気球と神社と旅の終わり
オークキング達や本物のリリィ&カミデラ、そして、自称神様に別れを告げた後、俺はリリィ達が操縦する気球──西の塔に置いてあったもの──に乗って、下界にあるお家に向かっていた。
徐々に遠退いていく浮島を見て、少しだけノスタルジーな気持ちに浸る。
浮島に心残りはあると言えば、ぶっちゃけある。
あの浮島にどんな人々がいたのか、北と南と東には何があったのか。
気になる事だらけだ。
もし夏休みが余分にあったら、もう数日だけ滞在するという選択肢を選んでいただろう。
しかし、俺は学生の身。
これ以上、浮島にいたら、留年する可能性が高くなってしまう。
それに俺を心配している人達が下界にいる。
その人達に心配をかけてまで、自分のやりたい事を優先する程、俺は子どもでいられなかった。
「そういや、お前らはどうするつもりなんだ?」
ゴンドラから広大な雲海を見るレイとルルに話しかける。
「真王倒しても魔人になったみんなの呪いは解けなかったんで、呪いを解く方法を見つけに旅をするっす」
この後の予定をスラスラ述べながら、レイは俺に笑いかける。
「だから、ご主人達とはお別れっす。ご主人達を魔王軍のゴタゴタに巻き込む訳にはいかないし」
改めて俺は魔王軍の人達と向き合っていなかった事を思い知らされる。
レイの気持ちとか、魔王軍の人達がどんな苦しみを抱いているのか、今の俺には何も分からなかった。
自分とリリィの事で手一杯だったなと思いながら、俺は右頬を人差し指で掻く。
そんな俺の様子に気づいたレイは、年頃の女の子みたいに微笑んだ。
「別にご主人が手伝わなくても大丈夫っす。だから、ご主人はご主人のやるべき事・やりたい事を優先するっす。私も私のやりたい事を優先するんで」
……意外にも、このパーティで1番大人なのは彼女かもしれない。
まあ、ファッション変態な所を除けば、唯の純情乙女だから意外でも何でもないか。
「ご主人?今、心の中で喧嘩売ったっすか?」
「ルルはどうするんだ?」
「おい、こっちを見ろっす」
全力で話を逸らす。
話を振られたルルは"コホン"と小さく咳払いすると、満面の笑みを浮かべながら、こう言った。
「下界の美味しい食べ物を食べ回りたいと思います」
「帰れ」
「何でですかぁ!?」
下界に降り立った腹ペコの姿を想像した俺は顔を青くしながら、彼女の未来図をビリビリに破く。
「お前という危険人物を下界で放牧したくない。最悪、下界が滅びてしまう」
「私を何だと思っているんです!?」
「災厄の化身」
「あの化け狐と同等!?」
今までの道中、雪山で暴走した時の事、そして、九尾戦を思い出しながら、俺は頭を抱える。
本当、冗談抜きでこいつとこいつの魔法は危険過ぎる。
全長100メートル越えの巨体を投げ飛ばす事ができるわ、底なしの食欲を持っているわ、食欲を満たし続けたら無限にチート技を使えるわで、厄介過ぎる。
もし腹ペコが万全の状態だったら、下界の軍隊は彼女1人に制圧されるだろうし、核兵器をぶっ込んでも彼女に擦り傷1つ負わせる事ができないだろう。
そんな危険人物を魔法や魔術がメジャーじゃない下界に野放しにしてしまったら、厄介な事が起こるのは火を見るよりも明らか。
もし彼女が"あ、下界の制圧ってチョロくね?"みたいな事を思って、行動を起こしたらガチで終末戦争が起きてしまうだろう。
……まあ、彼女が変な気を起こさなくても、彼女自体がトラブルメイカーなので、間違いなく面倒事を起こすと思うけど。
……彼女の起こした面倒事の尻拭いをする自分の姿を想像して、胃が痛くなってしまう。
………………やだ、下界に戻った後も腹ペコの面倒を見たくない。
「ひどいです!コウさん、私の事を好きだと言ったのに!」
「言ってねぇよ」
「コウ、私を振ったのはルルが好きだったからなの!?」
「振ってもねぇよ」
「ご主人、最後に4人で乱行大パーティやっときません?」
「やらねぇよ」
バカ3人にツッコミを浴びせながら、俺はもう一度浮島の方を見る。
浮島は豆粒のように小さくなっていた。
あの島で過ごした日々を思い出す。
リリィが暴走し、ルルが腹を鳴らし、レイが場を掻き乱し、俺が胃を痛める。
……幾ら思い返しても、碌な思い出がなかった。
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俺の実家である永浜神社に辿り着いたのは、お化けが現れてもおかしくない時間帯だった。
街の光によって輝きを奪われた夜空は帰還したばかりの俺を出迎える。
久し振りに肌を撫でる夏風は、俺の額に脂汗を滲ませた。
遠くから微かに聞こえて来る蝉の声が車のエンジン音が搔き消される。
真夜中にも関わらず、静寂さとは程遠い世界を感知して、ようやく俺は家に帰れた事を実感した。
ゴンドラから飛び降りる。
