死骸の山とルルとレイ、そして、リリィの姿が重なる。
──その瞬間、頭に鈍い痛みが走った。
その瞬間、身体の内側から熱みたいなものが溢れ始める。
骨を焦がすような熱が、肉を溶かすような熱が、俺の身体を蝕む。
熱が俺の身体の輪郭を奪い去ろうとする。
だから、俺は望んだ。
刀を振る力を求めた時と同じように。
強大な敵を倒すための眼を求めた時と同じように。
黄金の風を求めた時と同じように。
闘う術を識るために違う世界の俺の記憶を求めた時と同じように。
賭博に勝つために豪運を求めた時と同じように。
俺は求めた。
──この熱に耐え得る身体を。
そして、この揺れを抑えるための──
「──ウ!コウ!!」
今まで聞いた事のないくらいに切羽詰まったリリィの声により、俺は現実に引き戻される。
いつもと違う彼女の様子で手放しそうになった常識が再び俺の手に戻ってきた。
「ちょっと、どうしたのよ!?さっき、一瞬だったけど、コウの瞳の色が金色になっちゃってたわよ!?」
揺れはいつの間にか収まっていた。
額についた脂汗を拭いながら、いつの間にか蹲っていた身体を立ち上がらせる。
そこまで揺れなかったらしく、俺の視界には壊れたものも死んだ人も映らなかった。
安堵の溜息を吐き出す。
その瞬間、バカ令嬢の顔が青くなった。
「……まさか、コウ、貴方……その歳でう○こ漏らしたの?」
「お前と一緒にすんな」
シリアスな表情を浮かべる彼女にハリセンを叩き込む。
「本当、お前、中身が中学せ……いや、小学生だよな。歳いくつだよ?」
「じゅう……じゃなかった。二十歳過ぎよ」
「まさかの俺より歳上」
バカ令嬢の一般女性よりも遥かにデカい乳房を見ながら、"まあ、こんなデカい胸してんだから二十歳過ぎでおかしくないか"みたいな事を思ってしまう。
これは10代がしていい乳房じゃない。
ていうか、F以上ある学生とかファンタジー過ぎる。
エロ漫画とかちょっとエッチいラノベでしか見た事ないぞ。
AVは分からない。
あいつら、平気で年齢詐称するからなー。
信じられないんだよなー。
(いかん、何か頭が変になっている……)
一度、常識を手放しそうになった反動なのか、いつもできている自制ができなくなっている。
「二十歳過ぎだったら、もう少し落ち着き持ってくれないかな?お前、俺より年上なんだぞ」
「ふっ、歳上の魅力にメロメロになっていいわよ」
「平然にう○ことか言う女にメロメロになんかならねぇよ」
見た目は大人だけど中身は小学生男児とか最悪過ぎる。
本当、一度で良いからこいつの親の顔を見てみたい。
顳顬を押さえる腹ペコと想定外な事が起きて狼狽える変態の方を見る。
彼女達は俺の異変に戸惑っていたのか、それとも結構大きめの地震の揺れに戸惑ったのか、あたふたしていた。
彼女達に話しかけようとする。
その瞬間、ギルドの出入り口から男の人の声が聞こえてきた。
彼は大声でこう言った。
"街の外にバカでかい塔ができた"と。
俺達は特に相談する事なく、他の人達と同じようにギルドの外に出る。
外に出た俺達の視界に飛び込んできたのは、氷でできたバカでかい塔だった。
多分、日本で1番高い建築物と言われている東京タワーよりもデカいと思う。
実物を見た事がないため、断言はできないが、多分、東京タワーの2倍……いや、3倍くらい高い。
材質は氷なのか、塔の外壁から冷気が漂っていた。
ギルドに入る前まではなかった筈の超巨大な塔を前にして、バカ令嬢達は絶句してしまう。
俺はというと、"こんな不思議な事も起きるんだなー"程度にしか思っていなかった。
「…………なるほどね、さっきの揺れは、あの塔を建てる事で起こったものね」
バカ令嬢は驚きながら、先程の揺れに対するアンサーを考察する。
「け、けど、あんなバカでかい建物を一瞬で建てる事なんてできるっすか?」
「いえ、建てる事はできます。数百人単位の上級魔術師を3日3晩酷使すればの話ですが……けど、あんな一瞬で建てる事は不可能です。というか、そんな大規模な魔術儀式聞いた事はないです」
「ルルの言う通りよ。たとえ先天性の異能である魔法を使っても、あの塔を一瞬で造る事なんて不可能だわ。……まあ、神様だったら、あれくらい余裕でできるかもしれないけど」
いつも暴走している彼女達が、めちゃくちゃ動揺しているのを見て、俺は異常事態が起きている事を今更ながら理解する。
「でも、まあ、これは私達にとってチャンスかもね」
いつものドヤ気味の笑みを浮かべるバカ令嬢を見て、次に彼女が言い出す言葉を予知してしまう。
が、短期間でお金が欲しい今の俺には彼女の言葉を否定する事はできなかった。
「──あの塔に潜入するわよ」
バカ令嬢の一言によって、俺達は固唾を飲む。
すると、変態が緊張感のある面持ちでこんな事を言い始めた。
「……今回、私の出番少な過ぎないっすか?」
はい、そんな訳で今度は塔を攻略します。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、感想を書いてくださった方、レビューを書いてくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
皆様のお陰で本作品の累計ブクマ200件達成まで残り25件を切りました(8月6日9時時点)
前作「価値あるものに花束を」を超えるスピードでブクマが増えているのは皆様のお陰です。
本当にありがとうございます。
この場を借りて厚くお礼を申し上げます。
来週の更新は公募用の小説に専念するため、8月11日水曜日12時頃に1話だけ更新します。
また、本作品と同時連載している「価値あるものに花束を」も8月9日月曜日12時頃に1話だけ投稿します。
私事で更新ペースを落として申し訳ありません。
再来週は今週同様、月・水・金に更新しますのでよろしくお願い致します。




