新たな尾と一進一退と骨つき肉
「げ、もう尻尾が増えやがった……!」
太刀から放たれる黄金の風を逆噴射させる事で、俺は黒い狐──純粋悪"九尾"から大きく距離を取る。
新たな尾を生やした黒い狐は、歓喜するかの如く、雄叫びを上げると、高層ビルのように太くて大きい4本の尾を振り回し始めた。
「くそ……!思っていたよりも硬いな、あいつ……!」
無造作に振り回される4本の尾が大地を抉る。
敵の尾が大地を触れるだけで、大きな地震が起こった。
宙を裂く尾の音が骨の髄まで響き渡る。
敵の強さを改めて実感していると、黒い狐は前脚後脚を地面に減り込ませた。
──跳ぶ。
敵の巨体が僅かに沈んだ途端、俺は太刀を逆手に持ち替える。
そして、敵の四肢が地面から離れた瞬間を見計らって、俺は太刀に纏っている黄金の風を噴射した。
黒い狐の瞳から俺の姿が消失する。
砲弾の如く宙を駆ける我が身体。
空中を縦横無尽に駆ける事で、敵の視線から逃れ続ける。
敵の眼球が忙しく動く。
その甲斐あって、狐の瞳に高速で動き続ける俺の姿が映し出される。
俺の姿が敵の瞳に映った瞬間、俺は更に速度を上げた。
『ぎゃああああああ!!!はやあああああいいいいいい!!!』
左腕に身につけている籠手──リリィの魂が封じられている──から絶叫が聞こえてくる。
が、その絶叫は黒い狐の唸り声により掻き消えてしまった。
花に群がる蜂のように、俺は黒い狐の周囲を駆け回る。
狙うは敵の眼球。
幾ら身体が頑丈と言えど、流石に眼球は硬くないだろう。
そう思った俺は逆手に持ち替えた刀で敵の左前脚関節目掛けて、渾身の一撃を放つ。
「風絶っ!」
超巨大な斬撃の形をした黄金の嵐を敵の左前足関節に減り込ませる。
渾身の一撃を放ったにも関わらず、敵の膝部分に強い衝撃を与える事しかできなかった。
強い衝撃を関節部分に与えられた事により、黒い狐は体勢を崩すと、再び大地に腹をつける。
その隙を突くため、黄金の風を巧みに操作した俺は一瞬で黒い狐の左瞼に移動すると、持ち替えた太刀で渾身の突きを放った。
「風牙独奏っ!」
黄金の狂飆が螺旋状に回転する事で、敵の左眼球を貫く。
黒い狐の眼球は高密度の黄金の竜巻によって潰れた。
『私の眼ええええええええ!!!』
左腕に身につけた籠手が全力で嘆くわ
が、瞬きしている間に黒い狐は潰れた左眼球を呪いの力で再構築した。
(防御力だけじゃなくて、再生力も高いのかよ……!)
自分の力だけでは敵の動きを止める事ができても、殺す事ができない事を痛感する。
今の状態で尾が4本。
これ以上に強くなるんだから、本当タチが悪い。
『よっしゃ!私の左目、潰れずに済んだ!』
「お前、どっちの味方だよ!」
再生した黒い狐の眼球を見て、リリィは歓喜の声を上げる。
その隙に俺は黄金の風を使って、上空に浮上すると、俺の姿を見失った黒い狐を見下ろす。
そして、未だに心の中でガッツポーズをしている籠手に助言を求めた。
「……なあ、リリィ。どうやったら、俺の攻撃があいつに通じると思う?」
今、俺にやれる事は全てやり尽くした。
だが、それでも足りない。
真正面に立ち向かうだけでは、敵を倒す事なんてできやしない。
決して勝てない相手じゃない。
けど、"何か"が足りない。
その"何か"を掴むまで、俺は勝利を掴む事ができないだろう。
だから、リリィに頼る。
俺よりも頭が柔らかくてキレのある彼女に知恵を求める。
『そんなの簡単よ。私の身体に魔力を使わせ続ければ良いだけの話よ』
「……どういう事だ?」
『私の身体を乗っ取った真王は、神堕しっていう儀式を行う際、膨大な魔力を私の身体に注いでいたわ。その膨大な魔力という動力源を私の身体が手にした結果、黒い狐が表に出たんだと思う』
「つまり、真王がお前の身体に注いだ魔力を枯らせば……」
『あの黒い狐をどうにかできると思う』
黒い狐に魔力を使わせ続ける。
もしそれができたら、黒い狐を止める事ができるし、リリィの身体を無傷の状態で回収できるだろう。
『1番魔力を消費するのは、超速再生だと思うわ。アレに大怪我を負わせ続けなさい。それが1番手っ取り早い方法よ』
「大怪我を負わせ続ける、……ねえ。簡単に言ってくれるな……!」
黒い狐が俺の姿を捉える。
俺は黄金の暴風雨を纏った太刀を振り上げると、それを振り下ろした。
「風月絶唱!」
刀身に纏った高密度の黄金の風を放出する事で、巨大化した斬撃を飛ばす。
三日月状の斬撃と化した黄金の嵐は、中空を駆け抜けると、地面にいた黒い狐に直撃した。
