悪役令嬢は悪怯れない:(承)
彼女と出会ったのは今から約1年前──新型コロナウイルスの国内累計感染者が千人を超えた頃だったと思う。
当時、大学進学を機に一人暮らしを始めたばかりの俺は、コロナの流行により暇を持て余していて、新しく引っ越して来たばかりの町を隈なく歩いていた。
そして、俺は異世界から来たばかりの悪役令嬢──リリードルチェ・バランピーノ──と遭遇してしまったのだ。
彼女曰く、王子様のお気に入りである平民の女の子にちょっかいをかけまくった結果、異世界から追放されたらしい。
あまり乙女ゲームに関して知識がないため断言はできないが、異世界に追放された悪役令嬢は、多分、フィクション含めて彼女が初だろう。
……本当、何やらかしたんだろう、こいつ。
"事実は小説よりも奇なり"とはよく言ったものだ。
異世界からやって来た悪役令嬢、そして、パンデミックものの映画に出てくるウイルスよりも凶悪な新型コロナウイルス。
この一年で虚構を超えた現実を目の当たりにし過ぎた所為で、俺は滅多な事では驚かなくなったと自負している。
それくらい異世界から来た悪役令嬢もコロナも日常の中に埋没してしまったのだ。
「……何で外に出なくちゃいけないのよ」
思わず震え上がりそうな程に冷たい風が俺らの肌を撫でる。2度目の緊急事態宣言が発令された所為なのか、アパート近くにある河川敷には人っ子1人いなかった。
お天気予報士曰く、今日は1月の中では比較的暖かい日だと言っていたが、あれはガセだったのだろうか。
ジャージだけではこの冷風を対処する事はできそうになかった。
「ねぇ、コウ。緊急事態宣言って知っている?不要不急の外出はダメなのよ。異世界生まれ異世界育ちの私でさえ分かっているのに、何であんたは私を外に連れ出したの?」
俺も彼女も掌による摩擦熱で身体を温めようと試みる。
だが、幾ら両掌を擦っても体温は上がらなかった。
「不要不急じゃないからだ」
「私は痩せる事を要していないし、急いでもないんだけど……」
「別に痩せる事は求めていないって。運動する習慣をつけさせるために歩かせているんだよ。……言っとくけど、生活習慣病は怖いからな。お菓子ばっかり食べていたら、糖尿病・肥満症・高脂血症・高血圧症・大腸がん・歯周病になる可能性高くなるし、運動不足だったら、糖尿病・肥満症・高脂血症・高血圧症などを発症する可能性アップするし。最悪、心筋梗塞や脳卒中で死んでしまうからな。生活習慣病舐めんじゃねぇぞ」
舗装された道の上をゆっくり歩きながら、隣を歩くジャージ姿の彼女を脅す。
彼女は不機嫌そうな表情を浮かべると、吐き捨てるようにこう言った。
「あんたって時々真面目過ぎてつまらない時があるよね」
「うっ!?」
物心ついた時からずっと気にしている事を指摘されて、思わず声を上げてしまう。
「そんなに真面目過ぎるとストレスに押し潰されるわよ」
「不真面目過ぎるのも問題なんだけどな」
「人間、ちょっと不真面目くらいが良いのよ」
「じゃあ、ちょっと真面目になって貰おうか」
彼女はジャージのポケットから一口サイズのスナック菓子を取り出す。
俺はそれを俊敏な動きで奪い取った。
「ふっ、甘いわね。まだ私のポケットには沢山のお菓子が眠っているわ……!」
「そうか、身体よりも先に心の方が豚になってしまったか」
「誰が豚よ!!」
彼女は両腕を天に掲げると、怒りを身体全体を使って表現する。
ぷんすか怒りながら、地団駄を踏む彼女の姿はマスコットみたいで可愛らしかった。
「お菓子を食べるなとまでは言わないけど、もう少し量を押さえてくれ。1日8袋は食べ過ぎだっての」
「じゃあ、1日何袋が適正なのよ」
「一日一袋だな」
「私に死ねって言っているの?」
「気づいていないんだろうけど、もうお前は立派なデブだよ」
「この世界の料理が美味し過ぎるからいけないのよ。あっちの世界じゃ、塩や砂糖みたいな調味料でさえ貴重品だったんだから」
隣を歩く彼女は肩にかかっていた自身の長い金髪をお嬢様っぽく振り払う。
「そういや、あっちの世界の文明レベルって、こっちの世界でいう中世ヨーロッパに近いって前に言ってたよな。……そんなに調味料が不足していたのか?」
