勇者と挑発と飛んできた斧
結局、新しいギルドカードでも俺のステータスの数値は表示されなかった。
"こんな事は初めてだ"とギルド関係者から言われながらも、特例として俺はギルドカードなしでも依頼を受ける事を認められた。
……バカ令嬢と一緒にクエストを受ける時のみという条件付きで。
「何でギルドカードに俺の数値が表示されないんだが」
ギルドで昼食──ハンバーグみたいな料理とパンセット。塩も胡椒もないので素材そのものの味を無理矢理楽しまされている──を食べながら、俺は自分のギルドカードを睨む。
「下界の人間だからじゃないの?知らないけど」
厚い肉を頬張りながら、バカ令嬢は興味なさそうに呟く。
「まあ、その件に関しては幾ら考えても答え出ないと思うから置いといて。先ずは金を稼ぐ事を考えましょう」
「金を稼ぐって……馬車も御者も馬も借りるには屋敷を買うくらいの金がかかるんだろ?さっきチラッと依頼を見たけど、一朝一夕で貯められるお金じゃないと思うんだが……」
「借りるのにお金がかかるんなら、買えばいいのよ」
アホな事を言い出した。
加工された挽肉を咀嚼しながら、バカをバカにした目で見つめる。
「ちょ、これでも私、大真面目で言ってるんだから!私に考えがあるのよ!」
「へー、そうなんだ。じゃあ、聞かせて貰おうか。お前の考えを」
「馬車と馬を買って、ギルドで馬を操縦できる仲間を募集する。そうすれば借りるよりもお金はかからないわ」
「……馬車と馬を買うお金は、どれくらい稼げば良いんだ?」
「オーク5000体分」
「非現実的過ぎるから却下」
「ところがどっこい、美味い話があるんですよ。マイダーリン」
「誰がマイダーリンだ」
彼女は懐から依頼書を取り出す。
そこには『デスイーター』とかいう中学生がオリジナリティ溢れる名前のモンスターを考えようとした結果、結局凡庸的な名前に落ち着いてしまったみたいな名前の魔獣が記載されていた。
「これを狩れば、オーク1万体分の金が手に入るわ」
依頼書に書かれている魔獣の特徴を見る。
一言で言ってしまえば、指折りの冒険者を幾度となく葬ってきたバカ強い人型羊だった。
何でも6本の腕で繰り広げられる斧捌きは鬼神の如く強いらしく、『初見殺し』という二つ名もついているらしい。
とてもじゃないが、新米冒険者が手に負える代物じゃなさそうだ。
「金に目が眩んでんじゃねぇよ。確かにハイリターンだが、リスクが高過ぎる。見ろよ、この依頼書のドクロの数。これ、全部死人らしいぞ」
依頼書に刻印されているドクロを指差す。
その数は余裕で3桁超えていた。
「まだ壁の外に出てから数日しか経っていない俺達がこいつに手を出すのはリスキー過ぎる。とりあえず、適当に2〜3個依頼を受けてから、そいつに手を出すかどうか考えよう。この難易度星5がどれだけのレベルか分かってから手を出そう。或いはこのデスなんちゃらの情報を集めてから……」
「ごめん、コウ。もうその依頼、受注しちゃったわ」
「今すぐ断って来い、バカ」
彼女の行動力を侮っていた俺は、全力で頭を抱える。
「無理ね──違約金、勿体ないから」
「何故、俺に相談せずに1人で決めたんだ!!??」
「そこに大金が転がっているからよ」
ほっぺにソースをつけながら、ドヤ顔を披露するバカ令嬢。
そんな楽観的過ぎる彼女を見て、俺は頭を痛めた。
……こいつ、もしかして、人生舐め過ぎていないか?