そして、躊躇う事なく、リリィ達と向かい合った。
「コウさん、お元気で。また会える日を楽しみにしています」
「今度、会う時はナイスバディになってるっすから、楽しみに待ってろっす!」
ルルとレイは俺に別れを告げる。
リリィはというと、少し泣きそうな顔をしていた。
……無理もない。
身体は立派であるが、彼女の精神年齢は2桁未満。
彼女は人間性を獲得したばかりなのだ。
だから、俺やルル・レイと違って、別れに慣れていないんだろう。
瞳に涙を溜めるリリィを見て、俺は少し戸惑ってしまう。
彼女を喜ばせるのは簡単だ。
彼女の好意を受け入れば良い。
だが、今の俺は彼女に応えられる程の人間じゃないし、彼女も恋する程、精神的に熟していない。
それに加えて、俺はリリィに恋していないし、リリィも恋と憧れの区別がついていない。
そんな状態で付き合っても、彼女は真の意味で幸せになる事はないだろう。
なら、今の俺が取るべき選択は唯一つ。
「リリィ」
今にも泣きそうなリリィの注意を惹く。
彼女の潤んだ瞳が俺の姿を映すと同時に俺は柄にもなくカッコつけた。
「次会う時までに目を肥やしとけよ。お前が今まで会った事のないような凄い男になっとくから」
リリィの告白の返事を保留にする。
自分でも狡いと思うが、今の俺達に必要なのは時間だ。
本当に俺が彼女と付き合うに値する男なのか、彼女が抱いている恋心は本物なのか、俺達は考え、足りない部分を補う努力する必要がある。
時間は有限じゃない。
けど、時間を使わなければいけない事だってある。
だから、俺は待ち続ける。
成長した彼女とまた会うその日を。
自分でもキザだと自覚している台詞を吐きながら、俺はリリィの瞳をじっと見つめる。
それを聞いたリリィは潤んだ瞳のまま、首を縦に振ると、満面の笑みを浮かべた。
「うん、分かった!次、会う時までに今のコウよりも良い男を見つけとくから!そして、良い男になったコウをメッロメロにさせてやるから!!」
そう言って、リリィは俺にサムズアップを送る。
それと同時に気球は浮上し始めた。
「じゃーねー!コウ!元気でねー!!」
さっきまでの湿っぽさが嘘みたいにリリィは満面の笑みを浮かべながら、俺に手を振る。
ルルとレイはというと、何故か険しい表情を浮かべると、力なく俺に手を振った。
「ま、……また、会いましょう、ご主人……!」
「…………ば、ばいばい、ですっ!」
元気良く俺に別れを告げるリリィと何か言いたげな表情を浮かべるルルとレイに手を振る。
ルルとレイのぎこちなさに違和感を抱きながら、俺は彼女達の乗った気球を見送る。
あっという間に、彼女達の乗った気球は豆粒のような大きさになってしまった。
空を仰ぎ続ける。
街の光に照らされた夜空は星々が見えない程、物寂しく静寂に満ち溢れていた。
そんな殺風景な夜空に吸い込まれていく気球をじっと見続ける。
ふと道中の出来事を思い出した。
賑やかというには綺麗過ぎて、五月蝿いと切り捨てるのは惜しい日々を思い出して、俺は喪失感のようなものを感じる。
さっきまでは碌な思い出がなかったと思っていた。
なのに、碌なものじゃなかった思い出が今になって美化されてしまう。
きっと何だかんだ言って、俺はあの時間を──浮島での旅を気に入っていたんだろう。
徐々に夜空の中に溶け込む気球を見て、俺は喪ってしまった子供心を思い出す。
子どもの頃、海の向こう側には喋る木やお菓子の家、神話にしか出てこない不思議生き物や魔法使いが存在すると信じていた。
いつか大人になったら魔法の力が使えると本気で思っていた。
だが、歳を経るにつれ、現実を知り、空想は空想でしかない事を理解した俺は、いつしかメルヘンな世界を夢想しなくなった。
勉強と部活に明け暮れる日々を送る事で夢を見なくなった。
けど、俺は妄想の領域でしかなかったんだメルヘンな世界で旅をした。
喋る木やお菓子の家は出てこなかったけど、神話にしか出てこない不思議な生き物や魔法使いは存在した。
そして、俺自身も魔法使いのような不思議な力を使えるようになった。
子どもの頃と想像していたものとかなり違ったが、俺は子どもの頃の夢を叶えたのだ。
忘れてしまった童心を思い出した俺は苦笑いを浮かべる。
彼女達の乗った気球が見えなくなるまで、いつまでも空を仰ぎ続けた。
気球が見えなくなるまで、いつまでも。
──こうして、俺の一夏の冒険は物静かに終わった。
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次の更新は本日2月18日20時頃に更新予定です。
残り2話になりましたが、最後まで気を抜く事なく更新し続けるので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。




