応用と十二連撃と避け切れない一撃
「騎士団長として今果たすべき事は4つ」
騎士団長は俺に不意を打たれないよう、緊張感を保ったまま語りかける。
「──1つ、リリードリ・バランピーノの確保」
奴は剣を上段に構える。
「──2つ、魔王の娘の殺害」
威風堂々。
奴は微動だにする事なく、剣を上段に構え続ける。
これは俺への挑戦状だ。
先攻を俺に譲る事で、後の先を勝ち取ろうとしている。
「──3つ、勇者の全財産を奪い取った僧侶ルルの斬殺」
騎士団長は淡々と自分のする事を機械的に告げる。
「──4つ、リリードリ・バランピーノの逃亡を助け、かつ魔王の娘を匿い、勇者を裏切った僧侶を保持するイレギュラーの討伐」
騎士団長の剣から赤黒い光が漏れ始めた。
奴から放たれるプレッシャーが俺の本能を刺激する。
周囲の空間は小刻みに揺れ出した。
「──それが今の私の果たすべき事だ」
赤い亀裂は未だ見えず。
今の奴に有効打を与えられそうにない。
(──ならば、作れば良い)
夢の中の俺が化物相手に生み出した数多の技を思い出す。
だが、所々穴だらけで正確に思い出す事はできなかった。
(──ならば、創れば良い)
夢の中の俺は"風斬"を応用する事で無数の技を生み出していた。
"風斬"を使える今、俺にも彼と同じ事ができる筈。
(──想像しろ)
この場において最適な一撃を。
(──想像しろ)
空間に走る赤い亀裂を。
(──創造しろ)
目の前の強敵を確実に斬り伏せる一撃を──!
「……」
刀を鞘に収める。
俺は身を屈めながら、重心を前に移すと、瞬時に刀を引き抜けるよう、右手を柄の上に置く。
港に静寂が訪れる。
波の音とリリィ達の息遣いしか聞こえない。
俺達はこの静寂が打ち破られる時を待ち続けた。
先に動いた方が負ける。
勝つための条件は2つ。
相手より後に動くか、それとも同時に動くか。
だから、俺は奴が動くのを待ち続け──
「くしゅん」
リリィ──バカ令嬢の可愛いくしゃみがきっかけで、俺の身体は動き出した。
俺が地面を蹴り上げた後、騎士団長は地面を蹴り上げる。
実戦経験の浅さが招いた悲劇。
実戦経験豊富な敵は、その僅かな隙を見逃さない。
瞬く間に俺と奴の距離が埋まる。
奴は赤黒い光を纏う剣を躊躇う事なく振り下ろした。
容易く後の先を取る奴に尊敬の念を一瞬だけ動く。
後の先を取られたならば、──後の後の先を取れば良いだけの話。
刀を引き抜く事なく、俺は奴の一撃を刀が収められたままの鞘で受け止める。
奴の一撃により鞘は粉々に砕け散ってしまった。
砕けた鞘から黄金の風を纏った刀身が顕現する。
「裏切り者は光冠を着けず──」
黄金の亀裂が視界に過ぎる。
それは俺が想像した軌道と重なっていた。
「──最後の晩餐は風と共に」
刹那に繰り出される12連撃。
圧縮された黄金の風を纏った連撃が黄金の亀裂をなぞる。
「──殺す事を躊躇っているな」
音速を優に超える速度で繰り出された連撃は敵の剣によって弾かれてしまった。
「剣筋が分裂でもしない限り、その技は決定打になり得ない──!」
ほぼ同時に繰り出された連撃を防いだ奴は無防備な態勢に陥る。
俺も奴同様、技を全て放つ事で無防備な状態に陥ってしまう。
「知っているさ」
一瞬で繰り出されたとはいえ、連撃は連撃。
ほぼ同時に繰り出される連撃で仕留められるのは並の相手だけ。
一流の相手には通用しない。
「お前でも12連撃を防ぐ事が精一杯だって事くらい──!」
圧縮された黄金の風が牙を剥く。
刀に纏わりついた風は、限界を迎えて無防備になった俺の身体を無理矢理動かす。
そう、全てはこの状況を生み出すため。
奴がこれ以上防げない状況に追い込むため。
そして、俺にしか放てない一撃を放つため──!
「死の接吻──!」
黄金の風に突き動かされた俺の身体は渾身の一撃を放つ。
奴は俺の本命の攻撃を鎧で受け止めた。
鎧には傷一つつかなかった。
「──っ!」
刀身に纏わりついていた黄金の嵐を暴発させる。
黄金色の風は騎士団長の身体に絡まると、奴を遥か後方に吹き飛ばした。
茜色の空に向かって飛んでいく奴の姿を見届ける。
10秒も経たない内に奴の身体は豆のように小さくなってしまう。
奴がこの場からいなくなった事を確認した俺は、その場に右膝をついた。
「やったっすか!?」
いつの間にか俺の近くまで寄っていたレイが呑気そうな声で俺に話しかける。
「……いや、遥か遠くに吹き飛ばしただけだ。奴の鎧が硬すぎて、トドメを刺す事ができなかった。奴は空を飛べる。すぐに戻って来るだろう」
息を切らしながら、俺は単独で何とか騎士団長と引き分けた事に安堵する。
引き分けた事自体、奇跡だ。
奴はまだ隠し玉を用意している。
たとえ隠し玉をどうにかできたとしても、あの鎧を破らなければ、俺は奴に勝つ事ができない。
(何が勇者と同格だ……!あいつの方が何億倍も強いじゃねぇか……!)
心の中で毒吐きながら、技の反動により重くなった身体を無理に動かしながら、俺はこの旅の難易度を痛感する。
すると、切羽詰まった様子のリリィが俺達に指示を飛ばした。
「よし!今がチャンスよ!一旦、ここから離れましょう!」
「え!?船乗らないんですか!?」
「動かす人がいないわ!それにこれ以上ここにいたら他の騎士がやって来る!ここは一旦引きましょう!!」
ルルやレイと違って、危機感を持っているのか、リリィは冷静かつ妥当な判断を下す。
確かに彼女の言う通りだ。
騎士団長の言っている事が正しければ、もう騎士団の狙いは花火何百万発打ち上げてお尋ね者になったリリィだけじゃない。
俺ら全員だ。
騎士団長が戻って来る可能性を考慮できる以上、ここに留まっている訳にはいかない。
「でも、どこに逃げるんですか!?」
「私に良い案があるっす!」
そう言って、レイは先陣を切る。
迷っている暇はない。
俺はリリィとルルと目を合わせると、彼女の後を追いかける事にした。
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