勇者と愛称と神速の一撃
「どうやら、君達がデスイーターを倒してくれたようだね」
満身創痍な俺達の前に現れたのは、昨日バカ令嬢がボコボコにした勇者一行だった。
「ありがとう、こいつを倒してくれて。このデスイーターは悩みの種だったんだ、この近隣の冒険者にとってね」
穏やかな口調、穏やかな物腰。
にも関わらず、勇者の目は飢えた狼みたいにギラついていた。
肌にピリピリしたものを感じ取る。
このピリピリが他者の敵意である事に俺は今更ながら気づく。
だが、彼等から発している敵意はデスイーターが発していた刺々しく重苦しいものではなかった。
何が起こっても良いように俺はバカ令嬢に近寄ろうとする。
「きゅん」
……アホみたいな声を出す彼女の声を無視しながら、俺は彼女の前に立つ。
勇者は警戒する俺を屁でも思っていないようで余裕のある態度でこう言った。
「本当にお疲れ様。君達のお陰でこの辺りの冒険者は稼ぎやすくなるだろう。あとは全部僕らが何とかする。だから、そこにあるデスイーターの腕を僕らに渡してくれ」
彼の提案に俺達のメリットはなさそうだった。
「……渡す必要があるのか?」
確認のために、俺はバカ令嬢の方を見る。
彼女は首を横に振ると、俺にしか聞こえないような声量で囁く。
「ある訳ないじゃない。私達があれをギルドに持っていくだけで報酬貰えるのよ。あいつらに渡した所で、報酬の何割か持っていかれるだけだわ」
「そう、だよな……」
やはり勇者の提案は俺達にメリットはなさそうだ。
何故、彼はこんな提案をしてきたのだろうか。
勇者の方を見る。
彼は満面な笑みを浮かべていた。
その笑みを見ていると、本当に俺らにもメリットがあるんじゃないかと思うくらい爽やかだった。
念のために聞いてみる。
「それ、俺らに何かメリットがあるのか?」
「僕らが君らの後処理をする。デスイーターを倒した事を僕らの手柄にしてしまえば、君らは余計な注目を集めずに済むし、多額の討伐報酬により僕らの懐も潤う。そして、何より民衆の勇者に対する期待も大いに高まる。これは人類にとって大きなメリットだ。君達がそれを渡すだけでみんな幸せになれるのだから。多少、手数料を君達から頂くのは申し訳ないと思うが、これも大義のためだ。この提案を呑んでくれると嬉しい」
よくよく聞いても、俺らにメリットはなかった。
討伐報酬を根刮ぎ奪った上、手数料として更に金を出せと暗に脅しているし。
……もしかして、先日の事──バカ令嬢が勇者パーティ相手に大暴れした事──を根に持っているのだろうか。
「もしかして、昨日の事を根に持っている訳?女々しい奴らね。そんなんだから、公衆の面前で痴態を晒す事になるのよ」
元凶であるバカ令嬢が勇者達を煽る。
戦士と魔法使いらしき女性はムッとした態度を取った。
「そんな瑣末な事、気にしてないさ。その腕を持って帰れば、僕らが公衆の面前で晒したという出鱈目は一瞬で吹き飛ぶのだから」
だが、勇者だけは落ち着いた態度を取り続ける。
バカ令嬢以上に彼が何を考えているのか理解できなかった。
先日の暴行に怒っているようには見えない。
俺達を油断させるために、怒っていないフリをしている訳でもなさそうだ。
もしこれが俺達の油断を誘うためのものなら、俺達にデメリットしかない提案を突きつけなかっただろう。
俺達にメリットのある嘘を告げていただろう。
……本気で何をしたいのか分からなかった。
「……コウ。私の勘が正しければ、こいつ、全く怒ってないわ」
緊迫感のある声で話しかけられてきたので、つい真面目に問い返してしまう。
「どういう事だ、リリィ 」
「よっしゃあ!愛称呼ばれた!一歩前進したわ!!」
バカ令嬢──愛称リリィは小声でガッツポーズを披露した。
やっぱ、こいつも何を考えているのか分からない。
「……どういう事だよ、バカ令嬢」
「ウソウソ、真面目に答えるんでバカ令嬢呼ばわりはやめてください」
今後も彼女を調子に乗らせないように、俺は彼女の事をバカ令嬢呼ばわりする事を固く誓う。
「こいつ、王子と同じタイプの人間よ。人の心を持っていない恥知らず。自分のやりたい事しかやらないわ、その障害になる奴は情け容赦なく排除するわ、その上、どれだけ醜態を晒そうが周囲から馬鹿にされようが恥を恥だと認知しないから、反省なんかしない。……正直、関わるだけ損だと思うわよ」
バカ令嬢の顔を見る。
彼女はうんざりしたような表情を浮かべていた。
「……この場を切り抜ける術は?」
