渡船場と騎士団と最大の壁
渡船場に着く頃には、日は暮れていた。
茜色の光に照らされる湖から目を逸らした俺は、周囲を見渡す。
筋肉質の男達が貨物船らしき船から荷物を下ろしていた。
そこから少し離れた所では、素朴な服を着た老若男女が並んでいる。
多分、彼等は次の船を待っているのだろう。
「ギリギリ最終便に乗れそうね」
デカいたんこぶを2個生やしたバカ令嬢──リリィは偉そうに腕を組む。
「うわぁ……これが船ですか」
キラキラした目で船を見る腹ペコ僧侶 (彼女もまたデカいたんこぶを2個生やしている)。
「なるほど、大体分かりました!今からこの船を占領するんっすね!先陣は任されました!!今から突撃しま──」
「すんな」
暴走を始めようとする変態──レイの頭に軽く拳を叩き込む。
その所為で彼女の頭のたんこぶが3個になってしまった。
「でも、レイの言っている事は一理あるわ。私、お尋ね者だし、レイは魔王の娘だし。下手したら乗船拒否された挙句、騎士団に捕縛されちゃうわよ」
「だからって、船を占領するのは良くないだろ」
「この世は弱肉強食なんですよ、コウさん。甘い考えを持っていたら死ぬ……あ、焼肉食べたい」
「私も無辜の民を巻き込むのは心苦しいけど、それくらいやらないとこの湖渡れないわよ」
「え」
変態が驚きの声を発する。
その時だった。
周囲の空気がピリついたのは。
「いたぞ!バランピーノ御令嬢だ!!」
「「「「あ」」」」
見た事がある鎧を着た男達が、俺らの元に駆け寄る。
騎士団の連中だ。
完全に油断していた俺達は、まさかの事態に直面して、狼狽えてしまう。
「ど、どどどどうしましょう!?逃げますか!?」
「いや、売られた喧嘩は買うに決まってるっすよ!!さ!いきますよ!!」
「ここは何もしないってのも逆にアリなんじゃない?逃げたり暴れたりしたら、逆に怪しまれるし」
みんな、バラバラの意見を出しやがった。
「とりあえず、方向性を決めてくれ!じゃないと、動けないから!!」
「逃げる」
「闘う」
「留まる」
「だから、バラバラだって!!」
「んじゃ、隠れん坊で決めましょう。最後にコウに見つかった人の意見に従うって事で」
「分かりました!受けて立ちます!」
「ふっ、こう見えて私、隠れん坊、結構得意なんすよ?」
「やっている場合──っ!?」
空中から感じる圧迫感。
それにより、俺は刀を引き抜いてしまう。
圧迫感が俺の視線を引き寄せる。
空中に走る黒く濃ゆい亀裂。
その亀裂の向こう側に重厚な鎧を着込んだ敵──騎士団長がいた。
刀で黒い亀裂を振り払う。
刹那の間に繰り広げられた剣撃を弾いた後、俺と騎士団長は鍔迫り合いを始める。
「…….お前らっ!逃げ、……」
「いや、今度は逃さない」
黒い亀裂が何重にも俺の身体に覆い被さる。
俺は黒い亀裂から逃れるように後退した。
黒い亀裂をなぞるように繰り出される重く鋭い一撃。
それを間一髪の所で捌きながら、俺は徐々に後退する。
俺の技量では防ぐ事で精一杯だった。
赤い亀裂は見当たらない。
攻撃のチャンスがない事を悟る。
(やばい、このままじゃ追い詰められ──)
一か八か、俺はこの状況を打破するために切札を切る事にした。
「"風ぎ……」
「遅い」
黄金の風が刀に纏わりつこうとした瞬間、俺の腹部に強烈な掌底が突き刺さる。
寸前の所でバックステップした事で、何とか威力を和らげる事に成功した。
が、完全に攻撃を殺し切る事ができず、俺の身体は遥か後方にあった船体にぶち当たってしまう。
「コウ!!!!」
バカ令嬢──リリィの危機迫った声が聞こえてきた。
聡い彼女だ。
今さっきの攻防で俺に勝ち目がない事を悟ったのだろう。
遠目でも分かる。
彼女が焦ったような表情を浮かべている事を。
「捕らえろ」
