『この世全てに災厄を』
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──悪夢を観た。
悪夢の中の赤ん坊は、呪術師達から獣の血を浴びせられていた。
いや、獣の血だけじゃない。
怨嗟、嫉妬、恐怖、憎悪、煩悶、軽蔑、不幸、劣等、興奮、嫌悪、無念、悔恨。
呪術師達は、この世にある全ての悪感情を生まれたばかりの赤子にぶつけていた。
赤ん坊に呪詛を浴びせる事で、復讐を果たそうとしていた。
──呪術師達は真王に復讐するため、赤ん坊を復讐の道具に仕立て上げようとしていたのだ。
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『──コウ!』
籠手に封じられているリリィの魂が俺の名を呼ぶ。
悪夢から醒めた俺は、訳が分からないまま、迫り来る黒い火球を黄金の風で吹き飛ばした。
黒い火球を退けた瞬間、俺は再び悪夢を観せられる。
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──悪夢の中の赤ん坊は、人間性を獲得する事なく、悪性だけを獲得していった。
親から愛情を注がれる事なく、教育を受ける事なく、同世代の子と友情を築く事も人間扱いされる事もなく、赤ん坊は呪術師達の道具として扱われていた。
赤ん坊の両親は"物扱い(それ)"を了承した。
誰も赤ん坊に優しくしてくれる人はいなかった。
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『コウ、何ボーッとしているのよ!死にたい訳……って、ぎゃああああ!!!また飛んできたああああ!!!!』
左手に纏わりつく籠手の声によって、再度現実に引き戻された俺は、右指を鳴らす。
指パッチンにより生じた黄金の風を盾の形に加工する事で、降り注ぐ火球を退けた。
再び悪夢を観せられる。
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大人達は真王に不満を抱いていた。
自分達に何も施さない真王に。
民から資源を搾取するだけで何もしてくれない真王に。
搾取した資源を独占し続ける真王に。
独占した資源を王族だけに与え続ける真王に。
王族だけが肥え太る現状に。
大人達は不満を抱いていた。
不満を抱いた大人達は現状を変えるために抗議した。
けど、真王の力は圧倒的だった。
彼等の不満は圧倒的な真王と真王率いる騎士団の武力によって潰されてしまう。
真王は自分達に異を唱えた彼等に重い罰を与えなかった。
彼等に罰金或いは懲役を強いた後、彼等を解放した。
真王は彼等に興味なかったのだ。
その無関心な態度が彼等の怒りを駆り立てた。
彼等に呪術習得のきっかけを与えた。
彼等は呪術にのめり込んだ。
自らの不満を解消するために。
現状を変えるために。
真王に搾取されないように。
彼等は呪術という手段を選択した。
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「………っ!」
再び悪夢から醒めた俺は、降り落ちて来た火球を間一髪の所で避ける。
さっきまで原型を保っていた街は無限に降り注ぐ黒い火球によって、焼き尽くされた。
煉瓦の家を燃やす黒い炎が俺の皮膚を炙る。
その黒い炎が火の粉を散らす度、俺は悪夢を見せられた。
この時、俺はようやく悟る。
この悪夢は黒い炎に刻まれた記憶である事を。
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大人達は呪術にのめり込んだ。
最初、彼等を突き動かしていたのは正義感だった。
世界を変える。
真王の独裁政治を終わらせる。
王族に正義の鉄槌を。
自分達ならできる。
呪術を極めれば、世界を変えられる。
真王を呪えば、全てが変わる。
彼等は信じていた。
自分達が善である事を。
自分達は正義の味方である事を。
確かに彼等の不満は正当なものだった。
現状に不満を抱き、現状を変えるために行動する彼等は、人間として正しい在り方だった。
けど、彼等の選んだ手段は最悪だった。
呪術という他者の不幸を祈るやり方は、彼等の心を蝕んだ。
怨嗟する度、彼等の人相は悪くなった。
嫉妬する度、彼等の眉間に皺が寄った。
恐怖する度、彼等は他者を攻撃した。
憎悪する度、彼等の口から汚い言葉が溢れた。
煩悶、軽蔑、不幸、劣等、興奮、嫌悪、無念、悔恨。
それらの悪感情が彼等から善性を剥奪する。
月日が経過すればする程、理由のある悪意は知性なき悪意に変わり果てる。
知性なき悪意は、獣の抱く悪意と変わらないものに成り果てる。