「■■……!」
黒い狐は少しだけ唸り声を上げる。
案の定、黒い狐の身体にダメージは入らなかった。
再び太刀を振り上げた俺は、息を短く吸い込む。
そして、同じ技を同じ場所目掛けて、ぶっ放した。
「風月絶唱・乱撃ちっ……!」
三日月の形をした斬撃波を休む暇なく放ち続ける。
黒い狐は俺の乱撃を防ぐ事なく、身体で受け止めた。
「■■……っ!」
敵の口から苦しそうな声が漏れ出る。
それを見逃さなかった俺は、このまま押し切ろうと、技を放ち続ける。
斬撃を象った黄金の暴風雨の大群が、黒い狐の巨体に次々と直撃する。
敵は4本の尾をたなびかせると、新たな尾──5本目の尾を生やした。
「■■■■■■■■■!!!!」
黒い狐の雄叫びにより、大地が割れ、ディア街を取り囲んでいた壁が崩壊し、壁の向こう側にあった木々が枯れ果てる。
乱撃を中断し、敵の雄叫びを黄金の風の盾で防いだ俺は、すぐさま敵の懐に飛び込んだ。
「──風絶・断刀……!」
超巨大な黄金の竜巻を纏った太刀で、敵の喉仏を叩き斬る。
先程よりも硬くなっているのか、手応えは全く感じられなかった。
一瞬だけ黒い狐の動きが止まる。
が、すぐに小さく唸ると右前脚による攻撃を繰り出して来た。
敵の左前脚に付いた禍々しい爪が接近する。
敵の爪を太刀で弾く。
敵の身体から無数の毛が矢のように射出される。
目にも映らぬ速さで太刀を振る事で、押し迫る矢の雨を弾き飛ばす。
敵が雄叫びを上げる。
黄金の風を一塊にしたものを敵の口に叩き込む。
敵が尾を振るう。
全力の一撃で敵の尾を退ける。
この間、僅か数秒の出来事。
一進一退の攻防。
敵の動きが速くなった所為で、迅速な判断が求められる。
コンマ1秒以下の駆け引き。
常に頭も身体も全力で動かしている所為で、息が荒くなる。
疲労が身体に蓄積する。
気を緩める隙なんてない。
少しでも気を緩めたら。
敵の前脚に叩き潰される。
爪で引き裂かれる。
蜂の巣にされる。
肉塊にされる。
確実に息絶える。
目前に迫る死を退けつつ、頑丈で強靭な敵の身体に攻撃を与える。
幾ら全力で攻撃しても、攻撃が直撃しても、手応えは全然感じられない。
糠に釘。
沼に杭。
暖簾に腕押し。
幾ら会心の一撃を敵の身体に叩き込んでも、敵は唸り声を上げるだけで表情を変えなかった。
額に汗が滲み出る。
それが疲労によって生じたものなのか、それとも、焦りによって生じたものなのか、今の俺には判別できそうになかった。
このままでは黒い狐よりも先に力尽きてしまう。
『がんばれー!私は応援する事しかできないけど、とにかくがんばれー!』
左腕から籠手の応援の声が聞こえて来る。
「応援ありがとう!でも、応援よりも知恵の方が欲しいかな!このままじゃ先に俺の方が力尽きてしまう……!」
全長200メートル級の大巨体と化した黒い狐から距離──大体1キロくらいを取りながら、俺は息を整える。
『2〜3個いい作戦を考えたけど、コウ1人じゃどうにもならないわっ!コウ以外に時間を稼げる人がいたら良いんだけど、……!?』
リリィの声に応えるかのように、激しい打撃音が聞こえたかと思いきや、黒い狐が何の前触れもなく転倒してしまった。
「な、何が起きて……!?」
砂埃を撒き散らしながら転倒する黒い狐に驚愕しつつ、事態を把握しようと正面を見据える。
すると、砂埃の中にいた黒い狐が唐突に宙を舞い始めた。
「どっせえええええええええ!!!」
アホみたいな掛け声が俺の鼓膜を劈く。
宙を舞った黒い狐の巨体が俺の頭上を通り過ぎると、数キロ先にあった森だった場所に不時着する。
再び砂埃を巻き起こしながら、背中から転倒する黒い狐を見て、敵が何者かによって投げ飛ばされた事を理解する。
「──私、気づいちゃいました」
……背後の方から聞き慣れた声と咀嚼音が聞こえて来たので、振り返る。
声の主──或いは咀嚼音の主──は砂埃の中から出て来ると、骨つき肉を豪快に食らいながら、こう言った。
「食べ続ければ魔力が減らないという真理に……!」
砂埃の中から妊婦みたいに腹を膨らませた腹ペコ僧侶──ルルが出て来る。
彼女はドヤ顔を晒すと、豪快に骨つき肉を喰らった。
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次の更新は明日2月2日の22時頃に更新致します。
今月こそは爆破令嬢本編を完結させますので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。




