潜入とバカみたいな食欲とバカみたいな熱唱
湖の下にある地下通路はちょっとお洒落な水族館みたいな所だった。
「うお……すげぇ」
圧倒的な青の暴力が俺達の視界を埋め尽くす。
通路は水で覆われていた。
正確に言えば、通路は透明なガラスでできていた。
歪んだ月がガラスでできた天井と床を優しく照らし上げる。
すると、見た事も聞いた事もない巨大な魚が俺達の頭上を通り過ぎた。
その後を稚魚達が追う。
空に浮かぶ雲のように去る魚を俺達は見送る。
驚いているのも束の間、俺達の両脇を細長い生き物が通り過ぎた。
ヘビみたいな生き物だ。
それは口から舌を垂らすと、そのままどこかに泳いでいく。
まるで水の中にいるような情景──幼い頃に思い描いていた幻想的な世界に俺は思わず心を奪われてしまう。
「あの、さっさと移動しませんか?早く動かないと魔王軍に見つかっちゃいますよ」
この情景を見慣れているレイは固まっている俺達に声を掛ける。
「あ、あ、うん、そうね。さっさと動かないと魔王軍に見つかっちゃうわね、うん」
俺同様、目の前の景色に見入っていたバカ令嬢──リリィは肯定の言葉を吐き出す。
「じゃあ、レイ。道案内よろしく頼むわ」
「はいはい、お安い御用ですよ」
リリィとレイは緊張した面持ちで前を見据える。
当然だ、ここは現在魔王軍が占拠している。
勝手に無断侵入した挙句、魔王の娘を連れ回しているのだ。
見つかったら、只事では済まないだろう。
それを彼女達は理解している。
だから、緊張感が顔に滲み出ているのだろう。
俺も彼女達を見習って、緊張感を高め──
「ん?腹ペコはどこ行った?」
周囲を見渡す。
いつも腹減ったとかドSに目覚めそうとか言ってて糞うるさい腹ペコ──ルルはどこにもいなかった。
──天井から水滴が滴る。
天井を仰ぐと、そこには涎を垂らしながら天井に張り付く腹ペコがいた。
「ゴキブリか、お前は」
食い入るように頭上を泳ぐ魚を見る腹ペコ目掛けて、ハリセンを投げつける。
彼女はアホそうな呻き声を上げると、床に落ちた。
「何するんですか!?折角、人が天井を食い破ろうとしていたのに!?」
「俺達を溺死させたいのか、貴様」
とんでもない事をしでかそうとしていた腹ペコの頭をハリセンで叩く。
「違います!魚を獲ろうとしただけです!別に殺意はありません!!」
「もっとタチが悪いわ」
食欲で未曾有の大惨事が起きそうになっていた。
「てか、もし俺が止めなかったら、お前、このガラスを食い破るつもりだったの……」
「はい」
「食い気味に返事をするな。んな事しでかしたら、この地下通路水没するぞ」
「大丈夫です、大物を獲って来ますから」
「大丈夫の要素がどこにも見当たらない」
彼女の食欲で俺達パーティだけじゃなく、ここを占拠している魔王軍も壊滅しそうになっていた。
「コウさん、これは今後のために必要なものなんです。今の私は魔法が使えない状況なんです。主にオークキング戦とか騎士団長戦とかの所為で」
「さっきご飯食べただろ」
「あれくらいの量で回復できる訳ないじゃないですか」
「なら、レイから魔力を貰えよ」
「全快するのに1時間くらいかかります」
「なんでさっきの休憩時間に魔力を貰わなかったんだ」
「だから、お腹いっぱい食べる必要があ……って、あれ?リリィさんとレイさんはどこ行ったんですか?」
腹ペコに言われて、周囲を見渡す。
彼女達の姿はどこにも見当たりなかった。
「あいつら、どこ行っ……」
「あーるーくー!あーるーくー!燃える闘志を胸に秘め〜♪」
「それは、ふふんふん、ふふんのためー!!」
通路の奥の方からバカと変態の歌声が聞こえてきた。
「何やってんの、あいつら!!??」
「大声出しながら歩いています」
「それは理解している!俺が知りたいのは大声を出して歩いている理由だ!!」
「多分、何かしらの策だと思いますよ?」
「んな訳ねぇだろ!」
「ほら、耳を澄ませてください。聞こえる筈です」
「いたぞ、侵入者だああああ!!!!」
「リリィさん達に翻弄される敵の叫びが」
「あ、やば!見つかっちゃった!?」
「リリィさん、逃げるっすよ!!」
「作戦通りに動くリリィさん達の理知的な声が」
「そうね!逃げま……きゅう」
「ほら、聞こえてくる筈です。敵を蹂躙し、勝利を謳うリリィさん達の雄叫びが」
「ちょ、リリィさん!?何捕まって……え?何ですか?この光る縄?ん?拘束魔術?何ですか、それ?初めて見たんですけ……ちょ、私達を担いでどこに行くんですか!?え!?お父さんの所!?ちょいちょいちょい!1回タンマ!侵入する所からやり直すから、先ずは下ろして!今度は上手に侵入するから!!」
「コォォオオオオウウウウウ!!!!助けてええええええええ!!!!連れて行かれるううううう!!!!魔王軍にめちゃくちゃされるうううううう!!!!」
潜入開始してから僅か数分。
バカと変態は捕まってしまった。
「どうしましょう!?リリィさんとレイさんが捕まってしまいました!!」
「捕まったんじゃない。捕まりに行ったんだよ、あいつら」
潜入開始から僅か数分で恐れていた事態が起きてしまった。
残ったのは俺達──騎士団長戦で疲弊した俺と魔法を扱えない腹ペコだけ。
大火力持ちの一発屋のバカと雑魚狩り専門の変態は呆気なく捕まってしまった。
胃のライフがストレスの所為で急激に減少していく。
「どうしましょう!?自害しますか!?」
慌てふためく腹ペコを見ながら、溜息を吐く。
という訳で、この先はベリーハードモードでお届けします。
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次の更新は明日の12時頃を予定しております。
明日も更新するのでお付き合いよろしくお願い致します。