「ダンジョンの奥の方に逃げるしかないわね。出入り口はあいつらの背後にあるし」
身体の状態を確認する。
外傷は殆どない。
しかし、身体はデスイーターとの戦闘により疲れ切っていた。
先程、放った"風斬"は1発撃てるかどうか。
とてもじゃないが、万全な状態とは言い難い。
彼女の言う通り、今は逃げるのが吉だろう。
「何をブツブツ言っているんだい?それを渡せば良いだけだろう?」
勇者は無邪気に微笑みながら、俺達の側に落ちているデスイーターの腕を催促する。
自分では判断できないため、俺はバカ令嬢──リリィの判断を仰ぐ事にした。
……まあ、どうせ"お前ならいける、闘いなさい"と言われるだろうけど。
「逃げましょう」
「はいはい、頑張って闘います……え?」
俊敏な動きでデスイーターの腕を拾ったリリィは出入り口とは逆方向に向かって走り出していた。
鉛のように重い身体に鞭を打ち、俺は彼女の後を追う。
「お、おい、闘わなくていいのかよ!?」
「勇者はともかく、あの戦士と魔法使いが自信満々なのが気になるわ。あいつら、コウの実力を知っているし。にも関わらず、自信満々って事は、多分、あいつら切札を隠し持っている」
「俺が満身創痍だから自信満々じゃないのか!?」
「逆に聞くけど、コウ、貴方は勇者と騎士団長、どっちの方が強いと思う?」
最初の街で俺と闘った騎士団長──隙という隙が見当たらず、結局逃げるしかできなかった強敵──を思い出す。
恐らく彼にさっきデスイーターを倒した一撃──"風斬"を放っても致命的な一撃になり得ないだろう。
だが、勇者は違う。
多分、彼は騎士団長と違い隙だらけだった。
恐らく"風斬"を放ったら余裕で勝てるだろう。
「彼はね、騎士団長に匹敵するという理由で勇者に選ばれたのよ」
「……じゃあ、実力はあるって事か」
「実力があったら花火の束突っ込まれて気絶なんかしないっての」
先日の出来事── 冒険者ギルドにて、バカ令嬢が何処からか取り出した手持ち花火の束を勇者の口内に突っ込んだ事件──を思い出す。
「戦士はヒノキの棒を持ったコウにやられる程度、魔法使いも冷静さを保てない程度で魔法及び魔術が使えなくなる未熟者。はっきり言って、そこらにいる冒険者の方が強いわ」
「な、なら、何で勇者に選ばれて………」
「恐らくそれは……」
彼女が口を開けた途端、周囲の空間に黒い亀裂が走る。
俺は立ち止まると、持っていた刀で黒い亀裂を薙ぎ払おうとした。
──俺の刀が物凄い速さで迫り来る攻撃を弾く。
が、次の瞬間、俺の左肩に黒い亀裂が覆い被さると同時に鋭い痛みが走った。
「なっ!?」
視線が痛みの源に吸い寄せられる。
左肩のジャージは少しだけ血が滲んでいた。
慌てて傷口を押さえる。
殆ど血は出ていなかった。
(一体、何が起き──っ!?)
空間に黒い亀裂が走ると同時に攻撃が繰り広げられる。
目にも映らぬ神速の攻撃。
速すぎて刀で弾く事さえもできなかった。
視界に青の亀裂が入り込む。
俺の左足は導かれるようにその青い亀裂をなぞった。
左足に広がる肉の感触。
それにより俺は何かを蹴飛ばした事を悟る。
"蹴飛ばした何か"は俺から十数歩分まで後退ると、不敵な笑みを零すと言葉を紡ぐ。
「やるね。けれど、僕には届かない」
俺が蹴飛ばしたのは勇者だった。
彼は余裕のある笑みを浮かべると、一瞬で俺の視界から消え失せる。
──黒い亀裂が視界を埋め尽くす。
それと同時に剣撃が俺の肩に叩き込まれた。
ここまで読んでくれた方、過去にブクマしてくれた方・評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマ・評価ポイントを送ってくださった方に厚くお礼を申し上げます。
累計PVが1万突破記念キャンペーンを来週6月4日金曜日13時から始めたいと考えております。
キャンペーンの具体的な内容としましては、6月4日〜6月11日までの1週間、本作品を毎日13時頃に更新するつもりです。
まだ1週間分のストックができていないので、本当にできるかどうか分かりませんが、来週の金曜日までに何とか書き終われるように頑張るつもりです。
来週の水曜日には完成しましたと後書きで告知できるように頑張ります。
7月末までにブクマ100件突破できるように頑張りますので応援よろしくお願い致します。
次の更新は6月2日13時頃に予定しております。
これからも完結までお付き合いよろしくお願い致します。




