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触手と便意と暴走(序)

 リビングの扉を開けると、知らない世界だった。

 現在、俺──上流(かみながれ)(こう)は、空飛ぶ大陸の上にいる。

 何で普通の高校生である俺が、浮島(ここ)にいるのかと言うと、悪役(バカ)令嬢に強制召喚されたからだ。

 悪役令嬢──リリードリ・バランピーノ。

 婚約者である王子の尻を爆破した結果、お尋ね者になった彼女は、下界に亡命するために俺を召喚したらしい。

 現在、俺は下界にあるお家に帰るため、彼女と共に旅をしている。


 だが、その道程は決して優しいものじゃなかった。


「んぎゃあああああ!!!!コウ!コォォオオオオウウウウウ!!!ヘルプ、ヘルプミイイイイイイイイイイ!!!!」


 現在、バカ令嬢──愛称リリィはエロ漫画によく出てくる触手みたいな生き物に捕縛されていた。

 触手みたいなものに身体を縛られている彼女を見守りながら、俺は茂みの影に隠れて様子見をする。


「どうしますか?コウさん?」


 茂みに隠れる俺の右隣にいるルル──道中、食費がかかり過ぎるという理由で追放された腹ペコ僧侶──が疑問の言葉を口に出す。


「迂闊に手を出す事はできないだろ。あいつを傷つけるかもしれないし」


 彼女を捕縛するだけでそれ以上の事をやらない触手を警戒しながら、俺は疑問に答える。


「いや、そっちじゃなくて、今日の晩飯の話です」


「お前に人の心はないのか」


「大丈夫です。もしリリィさんが食べられたら、あの触手ごと美味しく頂きますから」


「カニバリズムの上位互換」


「いいなー、私も触手に捕まりたいなー、縛られるの良さそうだなー、めちゃくちゃドキドキするだろうなー」


 家畜扱いされたいという理由で奴隷になろうとした魔王の娘──レイが羨ましそうにバカを見つめる。

 ……変態の考えは理解できないので、敢えてスルーする事にした。

 

「あー、私も縛られたいなー。縄とかでキツく縛られたいなー、チラッ、ご主人様に縛って貰いたいなー、チラッ」


 何かを求めるような目で見てくる変態に気づかないフリをする。

 ……以上が俺のパーティメンバー。

 ここから先の物語はバカと腹ペコと変態でお送り致します。


「……で、なんであいつ捕まったんだっけ?」


 痛む顳顬を押さえながら、事の発端を尋ねる。


「覚えていないんですか?リリィさん、明日の天気を占うために、履いていた靴を飛ばしたじゃないですか」


「勢い良く飛んでいった靴が触手の巣穴に入った所為で、こんな状況に陥ったっす。おのれ、蛇め……!」


「全部、あいつの自業自得じゃねぇか」


 思い出したくない事を思い出した。

 バカとしか言いようのない彼女の奇行を目の当たりにして、俺は痛めた頭を押さえる。

 ついでに彼女の今までの奇行も思い出しそうになったが、即座に脳裏の奥深くに封じ込めた。

 

「そういや、コウさん、お昼まだですか?」


「さっき食べたばっかだろうが」


 ボケた老人みたいな事を言う腹ペコにツッコミながら、俺はバカ令嬢の方をじっと見つめる。

 触手は彼女を縛るだけで満足したのか、ピクリとも動かなくなった。

 グツグツとマグマが煮えたぎるような音が触手の身体の中から聞こえ始める。


「あー、アレはアレっすね。腹の中を空っぽにしているっすね」


「……つまり、アレか?あのバカを食べるためにお腹を空かしているって事か?」

 

「そうっすね」


 時間がない事を理解する。

 これ以上、時間をかけても良くないと思ったので、強引なやり方で彼女を助けようと試みた。

 茂みの中から抜け出した俺は、触手の方に向かって駆け出そうとする。

 一歩、前に踏み出した途端、バカ令嬢は苦痛を訴え始めた。


「いたたたたた!!!!締まっている!締まっている!」


 足を止める。

 すると、彼女の口から痛みを訴える声が聞こえなくなった。


「どうやらあの触手、知能高いみたいですね」


「迂闊に近づいたら、首ポキリっすよ」


 ゾロゾロと茂みの中から出てきた愉快()な仲間達が現状を分かりやすく説明する。


「そうみたいだな。お前ら、分かっているとは思うけど、迂闊に近づく──」


「あらよっと」


 変態が俺の1歩前に出る。

 その瞬間、バカ令嬢の口から「んきゅ!?」という苦悶に満ちた声が漏れ出た。


「俺の話、聞いてた!?」


「ちっちっち、よく見てください」


 変態は自分の足下を指差す。

 彼女の足は少しだけ浮いていた。


「まだ一歩踏み出していないっす。つまり、あの触手は私のフェイントに引っかかるくらいアホという訳です」


「そのフェイントの所為で、あのバカ死にかけてんだけど!?」


 白目を剥いているバカ令嬢を指差しながら、変態の頭を常備しているハリセンで叩く。


「頼むから迂闊な行動をしないでくれ!お前の馬鹿な行為の所為であいつ死んじゃうかもしれな──」


「あ、ヤバ、締められるの癖になりそう」


「変な性癖に目覚めてんじゃねぇよ!お前の所為でこんな状況になったんだけど!!??」


 甘い声を出し始めたバカ令嬢の頭目掛けて、ハリセンを投げつける。

 それさえも攻撃と判断したのか、触手は飛んできたハリセンを叩き落とした。


「あ、ずるいっす!私も癖になるくらい締められたいっす!!」


「行くな!自重しろ!!厄介事を増やすな!!」


 自ら触手に捕縛されようとする変態を羽交い締めする事で何とか止める。


「舐めてるっすか!?締め付けるんだったら、もっと強くやってください!!そんなんじゃ触手さんに勝てないっすよ!!」


「別に触手さんに勝つ目的でやってないから!!おい、腹ペコ!!この変態を止めるのを手伝っ──」


「あらよっと、です」


「ぐへぇ!?」


「お前、バカ令嬢(あいつ)の事が嫌いだろ!?」


 腹ペコは腹ペコで前進と後退を繰り返す事でバカ令嬢を間接的に痛めつけていた。


「違います!リリィさんの事はどっちかというと好きな方です!好きだからこそ、あの人の苦しんでいる顔が見たいのです!!」


「歪んだ好意!!」


「ねえ、コウ。早く助けてくれないかしら?ちょっとお花を摘みたい欲求が私の中で膨れ上がって……!」

 

「こんな時に催してんじゃねぇよ、このバカ!!」


「生理現象にバカもクソもないでしょうが!!??いや、クソはあるんだけど!!」


「よりにもよってそっちを催したのかよ!!??」


「そっちをじゃないわ、そっちもよ!!」


「そうか!最悪な事態である事には変わりないな!!」


「えっへん!」


「褒めてねぇよ!!」


 今にも暴れ出しそうな変態と腹ペコを力尽くで止めながら、諸悪の根源に怒声を飛ばす。

 ああ、何で貴重な夏休みを削って、こんな事をしているんだろう。

 ……本当、早くお家に帰りたい。


 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に厚く厚くお礼を申し上げます。

 本日から番外編「触手と便意と暴走」を7月30日金曜日まで更新していきます。

 番外編と銘打っていますが、実質本編の続きです。地下通路から出た後のお話になります。

 本筋から逸れた物語ですが、お付き合いよろしくお願い致します。

 次の更新は明日の12時頃に予定しております。

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