青空の中と過ちと反撃
黒い狐が掘り進んだ穴を通り抜け、青空の中に飛び込む。
空は気持ち悪いくらいに青く澄んでいた。
雲は何処にも見当たらない。
そして、黒い狐──純粋悪"九尾"の姿も。
『コウ!あそこ!!』
籠手の中に魂を封じられたリリィが俺に声を掛ける。
「あそこって何処だよ!?」
『コウから見て、10時の方向!』
10時の方向──左斜め前──に視線を向けた途端、黒い点──地上目掛けて落下していく九尾の姿が垣間見える。
『今がチャンスよ!多分、あいつは失った魔力を補給するために下界に向かっているんだと思う!!あいつは虫の息よ!!』
「なるほど、浮島よりも下界の方が人多いもんな……!」
太刀に纏わりつく黄金の風を逆噴射する。
黄金の風の風力により、俺は自らの身体を吹き飛ばすと、落下し続けている九尾の巨体──全長600メートル以上──との距離を詰める。
音速よりも速い速度で海みたいに青い空を駆け抜ける。
全身に身に纏っている黄金の風で向かい風を弾き飛ばす。
そして、攻撃が届く距離まで敵との間合いを縮めると、俺は渾身の一撃──黄金の巨大竜巻──を敵の巨体に叩き込んだ。
「──風絶っ!」
全長2キロ程の黄金の竜巻が敵の腹に直撃する。
予想通り、俺の渾身の一撃は敵の身体に傷1つつけられなかった。
敵の瞳が俺の姿を映し出す。
その途端、俺の身体に尋常じゃない殺気が突き刺さった。
自らの死を幻視する。
目の前の敵が正真正銘の災厄と化した事を肌で感じ取る。
生存本能が全身の筋肉を硬直させた。
『コウさん、避けてください!』
籠手の中に魂を封じられたルルが、俺に回避を要求する。
俺も回避しようとした。
けど、身体が動いてくれない。
死の恐怖で指1本動かす事ができない──!
(繰り返すな……!)
震災の時の記憶を思い出す。
父と母、そして、姉が瓦礫の下敷きになっている事を知っているにも関わらず、何もしなかった自分を思い出す。
死の恐怖で何もできなかった自分を思い出す。
(過ちを繰り返すなっ──!)
千切れる勢いで舌の先を噛む。
痛みにより死の恐怖から抜け出した俺は、迫り来る9本の尾を避ける──事なく、迎え撃つ。
『ご主人、何しているっすか!?』
敵の攻撃を避ける事なく迎え撃つ俺に驚くレイ。
俺は彼女の声を知覚していたけど、言葉を理解する事を放棄していた。
「──っ!」
九尾の尾のように太くて長い黄金の竜巻で、敵の尾による攻撃を受け流す。
鞭のようにしなる敵の尾は、とても重く、受けるだけで俺の腕から悲鳴が上がった。
敵の攻撃をいなした後、前進する。
そして、隙だらけだった敵の喉に黄金の竜巻を叩き込む。
弾かれる。
九尾の身体から無数の黒い炎が流星群の如く放たれる。
縦横無尽に駆け抜ける追尾弾のような黒い炎。
それらを高速の太刀捌きで全て弾き飛ばす。
「■■■■■■!!!」
敵の雄叫びにより、遥か下の方にあった雲海が全て吹き飛ぶ。
大気が揺れる。
宙に浮いていた俺の身体が弾き飛ばされる。
「ぐぅっ………!!」
全身に強力な圧がかかる。
胃の中のものが逆流する。
口の中に鉄の味が広がる。
不可視の黄金の風を鎧のように身に纏っているというのに、敵の雄叫びは俺の身体に激痛をもたらした。
『コウ、一旦、引きましょう……!接近戦よりも遠距離の攻撃の方が安全に敵の魔力を削れるわ……!』
「ダメだ……!ここで離れたら、アイツは地上に向かってしまう……!」
全長600メートル以上の巨体と化した九尾を睨みながら、俺は口の中に溜まった血を吐き出す。
「あんなのが地上に降り立ったら、多くの人が死んでしまう……!無茶だろうがなんだろうが、アイツの瞳に映り続けないと……!」
敵の目が鋭く光る。
太刀に纏うを噴射させ、上の方に飛び上がる。
俺が移動を終えた瞬間、俺がいた所の空間が何の前触れもなく爆ぜてしまった。
爆風に乗った爆炎が右腕の皮膚を焦がす。
腕の鈍痛に構う事なく、再び俺は敵との距離を詰めた。
『そんなの無茶です!有効打がないんですよ!?』
「それでも、やらなきゃいけないんだよ!!」
敵の口から放たれる無数の炎弾を避けながら、俺は敵の間合いに入り込む。
そして、黄金の竜巻を操作する事で、敵の巨体を上の方に吹き飛ばした。
「風絶・昇っ!」
全力で放った一撃により、敵の巨体を下界から引き離す。
敵が体勢を整えるよりも先に再び全力の一撃を放とうとした。
身体から悲鳴が上がると同時に浮島に来たばかりの頃を思い出す。
あの時、俺は"風斬"を放つだけで疲弊していた。
