無駄な跳び蹴りと急な逃亡と唐突な追放
勇者の拳が俺の顔面目掛けて飛んで来る。
その拳を俺は大袈裟に動く事で間一髪の所で躱す。
空振った勇者の拳は俺の近くにあった壁を跡形もなく粉砕してしまった。
彼の拳に先程までの速さはなかった。
けれど、パワーは明らかに増している。
あれを喰らったら間違いなく死んでしまうだろう。
生まれたての子鹿みたいに両足を揺らしながら血走った目で俺を睨みつける勇者から彼の背後にいる僧侶に視線を移す。
──あいつだ。
あいつが勇者にバフをかけたのだ。
だから、勇者の身体能力は上昇したのだ。
(速さがなくなってパワーが上がったって事は……もしかして、バフの重複はできないのか……!?)
勇者の繰り出す拳打を避けながら、俺は勇者達の切札──僧侶の能力について考察する。
はっきり言って、今の超怪力も先程の超スピードも厄介だ。
だが、勇者本体はそこまで強くない。
俺が彼の武器を破壊できたのも、たった1発の蹴りで彼をノックダウンできたのも勇者に実力がなかったからだ。
もし彼に技量があったら、とっくの昔に俺を行動不能にできただろう。
俺の蹴りを防ぐ事はできなくても、最低限のダメージに抑える事はできただろう。
「おい!何をしている!!さっさと素早さのバフをかけろ!!さっきからジェスチャーしているだろ!?目、ついてんのか!?そんなんだからお前はいつもいつも足手纏いになるんだよ!!ウスノロ!!」
俺に殴りかかりながら、勇者は僧侶に命令を飛ばす。
僧侶は首を横に振ると、か細い声でこう言った。
「む、無理です……も、もう魔力が……」
僧侶の弱音を聞いた勇者は顳顬に青筋を浮かび上がらせると、視線を背後にいる仲間達に向ける。
チャンスだ。
俺は刀の腹で彼の顎を撃ち抜く。
俺の攻撃をモロに喰らった勇者は、再び地面に膝を突いた。
トドメの一撃を放とうとする。
その時、俺の背後から足音が聞こえたきた。
「うおりゃああああ!!!」
ダメ押しと言わんばかりにバカ令嬢は、俺の一撃で気絶しかけた勇者の顔面にドロップキックを打ちかます。
おい、空気を読め。
今のは俺がトドメを刺す感じだっただろうが。
「がぽぉ……!」
潰れた蛙みたいな声を出しながら、勇者は仰向けの体勢で地に伏せる。
彼の身体を纏っていた赤い光は、彼女の蹴りを喰らった瞬間、掻き消えてしまった。
「ふっ、またつまらぬものを蹴ってしまった」
自分が勇者を倒したみたいな貫禄で、バカ令嬢はドヤ顔を披露する。
上司に手柄を奪われた部下は今の俺と同じ気持ちを抱くのだろうか。
苛々とやるせなさがごちゃ混ぜになった心境に陥った。
「く、そぉ……!」
床に伏せていた勇者は、倒れたままの状態で近くにいたバカ令嬢の足を蹴る。
苦し紛れの蹴りを受けて、バランスを崩した彼女は尻餅をついた。
「あいたっ!?」
「油断し過ぎだ!バカ!!」
俺は急いで彼女の下に駆け寄りながら、俺は勇者に攻撃を仕掛ける。
勇者は情けない動きで俺の斬撃を避けると、バカ令嬢が落としたデスイーターの腕を拾った。
「や、やった!取った……!」
勇者は余裕を感じない表情を浮かべる。
そして、デスイーターの腕を抱き抱えると、脇目を振らず仲間の所に向かって走り出した。
「コウ!あいつを追いかけて!!」
「分かってるって!クソ!仕事増やしやがって!!」
「調子に乗って、本当すみません!!」
バカ令嬢の謝罪の言葉を背に受けながら、俺は勇者の後を追いかける。
脇目も振らずに勇者は仲間達に"来い"と叫ぶと、地上に向かって走り始める。
勇者と戦士は鎧を着込んでいる所為なのか、俺よりも足は遅かった。
これなら追いつけると思った瞬間、魔法使いらしき服装をした女性が俺達目掛けて、杖の先から生じた火の玉を飛ばし始める。
走りながら刀を構えた俺は、飛んで来た火の玉を両断した。
斬られた火の玉は呆気なく四散してしまう。
「くそ……!足止めにさえならないわ……!!」
魔法使いらしき女性は露骨に舌打ちをしながら、勇者達と共に階段を登り始める。
彼等の後に続く形で階段を登り始めた俺の視界に赤い亀裂が過った。
──この亀裂をなぞれば、勇者達を一網打尽にする事ができる。
俺は峰打ちの準備をすると、赤い亀裂をなぞるように刀を振おうとした。
その瞬間、俺にとって予想外な事が起きた。
勇者が僧侶みたいな格好をした女の子を蹴飛ばしたのだ。
反射的に刀を手放した俺は、落ちてきた女の子を両手で受け止める。
落とした刀は滑るように階段を降ってしまった。
「もうお前は必要ない!!」
勇者は血走った目で俺の腕の中にいる僧侶を睨みつけると、反芻する事なく、感情をそのままぶち撒ける。
「僕らがこんな目に遭っているのは、君が無能だからだ!!なんだよ、2回しか魔法が掛けられないって!!しかも魔力全快させるのに3日分の食糧を要求するとかコスパが悪過ぎる!!だから、お前はウスノロで足手纏いなんだ!!僕が拾わなかったら、君は冒険者になる事なくのたれ死んでいただろう!!その恩を仇で返しやがって!!そこで野蛮な奴等の餌になってろ、ばーかー!!!!」
そう言って、勇者は戦士と魔法使いを引き連れて、上の階に行ってしまう。
想定外の事態──勇者が自分から切札を捨てた──に直面した俺はポカンと口を開ける事しかできなかった。
腕の中にいる僧侶を見る。
僧侶はチワワみたいにガクガク震えながら、俺の顔を仰ぐと、こう言った。
「た、……食べないでください」
「俺をなんだと思っているんだ?」
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