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自分語りと天使と神堕し

「まだ神が地上を制覇していた頃、我はギリシアのアルカディアで生を受けた」


 リリィの身体を奪った真王は玉座に座ったまま、自らの生い立ちを語り始める。

 きっと時間を稼ぎたいんだろう。

 神堕し──リリィの身体に始祖ガイアとやらを降ろす儀式──を行うために、彼女は時間を稼いでいるんだろう。

 オークキング達の話が本当だったら、神堕しとやらは9月9日午後9時9分──日が沈んでいる時間じゃないと始祖を降ろす事ができないらしい──に行われる筈だ。

 今、何時か分からないが、恐らく真王が時間を稼ぎを始めたって事は、まだ9時になっていないんだろう。

 

(今がチャンスだ)


 背後に視線を向ける。

 背後には羽根の生えたピエロが籠手を持った状態のまま、嫌らしい笑みを浮かべていた。

 

『助けてー』


 籠手の中からリリィの声が聞こえて来る。

 ピエロは嫌らしい笑みを浮かべたまま、リリィの魂が封じられている籠手を撫で始めた。

 "少しでも動いたら、この籠手を壊すぞ"と言いたげな顔で。


(どうします?ご主人?)


 隣にいるレイが小声で俺に話しかける。

 

(今は動くな。"俺"が動くまで待て)


(何か考えがあるんすか?)


(ああ)


 レイとの会話を適当に切り上げた後、俺はタイミングを測るため、真王と向かい合う。

 彼女は俺達を見る事なく、自分に酔い続けた。


「我の父は羊飼いじゃった。故に稼ぎは少なく、我は欲しいと思ったものを手に入れる事ができない不自由な生活を送っていた」


 欲しいものが手に入らないだけで、衣食住には困っていなさそうな口振りだった。

 真王の話を聞きながら、俺は"俺"の出方を伺う。


「やがて月日が経ち、成人になった我は羊飼いの父に命じられるがまま、農夫と婚約した。そして、我は好きでもない男の子を産み、母としての責務を全うし、嫌々ながら年老いて動けなくなった夫の両親の面倒を見た。……そうだ、我は……私は誰かに不自由を強いられ続ける日々を送っていた」


 一瞬、ほんの一瞬だけ、真王は喜びと悲しみと愛しさと憎しみが入り混じった表情を浮かべる。

 その老獪な表情は若々しいリリィの身体では不釣り合いなものだった。


「…….だが、私の人生は"天使ガブリエル"との出会いによって変わった。天使ガブリエルは我に力を与えたのじゃ。全てを変える力を。欲しいものを手に入れるだけの力を。じゃから、先ず我は若さを取り戻した。次に女神並の美貌を得た。我に不自由を強いた父を羊に変えた。夫と夫の両親を羽虫に変えた。死なないで済む方法を得た。そして、我の生まれ故郷だったこの大陸──アルカディアを浮上させた」


 彼女が一瞬だけ見せた人間味は天使という単語を口にした途端、泡のように消えてしまう。


『……で、貴女は何故この浮島──アルカディアを浮上させたのかしら?わざわざ浮上させる理由がないように思えるんだけど、……』


 今の今まで黙っていた籠手(リリィ)が口を開く。

 いや、口がないから口を開くって表現はおかしいかも。


「我と天使ガブリエルが出会った頃は、まだ神代(かみよ)だったからな。地上にいる神々の干渉を受けないように、このアルカディアを浮上させたのだ」


 リリィの疑問が心地良かったのか、真王は愉しそうに頬を歪ませる。


「我は天使ガブリエルに願った。王になりたい、と。ガブリエルは我の願いを叶え、我の欲していたものを与えてくれた。領土を、民を、財産を、そして、王に相応しい伴侶を」


 レアな玩具を自慢する子どものように、真王は自分語りに没頭する。

 浮かべた理解し難い表情と違い、今の真王の表情はとても幼く、俺でも理解できるものだった。


「どうじゃ凄いだろ?我はこの国を興したのじゃ。更に我は我が子達を王位に据える事で、この国を裏で支配し続けた。それも10年や100年という話じゃない。2000年以上も我はこの国を支配し続けたのじゃ」


「なるほど、あの王子はあんたの子どもの子孫……いや、あんたの子孫なんすね」


「ああ、そうじゃ」

 

 話を聞いて貰っている事に喜びを感じているのか、真王は上機嫌にレイの言葉を肯定する。

 今の真王の姿は唯の少女にしか見えなかった。


「国を得た我は次に神の力……いや、万能の力を欲した。だが、この万能の力が少し厄介での。ガブリエルに頼んでも、用意にかなりの時間がかかると言われた」


 ガブリエル──背後にいる羽根の生えたピエロを見る。

 ガブリエルと呼ばれる"それ"はリリィの魂が憑依した籠手を俺に見せつけた。

 

