脅威と便意と黄金の風
「……敵の視界を奪った後、敵を自身の血液で造った兵士で叩き伏せる。……なるほど、それが奴の基本戦術ね」
バカ令嬢は俺と並走しながら、先程相対した強敵──デスイーターへの理解を深めようとする。
「情報が少ないのも納得だわ。だって、あいつの能力で視力が奪われるのだから。目が見えない状態だったら、撤退さえできっこない。そして、奴の能力が切れるまで待っていたら、今度は血の兵士によって逃げ場を潰されてしまう。正直、時間を稼げたのはラッキー以外の何者でもないわ」
「やっぱ、お前も逃げられないと思ってんのか」
走りながら俺は背後に目線を向ける。
幾ら目を凝らしてもデスイーターの姿は見えなかった。
「ええ、さっきの攻撃で仕留めるつもりだったんだけど……あいつ、私が引き金を引く瞬間、床に穴を開けて逃げたわ。恐らく、いや、あいつは確実に生きている。そして、自分の姿を見た私達を逃す愚行を犯したりなんかしない。それくらいの知能をあいつは持っている」
「俺も同意見だ。さっきから肌にチリチリした痛みが走る。多分、あいつの殺気だ。恐らく何処からか俺達を狙っている」
周囲を見渡す。
が、デスイーターの影も形も見当たらない。
それでも奴に睨まれているような錯覚に陥った。
「どう?コウ?あいつに勝てる見込みある?」
「正直、勝てる見込みはないな。あの赤い骸骨達と闘っている間に視界を潰されたら、間違いなく致命傷を負う」
「でも、さっきは視界潰された状態でもそこそこ闘えたじゃない」
「それは防御に徹していたからだ。敵もデスイーター1体だけだっただろうし。……あと、俺1人ならともかく、お前を守りながら、あの集団と闘う余裕はハッキリ言ってない」
「やっぱ、メンバー増やすべきね。無事にここから出たらギルドでメンバー増やしましょう。あ、コウはギターとボーカルどっちが良いかしら」
「ギルドでバンドメンバー集めてんじゃねぇよ」
「最終目標は武道館ね」
「うるせぇ、斬るぞ」
「ドメスティックバイオレンス反対!!」
「普通のバイオレンスだ!お前と俺、家族じゃないから!!」
浮遊大陸にバンドや武道館という概念がある事に驚きながらバカ令嬢の横顔を見る。
彼女の表情に余裕なんてものは感じられなかった。
多分、打開策が思いつかないで焦っているのだろう。
額から大量の汗が流れ出ていた。
……正直言って、舐めていた。
デスイーターを。
はっきり言って、今の俺達だけでは倒せる相手ではない。
足りないのだ、経験も人材も。
さっきも俺が防御に徹していなければ、俺達は殺されていた。
バカ令嬢の機転がなければ、俺達はあの赤い骸骨達に嬲り殺されていた。
正直言って、アレに勝てるビジョンが浮かばない。
せめてあの目潰しを封じる事ができたら良いんだけど。
そんな事を考えていると、隣を走っていたバカ令嬢は走るのを止めてしまう。
「お、おい、バカ令嬢、なに立ち止まって……」
「……コウ、良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
今までにない以上に切羽詰まった表情で話しかけるバカ令嬢。
そのシリアスな雰囲気から、俺は思わず身構えてしまう。
「どっちでも良い。さっさと情報提供してくれ」
「なら、良いニュースから話すわ」
バカ令嬢は深刻そうに咳払いする。
そして、重々しい雰囲気を醸し出したまま、良いニュースから話し始めた。
「ここ数日私を苦しめていた便秘が、この程良い緊張感のお陰で解消されそうなの」
「……悪いニュースの方は?」
「今すぐにでもトイレ行きたい」
「クソみたいなニュースだった!!」
「みたいなじゃないわ、そのものよ」
「ドヤ顔で言う台詞か、それ!?え!?お前、このダンジョン入る前から何かシリアス雰囲気醸し出していたけど、あれ、全部便秘と闘っていたからなの!?」
「全部じゃないわよ、9割よ」
「ほぼ全部じゃん!」
「1割はグロい死体を見たショックだから、全部じゃないわ」
「ゲロとクソしかねぇ!」
「ねぇ、コウ。どうしよう。私、結構ピンチなんだけど。冒険者ってダンジョン探索中、どうやって用を足しているの?」
「俺に質問するな!ていうか、デスイーターに追われているのによく用を催せるな!結構余裕があるだろ、お前!!」
「余裕ないって言ってるでしょうが!!」
「本当に余裕ない奴は便意催さねぇよ!!」
「はぁ!?催しているから、余裕ないんだけど!!このままデスイーターに殺されたら、私の死体、大変な事になっちゃうんだねど!?今は生きているから、色んな筋肉作用しているけど、死んじゃったら色々緩くなると思うし!!」
「余裕ない奴は殺された後の心配なんかしねぇ!!」
「とりあえず、コウ。事態は一刻も争うのよ。速やかに私の問題早急に解決しないと、大変な事になるわ」