騎士団のシンプルで分かりやすい指示が辺り一面に響き渡る。
今まで微動だにしなかった騎士達がリリィ達を捕らえようとしていた。
「それは面白くないっすね」
変態──レイは拳を鳴らすと、迫り来る騎士達の群に向かって駆け出す。
「ちょ、レイ!?貴方何して……!?」
「大丈夫っすよ、お嬢様。こう見えて、私──」
彼女の全身から青白いオーラが弾け飛ぶ。
そして、彼女は青白いオーラを纏ったまま、騎士の群れに突っ込んだ。
「結構、強いっすから」
十秒足らずで騎士達は地面に背をつけてしまった。
彼等の鎧には拳の痕が残っている。
バカでも分かる。
レイの手によって騎士達が制圧された事を。
「す、……すごい」
腹ペコ僧侶──ルルは感嘆の声を上げる。
一方、リリィは険しい顔をしていた。
彼女も理解したのだ。
レイは強い。
けど、俺や騎士団長に匹敵する程、強くない事を。
「なるほど。膨大な魔力を体外に排出する事で身体能力を高めているのか──そこそこできるようだな」
騎士団長は平坦な声を上げながら、狙いをレイに切り替える。
「流石は魔王の娘と言った所か。これで魔法や魔術を使えたら、私に勝ち目はなかっただろう」
騎士達は剣を上段に構える。
「──だが、私には及ばない」
「逃げろ!レイ!!」
俺が地面を蹴り出すよりも先にリリィは動く。
彼女ら即座にルルにハンドサインを送ると、レイのスピードを強化するよう促した。
ハンドサインを見たルルは、即座にレイに魔法をかける。
レイの足元に水色の魔法陣が展開された瞬間、彼女の身体は水色の光に覆われた。
「レイさん!スピードを+9999にしました!!」
「ありがとうっす!ルルさん!!」
レイの姿が消え、彼女の消息を教えるものは足音だけになる。
今のレイは同じバフをかけられた勇者よりも速かった。
基礎値が低い勇者でさえ対処不能だったものが、彼女の手によって更に昇華される。
あまりの速さに圧倒された俺は、ついその場に立ち止まってしまった。
「なるほど、素早さのバフを貰ったのか」
だが、騎士団長は恐れを抱かなかった。
先程と変わらない声色で淡々と状況を把握すると、上段に構えていた刀を下ろす。
「だが、私の脅威になり得ない」
彼が虚空に手を伸ばした瞬間、彼の手中にレイの顔面が収まった。
「クソ……!」
再び彼等の下に走り出す。
だが、俺が駆けつけるよりも先に騎士団長が動く方が早かった。
騎士団長はその場で1回転すると、俺目掛けて、レイを投げ飛ばす。
俺は再び足を止めると、飛んできた彼女を受け止めようとした。
「コウ!ダメ!!」
リリィの声が俺の鼓膜を激しく揺さぶる。
その瞬間、俺とレイの身体は黒い亀裂に呑まれてしまった。
空を仰ぐ。
剣を上段に構えたまま、宙を舞う騎士団長の姿が俺の視界を支配する。
俺は刀を持っていない手でレイの身体を受け止めると、片手で切り札を繰り出した。
「──"風斬"っ!!」
黄金の嵐が黒い亀裂を裂き、中空にいる騎士団地を呑み込もうとする。
奴は特に動揺を見せる事なく、剣を振り下ろした。
「──"万物を切り裂くのは
我が忠義のため"」
奴の剣から赤黒い光が漏れ出る。
その光は俺が繰り出した黄金の嵐と混ざり合うと、空中で爆ぜてしまった。
ここまで読んでくれた方、過去にブクマ・評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方・新しく評価ポイントを送ってくださった方に感謝の言葉を申し上げます。
この場を借りて厚くお礼を申し上げます。
次の更新は明日の12時と21時です。
明日更新分のお話が少しだけ長くなってしまったので分けさせて貰います。
明日で毎日更新は一旦終わりますが、これからも完結目指して更新していきますのでお付き合いよろしくお願い致します。




