追放された僧侶と勧誘と1日3食お昼寝付き
「で、これからどうする?」
何とかダンジョンから出た俺は疲れた表情を浮かべるバカ令嬢──リリィの指示を仰ぐ。
「今から勇者達を追いかける……ってのは無理そうだし、どうしましょうか」
彼女はチラリと俺達から少し離れた所でガクガク震える僧侶の格好をした黒髪ロングの女の子を見る。
女の子は涙目になりながら、ブツブツ言っていた。
「ああ。とうとう勇者達から追い出されてしまいました。このままではお金を稼ぐ事ができず、餓死する事確定です。かと言って、私1人ではダンジョンに潜り込んでも死あるのみですし。他の人にパーティを組んで貰うように頼んでも、私みたいなポンコツと組んでくれる人もいないだろうし……あ、ヤバい、完全に詰みです。やはり神などいません。世の中は非常です。せめて乾パンでも良いから腹一杯食べたかったです」
この世の終わりを迎えたような表情で口から絶望を吐き出す女の子を見て、俺とリリィは素直にドン引きしてしまう。
というか、聖職者らしい格好をしている人が神などいないと言っても良いんだろうか?
「……あいつ、どうする?」
「コウはどうしたいの?」
「俺的には町着くまで護衛した方が良いと思っているけど……ほら、今のあいつ、戦闘能力ないらしいし。このまま放置しちゃうと間違いなく魔獣に襲われて死ぬぞ、あいつ」
「町に着いた後は?」
彼女の言いたい事を理解してしまう。
「まさか、お前……」
「その"まさか"よ」
体操座りしながら絶望に打ちひしがれる僧侶を横目で見つめながら、リリィは宣言する。
「このまま町まで送って"はいお終い"じゃ、あの子にも私達にもメリットがなさ過ぎる。ここはウィーンウィーンな関係を築かなきゃ」
「ロボットが動き出しそうな関係だな」
「正直に言わせて貰うと、私はデスイーターの事を舐めていたわ。"情報さえ集めれば、私とコウの力だけで倒せる"と思っていたけど、デスイーターは私の予想を遥かに上回っていた」
"情報さえ集めれば"という言葉から、彼女もデスイーターを初見で討伐できるとは思っていなかった事を理解する。
恐らく何度か様子見して、デスイーターの情報を集めた上で討伐するつもりだったのだろう。
それが普通に考えて、1番勝率の高い方法だっだ。
だが、デスイーターは普通の考えが通じる相手ではなかった。
ただ、それだけの話。
「いや、予想だけじゃない。デスイーターは知能面でも実力面でも余裕で私達を上回っていたわ。今回、あいつに勝てたのはコウが土壇場で覚醒できたからよ。あれがなかったら、今頃私達はあいつの胃の中でチュッチュしてたわ」
「それであの子を勧誘しようと」
「回数は限られているとはいえ、あの子の力はもしもの時の切札になり得るわ。元々強いコウを更に強くする事もできるし、何だったらあの子の力さえあれば私も前線に立つ事ができる」
「いや、流石にお前が前線に立つ事は無理だろ」
「質問で質問を返すけど、勇者は武術を習得ていたと思う?」
「武術を収めた奴と闘った事ないから、断言できない。俺から言える事はただ1つ。彼は隙だらけだった」
「そんな彼があの子の魔法を受けるだけで、デスイーターを倒した貴方を圧倒するくらい強くなるのよ。これは戦力底上げできるチャンスだわ」
俺とリリィは女の子を見る。
彼女は懐に入れていた本を踏んでいた。
本の表紙には羽根の生えた女性みたいなイラストが描かれている。
多分、あの本は聖書だろう。
とてもじゃないが、聖書者とは思えない所業だった。
「ああ!!もうこんな服も着てられねぇです!!神は死んだ!!」
どこかの哲学者みたいな事を言いながら、女の子はシスター服を脱ぎ捨て、下着姿になってしまった。
この浮島にもブラジャーとパンツがあるんだと思いながら、俺はそっぽを向く。
顔の温度が上がるのを自覚した。
いかん、これではムッツリスケベ扱いされてしま……
「あー!!!コウが女の人の半裸見て発情した!!!私だって、まだ発情して貰ってないのに!!!」
「発情してねぇよ!!」
悔しそうに地団駄を踏みながら、バカ令嬢は目に涙を浮かべる。
「くっ……かくなる上は、私も脱ぐしか……!」
「何でだよ!!」
冗談ではないようで、彼女はダンジョン探索中で汚れた衣服──よくRPGとかで村娘が来ている簡素な衣服──をガチで脱ごうとしていた。
「止めろ!半裸の女が増えた所で事態は何も進展しない!!」
「なら、全裸で!!」
「同じだ、バカ!!」
上着を脱ごうしているバカ令嬢に羽交い締めする事で、俺は彼女の蛮行を止める。
「よっしゃ!初ハグゲット!!これでまた愛が深まったわ!」
「このままバックドロップ決め込んでやろうか!?」
バカ令嬢の蛮行を何とか止めていると、突如下着姿になった元僧侶が移動し始める。
