超速回復と異変と籠手
九尾の瞳に恐怖が過ぎる。
死神の影でも幻視したのか、敵の身体は石のように固まってしまった。
──その隙を逃す事なく、連撃を叩き込む。
「舎利……っ!」
全長2キロ程に肥大化した黄金の竜巻を九尾の脳天に叩き込む。
その一撃により、九尾の纏う黒い炎が陥没した。
「目連っ!」
黄金の竜巻を纏った逆袈裟斬りで九尾の顎を砕く。
全力の一撃を2発放った瞬間、右腕から骨の折れる音が聞こえて来る。
その傷を体内にあった"熱"を消費する事で強引に癒す。
この浮島に来たばかりの頃──"風斬"を使う度に倒れていた事──を思い出す。
恐らくあの頃の俺は無意識の内に"風斬"の反動で疲弊した身体を体内にあった熱を消費することで癒していたのだろう。
"風斬"の使用と超速回復を繰り返す事で、身体は"風斬"に適したものに変貌したのだろう。
だが、この超速回復は多用できるものじゃない。
身体の傷が癒える度、身体の中にある"熱"がゴッソリ削られていく。
このままでは俺の身体が先に根を上げてしまう。
その前に敵の魔力を枯らさねば──!
「迦葉・須菩提・富楼那・摩訶迦旃延っ……!」
黄金の竜巻を斬撃の形に加工し、九尾の身体に連撃を与える。
黄金の竜巻が薙ぐ度、大気は激しく振動する。
黄金の竜巻が宙を撫でる度、青空は乱れ、星天が垣間見える。
俺の渾身の一撃を喰らう度、九尾の黒い炎は陥没する。
いける。
もう敵の力は底を尽きかけている──!
『コウ、押し切って!』
『が、頑張ってください!」
『もう一踏ん張りっす!!』
着けていた籠手からリリィ・ルル・レイの声が聞こえて来る。
彼女達の声に背中を押される形で、悲鳴を上げている身体に鞭を打ち、斬撃を放ち続ける。
「阿那律・優波離・羅睺羅っ!」
音速を超える速度で袈裟斬りと逆袈裟斬りと脳天割を繰り出す。
そして、九尾が俺の攻撃により陥没した身体を回復している隙に最後の一撃を敵の顎目掛けて放った。
「阿難陀っ!」
4つに分裂した黄金の竜巻が九尾の巨体を上空に撃ち上げる。
敵の身体が上空に向かったのを目視した後、俺は体内の"熱"を消費して身体の傷を癒す。
"熱"を消費し過ぎたのか、連撃により疲弊した身体を完全に癒やす事ができなかった。
自らの身体が限界に近い事を肌で感じる。
「裏切り者は光冠を着けず──」
この一撃で決める。
己の身体が限界を迎えるよりも先に幕を引く。
そう思った俺は黄金の亀裂──相手の隙を可視化したもの──を視ようとする。
が、幾ら目を凝らしても黄金の亀裂を見る事が出来なかった。
あの亀裂を見る事ができない事を。
どうやら、俺は亀裂を視る力を失ったらしい。
進化の代償と言うべきか。
太刀を手にした結果、いや、太刀に慣れ過ぎた結果、俺は今までできていた事ができなくなってしまったのだ。
「──最後の晩餐は風と共にっ!」
黄金の亀裂が視えていない状態で12連撃を放つ。
あろう事か、九尾は9本の尾を巧みに操る事で俺の12連撃を防いだ。
理性ある行動に驚きながら、俺は限界を迎えて無防備になった自らの身体を無理矢理動かす。
そして、俺にしか放てない必殺の一撃を繰り出した。
「死の接吻──!」
黄金の超巨大竜巻を纏った突きが、九尾の喉に直撃する。
九尾の喉を貫く事はできなかったが、九尾の呼吸を止める事はできた。
「■■■■■〜っ!」
苦しそうに嘔吐きながら、九尾は俺から距離を取ろうと、上空に浮上する。
最後の力を使い切った俺はと言うと、その場に留まる事で精一杯だった。
「ちっ、……くしょう」
とうとう俺の身体は限界を迎えてしまう。
太刀を振るう元気は残っている。
宙に浮くだけの力は残っている。
けど、全力の一撃を振るうだけの余力は残っていなかった。
もし九尾が下界に向かい始めても、俺はそれを止める事はできないだろう。
歯を食い縛りながら、九尾を睨みつける。
九尾は俺の事を怯えた目で睨みつけていた。
敵の瞳に理性の火が宿った事に違和感を抱く。
先程まで──九尾の尾が9本になるまで、敵は理性を持っていなかった。
なのに、今になって九尾は理性を感じさせる動きを見せるようになっている。
(……もしかして、九尾の中で何か起きたのか?)
俺が違和感の正体を掴もうとした瞬間、九尾は口から炎の塊を吐き出した。
『コウ!攻撃来たわよ!』
「ああ、分かってる……!」
リリィに急かされた俺は、攻撃を避けようと、太刀から黄金の風を噴出させる。
もうあまり力が残っていないにも関わらず、太刀から噴き出た黄金の風は先程の倍以上に膨らんでいた。
『あ、なんかいけました』
ルルの間の抜けた声が俺の鼓膜を微かに揺さぶる。
え?
ちょ、待っ….何がいけたの?
俺が疑問を口にしようとした矢先、黄金の風が俺の意思に反して動き始める。
『あ。やっぱ、いけたっす』
レイの間抜けな声が俺の鼓膜を揺らすと同時に勝手に動いた黄金の風が九尾の吐き出した火球を粉砕する。
『やっぱ、思った通りっす。ご主人の風を操る事ができるっす』
そう言って、レイは太刀から出た黄金の風を勝手に動かし始める。
『リリィさんの言っていた通りです。コウさん本人に魔法は効きませんが、コウさんが出す風には魔法が効くみたいです』
黄金の風に赤い光が付き纏う。
ほんの少ししか出していないにも関わらず、黄金の風はルルの魔法により巨大な竜巻と化してしまった。
『なるほど、これがこの籠手の力ね』
この状況を理解したのか、リリィは神妙な声を発する。
『籠手に封じられた状態でも魔法を使える事ができる且つ籠手に封じられた魂が装着者の力を操作する事ができる……と言った感じかしら?まあ、詳しい事は分からないけど、これなら、うん、何とかなりそうな気がするわ!』
九尾が怯えたような声色で唸り声を上げる。
『あいつは魔力尽きかけの状態っ!なら、やる事は唯一つ!斬って斬って斬りまくるわよ!』
『うっす!』
『はいっす!』
当事者である俺を置いていく勢いで、籠手の中にいる彼女達は盛り上がる。
もう突っ込む気力さえ起きなかった。
『コウ!疲れているでしょうけど、もう少し頑張って!上手く籠手を使いこなして、勝利を掴んで!』
『あとちょっとです、頑張ってください!』
『踏ん張るっすよ、ご主人……!」
「言われなくても、分かってる……!」
胸の中に溜まった生暖かい空気を吐き出して、俺は両手で太刀の柄を握り締める。
身体は鉛のように重い。
超速回復というインチキを使う余力はない。
武器は太刀と彼女達の魂が封じられている籠手だけ。
ベストコンディションには程遠い。
が、それも敵も同じ事。
俺から受けた連撃を癒さない程、敵も疲弊し切っていた。
俺も敵も使える手段は全て使い果たした。
故にこの勝負の命運は、籠手にかかっていると言っても過言じゃない。
……鬼が出るか蛇が出るか。
それは籠手を着けている俺にも分からない。
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次の更新は明後日2月14日月曜日20時頃に予定しております。
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