「名家の娘である私でさえも調味料を使った料理なんて、お祝い事の時しか食べられなかったんだから。普段の食事は食材の素材そのものの味を楽しまなきゃいけなかったのよ」
「素材そのものの味……?」
「焼肉にタレどころか胡椒も塩もかけない料理って言ったら分かりやすいかしら?」
その喩えのお陰で、素材そのものの味という意味を完璧に理解する。
「じゃあ、お刺身とかも醤油や山葵使わずに食べるのか?」
「魚を生で食べる事自体無理だったわ。私の住んでいた場所は港から百数キロ離れた所にあった上に、この世界みたいに鮮度保って運ぶ事は難しかったから」
「え?リリィが元々いた世界には魔法があるんだろ?魔法で凍らせて運ぶ事はできなかったのか?」
剣と魔法が蔓延る異世界から来た彼女は、コロナが蔓延る世界で生まれ育った俺の発言を鼻で笑う。
「んなの無理に決まっているじゃない。あっちの世界の魔法や魔術は、こっちの世界のフィクションみたいに万能じゃないの。"傷つける事に特化した"と言えば良いかしら?もし魔法や魔術で凍らせたとしても、魔法自体に破壊力があり過ぎるから、運んでいる間に魚の身体が塵になってしまうのよ」
「不便過ぎるだろ、そっちの魔法。……魔法で作った氷を側に置いておくのもダメなのか?」
「ダメね。魔法で作った氷を長時間接触させても塵になっちゃうから」
「RPGでよく見る回復魔法や蘇生魔法とかもない……よな?」
「ええ、ないわ。だから、もしガンやコロナにかかっても、寝て治すしかないって事。あっちの世界の魔法ってのはね、"戦争するための技術"であって、"文明の発展を促進"させるものじゃないのよ」
「は、はあ……」
あっちの世界の魔法を見た事がない──彼女ほ魔法の授業をサボっていたらしく、簡単な魔法さえも使えないらしい──俺は、彼女の話をあまり理解できなかった所為で曖昧な言葉で返す事しかできなかった。
「つまり、お前が元いた世界は食事情も衛生環境も最悪だったと」
「ええ。甘いものなんて果実くらいしかなかったし。よく乙女ゲーとかでお嬢様達が紅茶なんてお洒落なもん飲んでいるけど、あっちの世界じゃ紅茶の"こ"さえなかったわ主食のパンもバターやジャムがないから、小麦の味を味わなきゃいけなかったし。本当、今思うと食えたもんじゃないわよ異世界の料理なんて」
リリィはげんなりした様子で異世界の食事情に物申す。
俺のヘタクソな料理でさえも美味しいと言って平らげてくれる彼女が酷評する異世界料理とは一体どんなものなのだろうか。
一度でいいから怖いもの試しで食べてみたいと思った。
「ん?どうした、リリィ?体調でも崩したのか?」
突然、彼女が地面に座り込んだので、つい心配してしまう。
彼女は右脚を両手で押さえると、こんな事を言い出した。
「くっ、脚が……!コウ、私に構わず先に行って!」
「疲れたんだったら、疲れたって素直に言えよ」
俺達の横を自転車に乗った子ども達が横切る。
子ども達は死亡フラグみたいな事を叫ぶ彼女を見ていたのか、"あのお姉ちゃん、変な事をしてる〜"みたいな事を言いながら、俺達の横を通り過ぎた。
恥ずかしさにより、俺達の顔は真っ赤になる。
彼女は怒りと恥辱で一杯なのか、両手で天を突こうとすると、子ども達の背中にこんな言葉を浴びせた。
「誰が豚よ!!」
「誰も言ってないから」
ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
皆様のお陰でブクマ160件、本作品の累計PVが5万PV超える事ができました。
この場を借りて、厚く厚くお礼を申し上げます。
本当にありがとうございます。
これからも皆様がブクマや評価ポイント、感想やレビューを送って良かったと思える作品にしていきますので、よろしくお願い致します。
明日の更新は以下の通りです。
10時頃…「悪役令嬢は悪怯れない(転)」
12時頃…「悪役令嬢は悪怯れない(結)」
18時頃…「触手とお花摘みと暴走(序)」
18時更新のお話からは皆さんが知っているコウと愉快な仲間達が帰って来るので、読んでくれると嬉しいです。
明日もお付き合いよろしくお願い致します。