「ちょ、お前!そんな姿でどこに行く気だ!?」
「愛の巣まで」
「お前には聞いていないんだよ、バカ!!」
「決まっているでしょ、町です。私は僧侶を辞めて踊り子になりました。これから町に戻って、踊り子として大成します」
「もう少し自分を大切にした方が良いと思う!」
「止めないでください。もう私が餓死しない方法は踊り子になるか、パン屋さんのワンちゃんに土下座して餌を貰う事しか選択肢がないのです」
「何でワンちゃんに土下座しようとしてんの!?」
「将を射んと欲すれば先ず犬を射よ、です」
「遠回り過ぎないか!?普通にパン屋さんに土下座した方が良いと思う!」
「そして、私の処女を代価にワンちゃんから餌を貰います」
「代価と得るものが釣り合っていない!もっと自分の身体を大事にしろよ!!」
「大丈夫です、私の純潔は元々神様に捧げる予定だったもの。それがワンちゃんになった所で何も問題はないです」
「リリィ!こいつ、かなり頭おかしいぞ!!本当にこんな奴を仲間にするのか!?」
「よっしゃ!2回愛称で呼ばれたわ!もう恋人同士と言っても過言じゃないよね!?」
「しまった!こいつも頭おかしいんだった!!」
勇者達のパーティを追い出されて冷静さを失ったのだろうか、女の子の発言はバカ令嬢並みにぶっ飛んでいた。
……もしこれが彼女の素だった場合、変人2人と旅する事になるだろう。
デスイーターと対峙した時よりも俺の危機感は募りに募った。
変人かどうか見極めてから勧誘しよう。
じゃないと、俺の心労が募るばか……
「ねえ、貴女。もしよければ、私達のパーティに入らない?」
元僧侶の女の子が変人かどうか見極めるよりも先にバカ令嬢は勧誘し出した。
女の子は呆気に取られた様子で俺とバカ令嬢を交互に見ると、"何言ってんだ、この人"みたいな顔をする。
"チャンスの神様は前髪しかない"という言葉を思い出す。
現在進行形で二の足を踏んでいる俺では、このチャンス──元僧侶の女の子をパーティに入れる──を逃してしまうだろう。
ここは勢いがあるバカ令嬢に任せるべきだ。
そう判断した俺は、バカ令嬢の拘束を解くと、事の成り行きを見守る事にする。
「え、私みたいな無能で鈍臭い女をパーティに引き入れようとしてるんですか?意味分からないです。私の魔法、一時的に対象のステータスを+9999にできますけど、1日2回しか使えないんですよ。2回使ったら魔力が底尽きます。まあ、お腹いっぱいになったら魔力は全快しますけど。ちなみに私は常人の3倍食べないとお腹いっぱいにならない超コスパの悪い女の代表格です。ステータス+9999の効果も大体3分程度しか使えませんし。こんな無価値でクズで無能なクズ女をパーティに勧誘するくらいなら、他の人にした方が人類のためです」
めちゃくちゃ早口で彼女は自分の魔法の事と低過ぎる自己評価をぶちまける。
「つまり、貴女は冒険者としての自分に価値はないって言いたい訳?」
バカ令嬢の質問に女の子は肯定の意を示すために何度も首を縦に振った。
「なら、貴女を私の使用人として雇うわ。それなら問題ないでしょ」
"こう見えてお嬢様なのよ、私"と言いながら、彼女は自身の長い金髪をお嬢様っぽく手で払う。
「普段は私の身の回りの世話を、戦闘時には私の指示に従ってバフをかけたりするだけの簡単なお仕事よ。踊り子よりも楽だと思うのだけど。どう?」
「み、身の回りのお世話とは具体的に……」
「とりあえず、朝、私を起こす程度でいいわよ。他は自分でできるから」
「で、でも……」
バカ令嬢の押しの強さに圧倒され、女の子は口籠る。
彼女と違って、女の子は話術が長けていないのだろう。
完全に彼女のペースに呑まれていた。
「で、使用人としての報酬なんだけど……」
これを好機だと思ったバカ令嬢は畳み掛けるように元僧侶の女の子から肯定の言葉を引き出すため、報酬の話を持ち出す。
「1日3食お昼寝つきってのはどうかしら?」
地上だったら間違いなく労働基準法に引っかかりそうな事を言い出したので、俺は苦言を呈そうと──
「やります」
俺が発言するよりも先に、元僧侶は肯定の言葉を口に出した。
さっきまで弱々しい態度だったのが嘘みたいに目が輝いていた。
「──勿論、お腹いっぱい食べさせて貰えるんでしょうね?」
「ええ、勿論よ」
「その言葉が聞きたかったです」
バカ令嬢と元僧侶は握手を交わす。
こうして、俺達に新しい仲間ができた。
……新しい仲間が変人かどうかは、まだ分からない。
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次の更新は明日の12時頃に予定しております。
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