親近感と性癖と遺伝
魔王の娘であるレイ──変態奴隷と魔王との闘いはあっという間に終わった。
「くっくっくっ、大魔王はそう簡単に負けはしない」
魔王は気絶させた変態を床に寝かせると、不敵な笑みを浮かべる。
その姿にはどことなく哀愁が漂っていた。
「くっくっくっ、……どこで間違えたんだろう、我」
道を踏み外した娘を見て、少しだけ本音を漏らす。
そんな彼から俺は目を逸らした。
「なあ、そこの貴様。大魔王、どこで間違えたと思う?」
「俺に話を振らないでください」
折角、"俺関係ないですよ"アピールしていたのに巻き込まれてしまった。
「くっくっくっ、貴様は我が娘の主人なのだろう?なら、大魔王の質問に答えるのが道理の筈なのでは?……なあ、お前、娘にハードなプレイしてないよな?娘を傷物にしていないよな?」
「していませんし、するつもりもありません」
「くっくっくっくっ、なら、何故、娘に主人と呼ばせている?」
「こいつが勝手に呼んでいるだけです」
「くっくっくっ、その言葉、一応信じておこう」
そう言って、重い溜息を吐き出す大魔王。
「…………やはり宿命と家庭の両立はできぬと言うのか」
真王によって魔人に変えられた人達を元に戻そうとしている偉大な大魔王は、そこらにいるサラリーマンみたいな事を言い出した。
当然、家庭どころか仕事さえしていない俺には答えられる筈もなく。
苦し紛れに近くにいるリリィ──バカ令嬢とルル──腹ペコの方を見た。
……彼女達はどこかに行っていた。
「また自由行動している!!」
「くっくっくっ、貴様も仲間に悩まされているみたいだな」
何故か魔王から親近感を持たれてしまった。
「……大魔王も、その、……大変なのか?」
「くっくっくっ、妻には先立たれ、娘は反抗期。側近であるオークキングは隙さえあればマスを掻き、サキュバスクイーンは仕事を与えれば毎回ポカをして泣き噦る。ユニコーンジャックは処女集めに熱心で、唯一真面目に仕事をしていたキマイラエースは戦死。側近が不真面目だから部下も仕事を適当にしかやらなくなり、部下がポカやらかす度、大魔王がその尻を拭っている。くぅくっくっ、愚痴り出したら止まらんくなったわい」
「そうか、大魔王も苦労しているんだな」
尊厳かつ厳かな態度を崩す事なく、弱音を垂れる魔王につい同情してしまう。
「くっくっくっ、娘が道を踏み外したのも我の英才教育の所為だ。良かれと思った事が、まさか逆効果だったとは。大魔王、深く反省。これからはもっと娘に自由を与えねばな」
「自由じゃなくて良識とか倫理観とか与えてください」
「くっくっくっ、そんなもの、とうの昔に与えておる」
「良識や倫理観ある奴は奴隷オークション会場に潜り込まないし、気に入らないからという理由で奴隷商人や貴族を殴り倒したりとかしませんよ」
「くっくっくっ……本当、なんで奴隷になりたいとか言い出したんだろうなー」
大魔王は深い溜息を吐き出しながら、その場に座り込む。
本当、見ていられないくらい可哀想だった。
「えと、……あの、さっきはすみません。勝手に部屋侵入した挙句、蹴飛ばしてしまって。あの、額の方は大丈夫ですか?痛くないですか?」
「くっくっくっ、大魔王は器が大きいからな。全く気にしておらん。我も貴様と同じ立場なら、同じ事をしていただろう。胸を張れ、若人。貴様はおかしな事を何もしておらん」
めちゃくちゃ大人な対応をされてしまった。
本当、何でこの人からあんな変態が生まれたんだろう。
不思議で堪らなかった。
「くっくっくっ、若人。1つ聞かせて貰おう。何故、娘は貴様をご主人様と呼んでいるのだ?」
「…………………彼女曰く、その気のない男を自分好みのご主人様に仕立てたいから、ご主人様って呼んでいるらしいです。それがプロの奴隷を目指す者にとっての醍醐味らしくて」
「………………くっくっくっ、我が娘が何を考えているのか、さっぱり分からん」
「………ちなみに俺、鬼畜プレイする素質あるらしいですよ。本当、笑っちゃいますよね。…………いや、全く笑えねぇよ」
「くっくっくっ、大魔王の娘が迷惑をかけて、本当ごめん」
くっくっくっ、と虚しく笑う俺と大魔王。
……本当、貧乏くじしか引いていないな、俺達。
「なあ、大魔王はさ、何で大魔王になったんだ?」
友好的な雰囲気になったので、つい思った事を深く考える事なく尋ねてしまう。
「くっくっくっ、我は魔王の息子として生まれた。言わば、生まれた時から大魔王だったのだ」
「大魔王以外の道を考えなかったのか?」
「ない……とは言えんな。何回か考えた事がある。が、結局は大魔王になる事を選んだ」
不敵な笑みを浮かべながら、大魔王は大袈裟に胸を張る。
「何か悩みでもあるのか?」
「……最近、自分というものが分からなくなりまして」
「くっくっくっ、なら、大魔王から1つだけ言わせて貰おう。自分というものは、欲望で形成される。"あれがしたい"、"これがしたい"を積み重ねてできるものだ。貴様は自分がやりたい事さえも分からぬのだろう?だから、自分というものが理解できていないのだ」
人生経験が豊富なのか、それとも沢山の人と関わってきたからなのか、大魔王は俺の悩みを瞬時に把握した。
「もっと素直になるがいい。いや、貴様の場合、覚悟を決めろと言った方が適切か」
「覚悟……?」