その時と同じ事が俺の身体で起こっている。
全力を行使し続けた代償だ。
自らの限界が近い事を把握する。
『ご主人……いや、コウさん……!これ以上は無茶っす……!コウさんの身体から変な音が出ているっすよ……!』
レイの忠告を聞き流し、上空に上昇した敵との距離を詰める。
(考えろ、何かある筈だ)
ここに至るまでの経緯を思い出す。
今まで向き合って来なかった自分の"今まで"と向かい合う。
今まで俺は自分と向き合う事を避けていた。
怖かった。
両親と姉を見捨てた過去と向かい合うのが。
怖かった。
あの時、経験した死の恐怖を追体験するのが。
怖かった。
自分の罪と向かい合うのが。
自分と向き合う事を止めた。
その結果、他人と向き合う事も止めた。
他人と向き合ったら、否応なしに自分と向き合う事になるから。
自分と向き合ったら、自分の罪と向き合う事になるから。
だから、俺は他人と向き合う事を避けた。
自分から目を逸らし続けるために。
「■■■■■!!!!」
九尾の巨体から繰り出される打撃を黄金の竜巻で受け止める。
太刀を握っている右手から変な音が聞こえて来る。
「あ、がぁ……!」
鈍い痛みが俺の脳を揺さぶる。
左手で太刀の柄を握り直す。
片手で太刀を振るう。
太刀に纏った黄金の風が、敵の眼球を潰す。
敵の眼球が即座に再生される。
「……っ!」
家族を見殺しにした俺は、目的もなく生き続けた。
義父母に恩を返すというのは建前だ。
俺はそれっぽい理由を並べ立てる事で、自分と向き合う事を徹底的に避け続けた。
理想の息子を演じる事で俺は自分から逃げ続けていた。
「■■■■■!」
自分と向き合う事を避け続けた俺は、何の因果か、この浮島に引き寄せられ、王子の尻を爆破したバカ令嬢と旅をする事になった。
その道中、俺は自分の未熟さを思い知った。
自分の愚かさを思い知った。
自分が無知である事、自分が無意識の内に名誉ある死を望んでいた事、そして、自分が同じ過ちを際限なく繰り返している事を自覚した。
「■■■■■!!!」
今の俺には長生きして貰いたい人がいる。
リリィに長生きして貰いたいと思っている。
彼女に恋している訳じゃない。
彼女に発情している訳じゃない。
俺が彼女に長生きして貰いたいのは、"愛しているから"とか"恋しているから"とかいう高尚な理由じゃない。
当然だ。
今の俺は誰かに惚れられる程、魅力的な人間じゃない。
過去の過ちを反省する事なく、同じ過ちを繰り返そうとしている。
愚かで哀れな人間だ。
俺がリリィを助けたいと思っているのは、もっと下劣な理由。
彼女を見殺しにしたら一生後悔する。
もう2度と後悔したくない。
同じ過ちを繰り返したくない。
そんな下劣な理由で、俺はここにいる。
要は自分のためだ。
俺は自分のために、太刀を握っている。
俺は今までの自分を変えるため、太刀を振るっている──!
「……っ!」
黄金の竜巻によって煽られていた九尾が空中で体勢を整える。
俺は太刀に纏わりつく風を逆噴射させると、籠手が傷つかないような体勢で敵に突撃を開始した。
敵は音速の速さで熱球を吐き出す。
俺はそれを避けなかった。
不可視の黄金の風を身に纏った状態で、俺は熱球の中を駆け抜ける。
鉄さえも一瞬で蒸発してしまう高熱の中、俺は惑う事なく、ただ突き進む。
熱球に晒されている部位が焼き爛れる。
不可視の黄金の風でも防ぎ切れなかった熱が俺の身体を炙る。
けど、俺の身体は焼け落ちなかった。
理由は至って明瞭。
皮膚が焼け爛れるよりも早い速度で傷が癒えているから。
熱球から抜け出した俺は、改めて太刀を握り直す。
その瞬間、焼け爛れた箇所は即座に元の状態に回復した。
目の前にいる九尾が自らの傷を癒したように。
砂漠の迷宮で出会った自称真王の右腕が超速再生をやったように。
俺は身体の中にあった"熱"を消費して、自らの傷を癒した。
──敵の隙を突くために。
「──いくぞっ!理性なき悪意っっっ!!」
怒声により喉が張り裂ける。
俺の姿が九尾の瞳に映った途端、俺は敵の瞳を黄金の竜巻で貫いた。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、感想・レビューを送ってくださった方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は明後日2月11日金曜日22時頃に予定しております。
本編完結まで残り僅かになりましたが、最後まで更新し続けるので、これからもお付き合いよろしくお願い致します。




