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肉塊と地震と異形

[前回までのあらすじ]

・コウとリリィ、ダンジョンの中に入る。

・だが、ダンジョン内に魔獣はいなかった。

・コウとリリィ、悲鳴の下に駆けつける。

 悲鳴の下──大広間に辿り着く。

 そこには、食い荒らされた人の死体が転がっていた。

 辛うじて人の原型を残している肉塊は、腹の辺りを食い荒らされたのか、床に内臓が散らばっていた。

 

「うげ、やばいな」


 久し振りに人の死体を見た所為で、少しだけ吐き気を催してしまう。

 鼻腔を擽る血肉の匂いが、目の前にある肉塊が死んで間もない事を教える。 

 恐らくこの肉塊は魔獣に殺されたのだろう。

 さっきまでこの肉塊が生きていたと思うと、あまり良い気にはなれなかった。


「うっ、ぐっ……おえっ……」


 生々しい嘔吐音が隣から聞こえる。

 横を見ると、バカ令嬢が吐瀉物を床にばら撒いていた。


「今すぐここから離れるぞ」


 その場に膝を突こうとするバカ令嬢の腕を掴んだ俺は、彼女の身体を強引に引っ張る事で、肉塊が転がっている現場を後にする。

 バカ令嬢は何も言わずに俺の言う事に従った。

 あの肉塊を殺した奴とすれ違わないように、俺は来た道を戻る。

 そして、人気のない大広間に辿り着くと、俺は未だに吐き気を堪えるバカ令嬢を床に座らせた。


「…………大丈夫か?」


 顔を真っ青に染め上げるバカ令嬢に意味のない質問をしてしまう。

 彼女は何処からか取り出したのか、水の入った筒を取り出すと、それを喉の奥に詰め込む。

 そして、ある程度冷静さを取り戻すと、平気そうな俺に疑問の言葉を投げかけた。


「……なんで、あんたはアレ見て何ともないのよ」


 その質問により、俺の脳裏に焼死体が浮かび上がる。


「…………昔、大量に見たからだよ」


「なにを?」


「人の死体」


 石造の床の上に座りながら、俺は自分の過去を簡単に述べる。


「俺さ、幼い頃、震災に遭ったんだよ。北部九州大震災って言うデッカい地震でな。それで両親も友達も亡くしてしまったんだ」


 壁に全体重を預ける。

 バカ令嬢は何の反応も示さなかった。


「まだ朝日が昇っていないような時間帯だったと思う。雷みたいな轟音が俺を叩き起こした。起き上がった俺が目にしたのは、荒れ果てた自分の部屋だった。怖くなった俺は、姉さんの部屋に行った。姉さんはいなかった。多分、姉さんは父さんと母さんの寝室にいるだろうと思った俺は、1階の寝室に向かった。案の定、姉さんは父さんと母さんと一緒に眠っていた。その所為で、俺以外の家族は瓦礫の下敷きになっていた。俺は助けようと思った。けど、父さんと母さんは俺に逃げろと言った。だから、俺は父さんと母さんの言う事に従った。それが俺が見た家族の最期の姿だった」


 必要以上に話過ぎている事を自覚した俺は口を閉じる。

 多分、あの死体を見て、俺も動揺しているのだろう。

 これ以上、語っても無意味だと悟った俺は話すのを止める。

 が、隣に座っているバカ令嬢は"続けて"と言った。

 寸前の所で堪えていた俺は話の続きをしてしまう。


「とりあえず、俺は避難所に逃げた。そして、大人の人達に父さんと母さんと姉さんが瓦礫の下敷きになっている事を教えた。大人の人達は『必ず両親と姉さんを助け出す』と約束してくれた。けど、その日は風が強かった。地震によって生じた火種は、俺が避難機に着いて10分経つ頃には町全体に広がっていた。俺も大人の人達も最善を尽くした。できる限りの事をした。けれど、天災の前では人は無力だった。夜が明ける頃には町は火の海に沈んでいた」


