出立と移動手段と見覚えのある立ち乗り用二輪車
デスイーターを討伐し、勇者達を白濁の海に沈め、元僧侶──ルルがパーティに加入した次の日。
俺とルルとバカ令嬢──リリィはギルドの酒場で朝食を摂っていた。
「なるほど。それでリリィさんとコウさんは"西の果て"を目指しているんですね」
机の上にある食べ物を豪快に胃の中に詰め込みながら、ルル──腹ペコ僧侶は相槌を打つ。
「そんな訳で私達は下界に降りようとしている訳だけど、ルル、貴女はそれでも私達に着いて来ると言うのかしら?」
「はい。下界の食べ物に興味ありますし」
"西の果て"どころか下界まで着いて来る気満々だった。
バカ令嬢はともかく、こいつまで下界に着いて来たら我が家のエンゲル係数はヤバい事になっちまう。
……このままでは義父や義母に受けた恩──震災により天涯孤独になった俺を育ててくれた──を仇で返す事になってしまう。
義父母は俺の懇願を断らない。
だから、どれだけ金がかかったとしても、こいつらを居候させるだろう。
義父母の優しさに漬け込むのは良くないと思った俺は、大学受験が終わったらバイトしようと思った。
そんな事を考えながら、俺はスクランブルエッグみたいなもの──塩も胡椒もしていないため美味しくない──を口の中に放り込む。
「じゃあ、決まりね。じゃあ、さっさとこの町から出ましょうか」
「ん?もう出るのか?」
「デスイーター討伐で目立っちゃったからね。早くこの町を出て行かないと追っ手に見つかっちゃうわ」
デスイーターや勇者達の所為で忘れかけていたが、バカ令嬢はお尋ね者だった事を今更ながら思い出す。
「じゃあ、次はどこに行くつもりなんだよ」
「ここから数十キロ離れた所にある港町に行くわよ」
「ん?港?もしかして、ここに海があるのか?」
海という単語に馴染みがないのか、バカ令嬢も腹ペコ僧侶もキョトンとした顔をする。
「うみ……って何ですか?美味しいですか?」
「ああ、いや、俺が悪かった。話を進めてくれ」
「湖を船で渡らないと、"西の果て"に行けないのよ。湖をぐるって回る方法もあるのだけど、その方法だと余裕で1ヶ月かかるわ」
「船はどうするんだ?」
「旅客輸送用の船が出ているから、それに乗っていくつもりよ」
「……お尋ね者のお前でも船に乗れるのか?」
「それはケースバイケースね。手配書が港町まで回っていたら、多分、無理でしょう。その時は積み荷に紛れる形で船に乗り込むつもりよ」
「じゃあ、お尋ね者じゃない俺達は普通に船に乗るか」
「コウ達だけずるくない?だったら、私も普通に乗るわ」
「常にハードモードを強いるの止めてくれませんか?」
朝飯を食べ終わった俺達はギルドから出る。
ギルドの玄関辺りは塩素に似た匂いが漂っていた。
匂いの元である床を見る。
木でできた床は一部だけ黒く湿っていた。
……そういや勇者達はどうなったんだろうか。
あの後──バカ令嬢が勇者達から有り金全て奪った後──、すぐに宿に戻ったのもあって彼等の同行は把握していない。
多分、あの筋肉モリモリ男冒険者達とよろしくやっていた事だけは把握しているが。
……少しばかり彼等に同情してしまった。
「あのリリィさん。次の町まで歩いていくつもりですか?」
「ええ、歩いていくつもりよ」
「馬車とかヘグウェイとか借りないんですか?」
「へぐ……うぇい?」
聞き慣れない単語が腹ペコ僧侶の口から飛び出す。
「聞いた事があるわ。貴族の人は旅行する時も街の中を散歩する時も学校に通う時も全部ヘグウェイに乗って移動するって」
「え、お嬢様なのにヘグウェイ乗った事ないんですか?」
「……趣味じゃなかったのよ」
「そうなんですか。貴族の方はみんなヘグウェイに乗っていると聞いたのですが……」
「何事も例外というものはあるのよ、うん」
「なあ、盛り上がっている所、悪いんだけど、ヘグウェイってなんだ?」
「それは見たら分かるわよ」
バカ令嬢に連れられるがまま、俺は冒険者ギルドから数軒離れた先にある倉庫みたいな建物の中に入る。
中には様々なタイプの馬車が置かれていた。
「あ、ありましたよ、ヘグウェイ」
腹ペコ僧侶が指差す。
そこには、見覚えのある立ち乗り用並行二輪車が鎮座していた。
テレビとかで見た事ある。
これは──
「セグ○ェイじゃん!!」
リリィが不思議な力で取り出した乗り物は、どこからどう見ても某国で開発された立ち乗り用二輪車──セグ○ェイにしか見えなかった。
「セ○ウェイじゃん!紛うことなきセ○ウェイじゃん!」
「セグ○ェイ?なにそれ?」
「コウさん、この乗り物はヘグウェイって言うんですよ」
「セがヘになっただけじゃねぇか!!」
「下界人のコウは知らないと思うけど、このヘグウェイってのはね、この国のスラングで『話題の転換』『行動の転換』っていう意味なのよ」
「セグ○ェイじゃん!紛うことなきセグ○ェイじゃん!!」
「魔力を注ぎ込む事で勝手に動き出すんですよ、凄いでしょう?」
そう言って、腹ペコ僧侶はセグ○ェイ擬きを動かし始める。
ヘグウェイはセグ○ェイみたいに動いた。
「立つ姿も座る姿も動く姿も全部セグ○ェイじゃん!何オリジナル みたいな面晒してんだ、このセグ○ェイ擬き!!ていうか、中世ヨーロッパ風の街並みなのにこんなセグ○ェイ擬きが蔓延っているの!?この大陸は!?」
「流石に他の国とかに旅行する時は、このヘグウェイよりも大きいものを使っているらしいから大丈夫よ」
「大丈夫の方向が明後日にぶっ飛んでるんだよ!会話のキャッチボールしろ!!」
「まあ、これを買う程お金もないし、レンタルしても返す予定もないから、今回は買わないのだけれど」
「なら、何でここに来た!!??」
「「その場のノリ」」
「馬鹿にしてんのか!?」
かくして、俺は最初の町──シャニアを発ち、港町──ルーデルワークに向かい始めた。
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