「ピンと来ないのなら、今は話半分に聞くがいい。いずれ貴様も選ぶ事になる。今までの生き方を貫くか、それとも今までの生き方を捨てるか。選択する時に思い出すのだ、大魔王の言葉を思い出すがいい。それが覚悟を決めなければいけない時だ」
「は、はぁ……」
大魔王のアドバイスは抽象過ぎて、イマイチ分からなかった。
「くっくっくっ、貴様も大魔王である我と同じだ。力があるが故に何もかも背負い込む。背負わなくていい十字架でさえもな」
俺が隠していたものを見抜かれてしまった。
彼の洞察力の高さに驚き、思わず狼狽してしまう。
その時だった、気絶していた変態が目蓋を開けたのは。
「……ぬぅ……」
彼女は上半身だけを起き上がらせ、俺と大魔王を見ると、慌てた様子で跳び上がった。
「くっ……!やっぱ、純愛厨に負けましたか!!くそー!あと、ちょっとなのに!!」
"気絶したままで良かったのになー"と思いながら、大魔王の方を見る。
彼はまたもや不敵な笑みを溢していた。
「我が娘よ、貴様に質問してやろう。何故、そこの若人をご主人と呼んでいる?」
「そりゃあ、私をドキドキするようなドキついプレイをして貰えそうだからっす!!」
「くっくっくっ、大体把握した」
そう言って、大魔王は指を鳴らす。
その瞬間、変態は音もなく消えてしまった。
「我が娘を地下通路の外に出した。このまま道なりに進むと、娘と会えるだろう。そこら辺で暴れている仲間を回収して、さっさとここから立ち去るがいい」
「ちょ、ちょっと待てよ。いいのか?娘とリリィを俺に渡して。オークキングの話だと、あいつら、魔王軍に必要な存在なんだろう?」
「ああ、そうだ。神器であるリリードリ・バランピーノを真王の魔の手から守るには、我が娘の膨大な魔力が必要だった。だから、大魔王は彼女達を手中に収めようとした。が、それに拘る必要はなくなった」
大魔王は俺に背を向けると、そのまま元いた部屋に戻り始める。
「今の疲弊した魔王軍では、我が娘が素直に協力したとしても、リリードリ・バランピーノを守る事はできぬまい。だから、大魔王は貴様らを見逃す。今までのように貴様らに自由を与えた方が万事上手くいきそうだからな」
「…………俺を信用するのか?リリィを守れないかもしれないんだぞ。…………………あ、あんたの娘に手を出すかもしれんぞ」
「我がどうこうするよりも貴様に託した方がマシだという事だ。…………ほら、貴様、今のところ我の娘に酷いプレイをする気ないだろ?下手な奴にご主人になられるよりもお前にご主人をして貰った方が遥かにマシという事だ」
大魔王は足を止まると、振り返る事なく、ガラスの天井──泳ぐ魚達の方に視線を向ける。
「今の大魔王では我が娘に手をつけられん。若人──貴様が、我が娘を全うな道に戻すのだ」
「ごめん、俺には無理だ」
「娘が求めているようなハードプレイ以外なら許す。頼むから娘に純愛やイチャラブの素晴らしさを教えてやってくれ。必要ならば、娘との結婚も許してやろう」
「許すな、もっと娘の事を考えろ。俺みたいな出会って数日しか経っていない男に娘を託すな」
「くっくっくっ、大魔王は知っているぞ。貴様も我と同じで純愛やイチャラブでしか抜けない身体である事を」
「思春期の男子舐めんな、普通にハーレムものとか人外ものとか野外ものとか催眠ものとかでも抜いているわ。女の子が可哀想な目に遭わないやつだったら、基本なんでも抜くわ」
「くっくっくっ、我が娘の貞操、かなり危ない」
「思春期の男子の性欲舐めんなよ。あいつらは抜けそうって思ったら、ジャンル問わずに抜くから。自分磨きの時間よりも性癖のストライクゾーンを広げる時間の方が長いから。ある程度ストライクゾーンを広げたら、1番抜けるズリネタを深掘りし始めるからな」
「くっくっくっ、なら、貴様は何で抜くのが1番多い?」
「基本的に男優が言葉責めする系のやつだな」
「くっくっくっ、ソフトSMとやらだな。なるほど、貴様が仲間にツッコむのは言葉責めを兼ねているのか」
「変な誤解されてる」
俺がツッコむのは、あいつらがブレーキを持っていないからです。
「って、話が脱線した。とにかく、大魔王はもっと慎重に考えるべきだ。大魔王の娘がご主人呼ばわりしている男は純愛厨じゃないんだよ」
「くっくっくっ、我が娘を頼んだぞ」
「人の話を聞かない所は遺伝なのか?」
「我が娘の性癖を矯正しろとは言わん。せめて、性癖で進路を選ばないように導いてくれ……!」
「おい、なに立ち去る準備始めたんだ。こっちは、まだ言いたい事が山程……いや、それよりも、さっき言いかけた事を話せ。真王とやらは何でリリィを──」
そう言って、大魔王は煙のように消えてしまった。
1人残された俺は頭を抱える。
「逃げられた!!」
ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
また、感想を書いてくださった勇人さんに厚くお礼を申し上げます。
勇人さん、いつもいつも貴重な時間を削ってまで本作品の感想を書いてくださって、本当にありがとうございます。
もう勇人さんに足を向けて寝る事はできません。
この場を借りて厚くお礼を申し上げます。
次の更新は明後日金曜日12時頃に更新予定です。
これからもお付き合いよろしくお願い致します。




