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悪役令嬢は悪怯れない:(結)


「……ここに来た時はこんなに肉に塗れてなかったのに……クソ、この世界の食べ物が美味し過ぎるのがいけないのよ」


 彼女は頭上にある橋を忌々しく見つめる。

 すると、自分の愚かさに気づいたのか、今度は苦笑いし始めた。


「……そういや、コウと会ったのって、ここだったよね?」


「……よく覚えているな」


「覚えているわよ、1年前の事だし」


 懐かしがるように彼女は周囲を見渡す。

 彼女の表情は明るいものだった。


(……1年前は氷みたいに冷たかったのになぁ)


 この世界に来た直後の氷みたいな彼女と今の身も心も柔らかくなった彼女を比べて、思わず苦笑してしまう。


「この世界に来た直後は何度も死んでやろうと思ったわ」


 彼女は橋をぼんやり眺めながら、俺と出会った時の事を懐かしがる。


「それなのに……まさか、ここまでこの世界に順応しちゃうとは……生きていれば、何とかなるものね」


 ジャージ越しに自分の腹肉を手で揺らしながら、彼女は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。


「死んでやろう……か」


 中学の時に亡くなった姉の事を思い出しながら、俺は複雑な気分に陥ってしまう。

 俺の姉はいじめを苦に自殺してしまった。

 まだコロナが流行っていなかったにも関わらず。

 健康体であったにも関わらず。

 姉は心の病の所為で長生きできなかったのだ。

 俺にとって姉は大切な家族だった。

 だから、幸せになって欲しいと思っていたし、本気で"長生きしてもらいたい"と思っていた。

 ──思っていただけだった。

 自分の思いを押しつけた結果、俺達家族は苦しんでいる姉に気づけなかった。

 追い詰められている彼女のために具体的な行動をする事ができなかった。

 姉は何度も俺達家族に助けての合図を送っていたのに。

 俺も父も母も最期の最後まで姉のSOSに気づく事なく、彼女を見殺しにしてしまった。


 人の心の中なんて想像はできても理解する事はできない。

 だから、人は言葉を重ねる事で心の中を言語化しようとする。

 重ねた言葉を聞く事で相手の心の中を理解しようとする。

 けど、幾ら言葉を重ねても人の心の中を完全に理解する事はできない。

 だから、人は失敗する。

 分かったつもりになる。

 完全に理解する事ができないが故に、人は無意味な対立をしてしまうし、無価値なすれ違いをしてしまう。

 だけど、分かろうとしないと想像する事さえできない。

 思っているだけでは何も変えられないから。

 たとえ間違っていたとしても、最善の道を選ぶ事ができなくても。


 異世界から来た自称悪役令嬢の瞳を覗き込む。

 彼女と一緒に過ごして、1年以上が経過した。

 にも関わらず、俺は彼女があっちの世界で何をやらかしたのか具体的に聞く事ができていない。

 彼女が善人なのか悪人なのか未だに理解できていない。

 もしかしたら、彼女を匿っているのは世界的に間違っているのかもしれない。

 彼女と共に過ごす日々は最善じゃないかもしれない。


「なあ、リリィ 」


 まだ冷たい睦月の風が俺達の肌を撫でる。

 俺は何も考える事なく、思った事をそのまま口に出す。


「長生きしろよ」


 それでも俺は願った。

 悪役令嬢(かのじょ)の生存を。

 間抜けで怠惰で変に悪知恵が働く彼女の幸福を。

 今後、どんなに努力をしても、彼女の心を完全に理解する事ができないだろう。

 けど、寄り添う事くらいはできる筈だ。

 ただ寄り添うだけじゃ足りないだろうし、幾ら寄り添っても、彼女の心を完全に理解する事はできないだろう、

 それでも俺は彼女の幸せと生存を願う。 

 それが俺のやりたい事だから。

 俺の言葉を聞いた途端、リリィはキョトンとした表情を浮かべる。

 そして、俺の気持ちを知らないにも関わらず、彼女は"理解しているわよ"と言わんばかりに満面の笑みを浮かべると、サムズアップを俺に送った。

 そんな満ち足りた彼女の笑顔を見て、俺はつい自分の頬を人差し指で掻いてしまう。


 異世界から悪役令嬢が来て、そろそろ一年が経とうとしている。

 この1年で異常な日々に適応してしまった俺達は、今日もこの魔法も剣もない──コロナが蔓延る世界で長生きしようと足掻いている。







 蛇足でしかない後日談。


 炬燵の中で丸くなりながらテレビを見ていた彼女は、台所でダイエット料理を作っていた俺を呼び出すと、テレビを見るように促す。

 テレビ画面には任○堂のコマーシャルムービーが映し出されていた。


「ねえ、コウ。あれだったら、私、運動続けられるかも」


 リング○ィットアドベンチャーに興じる女優の姿を眺めながら、彼女は剥いた蜜柑を口に入れる。


「ねえ、コウ。あれ買ってよ。あれだったら、わざわざ寒い思いして外に出る必要なくなるし」


 既に精神がデブの領域に至った彼女は、怠惰的な発言を躊躇う事なく吐き出す。 

 "どうせ買っても数日で飽きるだろうな"と思いながら、俺は彼女に絶対飲まないであろう条件を突きつけた。


「お菓子、半年抜きを受け入れるんだったら買ってやるぞ」


「あ、なら、いいです」


 そう言って、彼女は蜜柑を平らげると、炬燵の中に隠していたお菓子を取り出した。

 ……どうやら彼女が生活習慣病になるのは避けられないらしい。



 ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、感想を書いてくださった方、レビューを書いてくださった方に厚く厚くお礼を申し上げます。


 番外編「悪役令嬢は悪びれない」はこの回で完結です。

 本編の終盤に必要なお話であるため、この場を借りて掲載しましたが、恐らく脂肪まみれになった悪役令嬢と大学生の語り部をメインにした番外編はこれで最後だと思います。

(もしこの2人のお話の続きを書いたとしても、ここではない別の場所で掲載させて貰います)

 少しだけ本編から逸れたお話に付き合って貰って、本当にありがとうございます。

 本日18時から更新するお話は、いつもの語り部と3馬鹿がごちゃごちゃしますので、お付き合いしてくれると嬉しいです。

 これからもお付き合いよろしくお願い致します。

 

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