「そんなに自分の実力に不安があるなら、確かめてみたらどうかしら?」
「は……?確かめる?ていうか、お前、ナチュラルに俺に押し付けていないか?面倒ごと、俺に全部押し付けていないか?」
俺の質問に答える事なく、バカ令嬢は高そうな鎧に身を包んでいる男の方に向かい始める。
高そうな鎧に装着した男は、高そうな装備を身につけた仲間達と、高そうな食べ物を食べていた。
ふと、彼等から少し離れた所に薄汚れた衣服を着た僧侶っぽい少女と目が合ってしまう。
彼女は萎縮した様子で冷めたパンを食べていた。
この高そうな装備を身につけた奴等の仲間……ではなさそうだ。
恐らく野良の冒険者だろう。
そんな事を考えていると、バカ令嬢は木製のテーブルに勢い良く足を乗せると、高そうな鎧を身につけた男達の注意を惹く。
「──あんた、トスカリナ王国直属の勇者よね?」
先程まで仲間達とガバガバ笑っていた男──勇者は不機嫌そうにバカ令嬢を睨みつける。
「それが、どうかしたか?」
「表に出なさい。格の違いを見せつけてあげる……って、彼が言っていたわ」
「言ってねぇよ」
バカ令嬢を黙らせるため、彼女の右耳を掴む。
「すまん、俺の連れが迷惑をかけた。このバカが言った事を忘れてくれ」
「ちょ、こいつ、このギルドで1番強い奴なのよ!こいつを倒せば、貴方の実力が分か……いてててて!!」
バカ令嬢の耳を引っ張りながら、俺は元いた席に戻ろうとする。
「ちょっと待って欲しい」
食器が床に落ちる音がしたので、つい振り返ってしまう。
椅子に踏ん反り返ったままの勇者は、地面に落ちた食器と料理を指差しながら、黒い笑みを浮かべる。
「君達の所為で僕らの食事が無駄になってしまった。弁償して欲しい」
バカ令嬢が勇者と呼んだ男は、当たり屋みたいな事をしてきた。
先に喧嘩を売ったのはバカ令嬢だったため、俺は下手に出る事にする。
「だってさ、バカ令嬢。さっさと金払え」
「はぁ!?あいつが床に落としたのに!!??理不尽過ぎない!!??」
「お前がやった事も大差ないけどな」
どっちも喧嘩を売っているから五十歩百歩。
どちらが悪いかと言われれば、先に喧嘩を売ったバカ令嬢の方が悪い。
「うう、……分かったわよ、払えばいいんでしょ、払えば。で、幾ら?」
「君達の持ち金全てだ」
勇者は露骨に見下したような態度を取ると、俺達に金を渡すように催促する。
自分に金を渡すのが当然であるかのように偉そうな勇者を見て、俺は少しだけムッとしてしまう。
俺の怒りが伝わったのか、勇者は小馬鹿にしたような表情を浮かべると、気持ちの籠っていない謝罪の言葉を口に出し始めた。
「ごめん、ごめん。何も全てお金を貰う訳じゃない。勿論、この床に落ちた食べ物は君達にくれてやるよ。君らみたいな底辺冒険者には相応しい食べ物だから」
皮肉を飛ばしているにしては、勇者の顔は清々しいものだった。
誰が聞いても煽りにしか聞こえない言葉。
それが、彼の心からの言葉である事を理解する。
これ以上彼と関わった所で害はあっても利益はないと思った俺は、バカ令嬢を連れて、さっさとこの場から逃げようとした。
「行くぞ、バカれいじょ……」
彼女の手を掴もうとした手は宙を切ってしまう。
気がつくと、バカ令嬢は何処からか取り出した手持ち花火の束を勇者の口内に突っ込んでいた。
「ふげ!?ふご!?ふごぉ!!??」
「私達が残飯レベルなら、あんたみたいなクズ男はこれで十分よ──着火っ!」
「すんな、バカっ!!」
花火に火を点けようとしているバカ令嬢の頭をど突く。
そして、大量の花火を口に突っ込まれ、窒息死寸前に陥った勇者を即座に助け出すと、俺は今度こそバカ令嬢を連れて、この場から立ち去ろうとした。
「ちょっと待てっ!!!!」
が、そうは問屋が卸さない。
必死に酸素を求めて喘いでいる勇者に代わって、戦士みたいな鎧を着た大男と僧侶らしき格好をした美女が俺達を呼び止める。
「テメェら、勇者様に粗相して、タダで帰れると思うなよ!!」
「そうよ!!この方をどちら様と思っているの!!??トスカリナ王国の王族の血を引き継ぐ高貴なお方なのよ!!貴方達がしたことはねぇ!不敬罪と殆ど同じよ!!」
「はっ!王族がなによ!言っておくけど、私はね、その王族の中でもそれなりに偉い第1王子のケツを……もがぁ!」
指名手配犯である事を白状しようとするバカ令嬢の口を手で塞ぐ。
もしここで彼女がお尋ね者だとバレたら、この冒険者ギルドは使えなくなるだろう。
金を稼がなきゃいけない俺達にとって、それは致命的だった。
(さっさと、こいつが迂闊な発言する前に退散しないと……!)
バカ令嬢の口を塞いだまま、俺はギルドから出て行こうとする。
が、出入り口付近まで辿り着いた所で背後から斧が飛んできた。
寸前の所で俺は何とか飛んできた斧を躱す。
斧は俺達がさっきまで立っていた床を呆気なく砕いてしまう。
下手したら、さっきの一撃で死んでいただろう。
改めて──何度目か分からないが、ここが元いた場所と違う事を認識する。
「──逃すと思うかよ」
戦士っぽい大男は逃げようとした俺達にドスの効いた声で脅しをかけた。
一触即発の空気がギルド内に漂う。
そんな空気を読むことなく、俺の手から逃れたバカ令嬢は、ドヤ顔を披露しながら、こう言った。
「これで逃げも隠れもできなくなった訳ね」
「お前の所為でな!」
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方に厚くお礼を申し上げます。
また、新しくブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、本当にありがとうございます。
これからもゆっくりのペースですが、完結目指して執筆しますので、よろしくお願い致します。
次の更新は明日の13時頃です。