 薄く発光している天井を仰ぐ。


「避難所にいた大人の人達は頑張って、火の海を消そうとした。けど、止められなかった。どうしようもなかったんだよ、あの2次災害は。人の手で止められるような代物じゃなかったんだよ。だから、町を覆う火が消えたのは地震が起きて2日後の事だった。俺は父さんと母さんと姉さんに会いに行った。実家は燃え尽きていた。父さんも母さんも姉ちゃんも辛うじて人の形を保っている炭になってしまった。家族だけじゃない。校庭に運ばれた友達の死体も近所の人の死体も黒焦げになっていた。黒焦げで死んだものの方がまだ見れた。酷いのは道に転がっている焼けていない死体だ。いつも歩き慣れている道には沢山の肉塊が転がっていた。血だらけの肉塊だ。町を覆う炭の匂いよりも肉塊から漂う異臭の方が鼻に残った。多分、道に転がっている肉塊は瓦礫で頭を打つけて死んだんだと思う。焼けていない所為で、死顔ははっきり残っていた。みんな、出来の悪い人形みたいな表情を浮かべていた。……救いのない死顔だった。まあ、そいつらも焼け死んだ奴等同様、校庭で火葬されて、灰になったんだけどな」


 校庭に積まれた死体の山が一つ残らず燃えて骨になる姿を思い出しながら、右の拳を握り締める。


「……その後、コウはどうなったの?」


「……父さんの幼馴染みだった神主さんが俺を引き取ってくれた。今は新しい父さんと母さんと一緒に暮らしている。めちゃくちゃ可愛がって貰っているよ。俺も新しい両親に何とか恩を返そうと、境内の掃除を毎日やったり、催事の時に舞を舞ったりしているんだけど、中々恩を返せなくてな。むしろ恩を返そうと思えば思う程、恩を受けてしまうと言うか」


 新しい両親の顔を思い浮かべた俺は拳を強く握り締める。

 そして、強張った声でこう言った。


「だから、俺は家に帰らなきゃいけないんだ。親父もお袋もいなくなった俺を心配していると思うから」


 バカ令嬢の態度が硬直するのを知覚する。

 罪悪感でも抱いたのだろうか。

 

「……俺の事を気にしてんのか?気にする必要はないって。速攻で帰れば良いだけの話だし。てか、速攻で帰らないと夏期講習とか模試とか間に合わなくなる」


 気まずくなった空気を払拭しようと試みる。

 だが、あろう事か、バカ令嬢は再び話を暗い方に戻してしまった。


「……コウは、いなくなった人達に報いなきゃって思わないの?」


「生きている人を蔑ろにしてまで死んだ人に尽くそうとは思わない。──生者が死人にしてやれる事なんて1つもないからな。葬式も埋葬も墓参りも死人に報いる生き方も、全部、生者の自己満足だ」


 半ば感情的になりながら、俺は思っていた事を全て吐き出す。

 どうやら俺もあの死体を見て、かなり動揺しているらしい。

 バカ令嬢の横顔を見る。

 彼女は未だに青い顔をしていた。

 

「今日はもう帰るか。闘っていないけど、俺もちょっとだけ疲れたし。デスイーター討伐はまたの機会に……」


 ダンジョンから出る事を提案しながら、俺は体調が優れていない彼女に手を差し伸べる。

 その瞬間、背後に圧迫感を感じ取った。

 無意識の内に刀を抜いてしまう。

 振り返ると、そこには異形の生物が立っていた。

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、過去にブクマしてくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方と評価ポイントを送ってくださった方に感謝の言葉を申し上げます。

 

 本編の外で本編の補足をするのは良くない事だと個人的に思っていますが、どうしても本編内に入れられなかったので、この場を借りて補足させて貰います。


 この物語の地上の世界では関東大地震からコウが遭った架空の大震災──北部九州大震災までの間、大きな地震は起きていません。

 勿論、阪神淡路大震災や東日本大震災などの大きな震災も起きていません。

 そのため、この世界の日本の耐震意識は北部九州大震災が発生するまでかなり低いものでした。

 コウが住んでいた町の家も旧耐震基準──震度5程度の地震に耐えられることが基準──のものが殆どであったため、震度5以上の地震に耐え切れず、8割以上の家屋が倒壊。

 また、コウが住んでいた町は木造住宅が多く、本編内でも述べているように震災当日の風は強かったため、町は火の海に沈んでしまい、多くの死者を出してしまいました。

 以上が本編の補足です。

 本当はこの事をコウに説明させるつもりでしたが、今後の展開やコウのキャラ設定を考えた結果、本編内に無理に入れる必要はないと判断し、この場を借りて補足させて貰いました。


 長々と補足して申し訳ありません。

 今後本編外で本編の事を語る事をしないよう、腕を磨いていくので応援よろしくお願い致します。

 次の更新は5月5日水曜日13時頃を予定しております。

 あと、5月4日から短期連載『願いが叶うとしたら』を毎日更新するつもりなので、この場を借りて告知致します。

 これからも完結目指して更新していきますのでよろしくお願い致します。




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