「もう大変な事になってんだよ!デスイーターに狙われている時点で!!」
「まあ、こんな事があろうかと冒険者必須便意止め薬を持って来ているんだけどね」
「んなもんあるなら、さっさと飲んでおけよ!」
ポケットから袋紙に包まれた丸薬を取り出すバカ令嬢の頭を思いっきり叩きたい衝動に駆られるが、なんとか我慢する。
「──切り札は最期の最後まで取っておくものよ」
「やかましいわ!!さっさと飲め!!」
「何よ、人が折角シリアスな雰囲気をどうにかしてやろうと思ったのに」
「今やられてもイラッとするだけだわ!!あと話題のチョイスが汚な過ぎる!!」
バカ令嬢が丸薬を水なしで飲もうとする。
丸薬を口に入れた途端、苦しそうな顔をし始めた。
どうやら丸薬が喉に詰まったらしい。
「んー!んー!んー!!!」
「あー、もう!俺の水をあげるから、さっさと飲め!」
「げほ、がほ……え、それって間接キスじゃ……げほぇ!」
「何の心配をしているんだよ、お前は!?」
ジャージのポケットに入れていた手持ち水筒を投げ渡す。
バカ令嬢が俺の水筒を受け取ったその時だった。
天井からプレッシャーを感じ取る。
慌てて上を向く。
その瞬間、天井が崩れ落ちた。
「なっ!?」
右手で握っていた刀で瓦礫と共に落ちてきた攻撃を弾く。
俺は視認した。
人型の狼──デスイーターの目を。
その瞬間、俺の視界は闇に閉ざされてしまう。
音も聞こえなくなった。
右手に握っていた刀の感触もデスイーターが纏う血の匂いも感じ取れなくなってしまう。
一瞬で理解した。
視力だけじゃなく、聴覚も触覚も嗅覚も奪われた事を。
もしかしたら、味覚も奪われたかもしれない。
何も感じ取れなくなった。
世界から絶え間なく発信される情報を受け取る事ができなくなった俺は、耐えきれない程の孤独感を味わってしまう。
外部からの情報が途絶えた。
──なのに、俺は感じ取った。
風の音を。
肌を撫でる風の感触を。
どこからか吹いてきた風が、『誰か』の記憶を俺に見せつける。
『誰か』の記憶は所々霞んでいた。
そのため、『誰か』が男なのか女なのか老人なのか子どもなのかさえ分からない。
分かる事は2つ。
『誰か』は竜みたいな形をした化物を剣1本で屠っていたという事。
そして、『誰か』が扱う刀には黄金の風が纏わり付いていた事だった。
『誰か』が剣を振るう度に黄金の風が巻き起こる。
瞬時に理解する。
あの動きにより、黄金の風が生じている事を。
これだ。
この動きさえできれば、俺はこの窮地を乗り越える事ができる。
この領域に辿り着く事ができたら、俺は絶体絶命の状態から逃れる事ができる。
本能に導かれるがまま、俺は肺の中に息を詰め込む。
そして、瞬時に『誰か』の動きを脳裏に焼きつけた。
それと同時に俺は『誰か』の動きを真似る。
──デスイーターと再び目が合った。
鉄の臭いが鼻腔を擽り、ダンジョン内に漂う生暖かい空気が俺の肌に纏わり付く。
右掌の感触から刀を握り続けている事を把握する。
『誰か』の動きを真似る事で、俺の五感は呆気なく元に戻ってしまった。
いや、無効化したと言った方が適切だろう。
俺はすぐさま奴から目を逸らす事で状況を把握しようとする。
デスイーターの周りには赤い髑髏と赤い髑髏達に取り囲まれたバカ令嬢がいた。
赤い髑髏の数は約30体。
倒すべき相手を視認する。
彼女を巻き込まないように細心の注意を払いながら、俺は剣技を繰り出そうと試みた。
──空間に赤い亀裂がひび割れのように走る。
脳裏に浮かび上がる単語。
生存本能に導かれるがまま、俺はその単語を呟く。
「──風斬」
刀を水平に振るう。
それと同時に黄金の嵐が吹き荒れた。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、過去にブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、感想を書いてくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方に厚くお礼を申し上げます。
皆様のお陰で、本作品の累計PVが1万超えました。
この場を借りて、厚く厚くお礼を申し上げます。
本当にありがとうございます。
累計PV1万突破記念に1週間という短い期間でありますが、本編を毎日更新させて頂きたいと考えております。
具体的な日時に関しては、後日、活動報告やTwitter(@norito8989・@Yomogi8989)で告知致します。
恐らく5月26日から6月2日辺りに更新すると思いますが、諸事情により、6月辺りになるかもしれません。
来週の更新までに日時の方は詰めていきますので、よろしくお願い致します。
次の更新は5月19日13時頃を予定しております。
これからも本編完結まで定期的に更新していきますので、よろしくお願い致します。