「故に我は待ち続けた。神器と呼ばれる人間が誕生するのを。始祖ガイアとやらの分霊を受け止める事ができる器を。……それがこの器だ」


 そう言って、真王は奪い取ったリリィの身体を指差す。


「後は時が満ちるのを待つだけ。あと少しで我は万能の力を手に入れる事ができる」


「手に入れてどうする気だ?」


「今以上に完璧な存在になる」

 

 俺の質問がつまらないと言わんばかりに、真王は欠伸を浮かべる。


「いいか、人間。欲というのは不完全であるが故に生じるものだ。故に我は全てを欲する。全てを手に入れる事で、我は完璧かつ完全な存在になる」


「完璧かつ完全な存在になった後、お前はどうするつもりだ?」


「欲が尽きるまで、欲したものを手に入れ続ける。この解答で満足か?」


 バカみたいな答えだった。

 え、何こいつ。

 欲しいと思ったものを全て手に入らないと気が済まないタイプの人間なの?

 どんだけ強欲なんだよ、こいつ。

 まあ、ラスボスっぽいっちゃラスボスっぽい動機だけど。

 だけど、ラスボスの動機にしては安っぽ過ぎる。

 でも、まあ、こいつが欲に忠実なのは仕方ないか。

 だって、あの王子の祖先だもん。

 お尻弄る事が好き過ぎて真王の計画を頓挫一歩手前まで追い詰めた王子の祖先が真王(こいつ)だもん。

 というか、真王(こいつ)、王子の尻の所為で計画が頓挫しかけたから、ラスボスの威厳ってのが無さ過ぎるんだよな。

 王子の尻の所為で、真王が何を言っても威厳がないというか何というか。

 ……ああ、王子の尻の件を思い出した所為で、真王の一挙手一投足がアホっぽく見える。


「……じゃあ、あんたは欲しかったから、魔獣や魔人を生み出したんすか?」


「魔獣を生み出したのは我じゃないが、魔人を生み出したのは我が欲したからじゃ」


 強い兵士が欲しかったからの、と真王は興味なさそうに呟く。

 その態度に腹が立ったのか、レイは拳を固く握り締めた。


「魔人にされた人達がどんな気持ちで過ごしているのか知っているっすか?」


「知らぬ、興味ない。我は欲していないものを知ろうとしていない。時間の無駄だからな」


 レイの握り締めた拳から血が滴る。


「……んじゃあ、欲しているものを知る努力はしているんすか?」


「ああ、当然じゃろ」


「はっ、んじゃあ、あんたは唯の愚か者っすね。あんたが欲していたその身体が"リリードリ・バランピーノ"本人じゃないというのに」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべる真王にレイはネタバラシをする。

 その言葉に反応したのはリリィだった。


『え、もしかして、レイ、私がリリィお嬢様のフリをしていたの知っているの?』


 俺とレイは同時に頷く。

 それを見た──籠手に視覚機能があるかどうかは不明──リリィは衝撃を受ける事なく、"ああ、バレちゃったのか"みたいな軽い感じで流した。

 ……どうやら是が非でも隠したい事じゃなかったらしい。

 お前が話さなかった事で、俺達は厄介な状況に追い込まれたんだぞコラ。


「魔王の娘、貴様は馬鹿か?」


 溜息を吐きながら、真王は黄金の玉座から立ち上がる。


「我が欲しているのは始祖ガイアの分霊とやらを受け止める器。その能力を持っているのならば、"本物のリリードリ・バランピーノ"でなくても良い。だから、貴様の指摘は頓珍漢なものだ」


「……っ!」


 真王の指摘により理解させられる。

 彼女達が求めているのはリリードリ・バランピーノ本人ではなく、本物のリリィと同程度の力を持つ肉体。

 要は誰でも良かったのだ。

 始祖ガイアとやらの分霊を憑依させる肉体だったら、誰でも良かったのだ。


「そろそろ時が満ちるな」


 真王の言葉を肯定するかの如く、彼女の足下を紅い光が照らし始める。

 紅い光は六芒星の形をしていた。

 本能が知らせる。

 "真王を止めろ。じゃないと、取り返しのつかない事が起きるぞ"と。

 

「──さあ、始めようか。『神堕し』を」


 そう言って、真王は両腕で天を衝く。

 その姿は万歳した子どものようにしか見えなかった。


 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、感想・レビューを書いてくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方、新しく評価ポイントを送ってくださった方に感謝の言葉を申し上げます。

 そして、申し訳ありません。

 前回の後書きで本日2話投稿すると告知しましたが、間に合いませんでした。

 本日投稿予定だった次回のお話は、明日1月22日土曜日20時頃に更新致します。

 本当に申し訳ありません。

 次回のお話でラスボスが登場する予定なので、よろしくお願い致します。

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