真王の不満から始まった行為は、憎悪を吐き散らすだけの愚行に堕ちてしまう。
人を呪わば穴2つ。
真王を呪い続けた彼等の身体は自らの悪意に灼かれてしまう。
そして、自らの悪意に灼き尽くされた彼等の身体は変わり果てた。
──獣の形に。
それが始まりの魔獣──狐の魔獣の誕生だった。
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『さっきから変な記憶が頭の中に流れているんだけど、何これ!?』
周囲の建物を灼く黒い炎から逃れつつ、俺と籠手は戦略的栄転──カッコ良く言っただけで、ただの一時撤退──を選択する。
黒い炎は瞬く間に煉瓦の家屋も煉瓦で舗装された道も燃やし尽くした。
『……っ!コウ!!この近くに人はいないわ!やるなら今よ!』
「近くに人がいない……!?それって、……』
『犠牲者を追悼するのは後回し!さっさとやらないと、もっと被害者が増えるわよ!』
リリィに急かされる形で、俺は黒い炎から逃れるのを止める。
そして、剥き出しになった地面を思いっきり蹴り上げると、黒い狐の方に向かって駆け出した。
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"狐の魔獣"はすぐに討伐された。
魔獣と化した呪術師は皆死んだけれど、魔獣と化していない呪術師は生き残った。
生き残った呪術師は散り散りになった。
ある人は町近くに迷宮を作った。
ある人は湖の下に迷宮を作った。
ある人は森の下に迷宮を作った。
ある人は山の上に迷宮を作った。
迷宮の奥深くに潜り込んだ彼等は、真王を呪い殺す事ができる魔獣を作り出そうとした。
不満を解消するためではない。
現状を変えるためでもない。
彼等は胸の内に宿る形なき憎悪を晴らすため、呪い続けた。
彼等は狂気に犯されていたのだ。
故に正気を失った。
閉鎖空間に閉じ籠った所為で、彼等はますます狂気に犯された。
でも、彼等は見失わなかった。
自分達が狂気に走った原因である真王を。
彼等は理性なき悪意を真王に向け続けた。
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「……っ!呪術師達は革命に失敗した所為で、呪術に傾倒し、魔獣を生み出したのか……!」
『らしいわね……!』
焼け野原と化した元城下町を駆けながら、俺は行手を阻む黒い炎を黄金の風で退ける。
「結局、この状況に陥ったのは真王の所為じゃねぇか!」
『悪くないよね!?私は悪くないよ!?』
ああ、リリィも王子も悪くない。
これは真王や呪術師達の愚行によって起きたものだ。
彼女達はきっかけであって、要因ではない。
もし王子が本物のリリィに婚約破棄を言い渡さなかったとしても、リリィが150万発の花火を打ち上げなかったとしても、遅かれ早かれ、黒い狐──純粋悪"九尾"は顕現していただろう。
これは人の業によって生まれたものだ。
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"狐の魔獣"が誕生した100年過ぎたか過ぎない頃。
呪術師達──正確に言えば、生き残った呪術師達の子ども達──は知った。
真王が"神堕し"という儀式を行おうとしている事を。
その儀式にはバランピーノ家の娘"リリードリ・バランピーノ"が必要である事を。
だから、呪術師達は生まれたばかりの赤ん坊の容姿を"リリードリ・バランピーノ"そっくりに仕立て上げた。
彼等は最強の魔獣を真王の下に送り込む事を企んだ。
確実に真王の下に最強の魔獣を送り込むため、赤ん坊の容姿を本物のリリィそっくりに仕立て上げた。
そうして、"彼女"は生まれた。
"リリードリ・バランピーノ"の形をした"純粋悪"。
それがリリィの正体。
詰まる所、彼女は正真正銘の悪役令嬢だったのだ。
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呪術師達の狂気がリリィの身体を突き動かす。
その原動力は真王への恨みを晴らすためでも、現状を変えるためでもない。
『この世全てに災厄を』
ただそれだけを原動力にして、黒い狐は動き続ける。
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次の更新は明日の22時頃に予定しております。
今月中に本編を終わらせる事はできないと思いますが、これからもほぼ毎日ペースで更新していきますので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。




