作戦と命を賭ける理由と切札の銘
「……で、神域とやらに至れたのか?」
森の中を歩きながら、オークキングは俺に質問を投げかける。
「さあ?神域ってのがどんなのか具体的に分からないし」
茜色から藍色に染まりつつある空から視線を逸らした俺は、前の方に視線を向ける。
前方には全長30メートルくらいの巨大な壁が聳え立っていた。
……この壁を超えた先にリリィがいる。
その前に乗り越えなければならない障壁が多いが、まあ、なんとかなるだろう。
魔王軍が立てた作戦の通り、俺とオークキングは壁から少し離れた所で待機する。
近くに人がいないのか、人の気配は一切感じなかった。
「………本当に騎士団長に勝てるのか?コウくんが彼女を倒す事を前提に作戦が組まれているんだが……」
「大丈夫、俺、1回あいつに勝ってるし……まぐれだけど。まあ、勝てるだろう」
「本当に剣は必要ないのか?素手で大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ」
「んじゃあ、作戦の確認だが……」
「俺が正門から反対の位置にある壁に穴を開ける。そして、騎士団長を呼び寄せる。んで、俺が騎士団長と闘っている隙に魔王軍は正門を攻め込む……だろ?」
「ああ。コウくんが騎士団長を撃破後、真王城前に移動した魔王様とお嬢達と合流。その後、……」
「俺とルルとレイと魔王で敵の本拠地に突入し、神器であるリリィを助ける。……そうだろ?」
「ああ。作戦開始は今から約1時間後──午後7時からだ。魔王様の話が本当なら、ガイア神とやらを降ろす儀式は午後9時9分に行われるらしい。それまでにリリードリ・バランピーノを救出しなければ、オレ達の負けだ」
「ああ」
「………で、コウくん、神域とやらに至れ……」
「おい、話題がループしているぞ」
オークキングの方を見る。
彼の顔から緊張の2文字が染み出していた。
「大丈夫だって。ちゃんと勝算はあ……」
オークキングの緊張を解そうと、俺は彼に声を掛ける。
その瞬間、上空から人の気配を感じ取った。
「オークキング、離れていろ」
夕陽に照らされている木の葉が激しく揺れ始める。
上を見上げる事なく、俺は右掌から黄金の風を放出する。
そして、頭上から振り下ろされる大剣を黄金の風を纏った右掌で受け止めた。
斬撃の余波により、周囲の木々が激しく揺さぶられる。
俺は受け止めた大剣を握力で圧し折ると、斬撃を繰り出した張本人に視線を向けた。
「ちっ……!」
斬撃を放った鎧武者は悔しそうな声を発しながら、俺から大きく距離を取る。
そして、圧し折られた大剣を投げ捨てると、身につけていた鎧を脱ぎ捨てた。
「き、騎士団長……!?」
鎧の中から出てきた美女を見たオークキングが驚きの声を発する。
「な、何で彼女が……!?まさかコウくんが来るのを待っていたのか!?」
「ああ、こいつが偽物のリリィを助けに来る事は分かっていたからな。この数日、こいつが来るのを待ち続けていた」
騎士団長は虚空から新しい剣を取り出すと、俺に殺気を向ける。
「魔王軍と協力して、偽物のリリィを助けるつもりだろうが、全て無駄だ。お前らが攻め込むのを予想して、城壁正門には動員できる全ての騎士を待機させている。仮に魔王軍が全勢力を城壁正門に傾けたとしても、突破する事は難しいだろ……」
「なあ、騎士団長」
右掌に纏う黄金の風をロングソードの形にしながら、俺は彼女に問いかける。
「何でお前はリリィを……いや、偽物の方のリリィを救おうとしないんだ?」
「言っただろ?私が守りたいのはリリィだけだと」
「偽物を犠牲にして、本物のリリィが喜ぶと思っているのか?」
俺の質問に答えられず、騎士団長は押し黙ってしまう。
「騎士団長、お前が本物のリリィを守りたいのは分かった。でも、それは真王側に属しなきゃできない事なのか……?」
「…………さあ、な」
騎士団長は剣の鋒を俺に向けると、言葉を濁す。
「逆に問おう。貴様、何故偽物のリリードリ・バランピーノを守ろうとする?彼女に惚れているのか?」
「はっ、精神年齢5歳児に惚れる訳ないだろ」
バカな事を言う騎士団長を小馬鹿にしながら、俺はオークキングに視線を送る。
「なら、何で彼女のために命を賭ける?」
「長生きして貰いたいからだ」
剣の形にした黄金の風を構えながら、俺はいつでも闘えるように身構える。
「それが俺の願望だ」
亡くなった姉を思い出しながら、震災で死んだ家族を見捨てた事を思い出しながら、俺は真っ直ぐ前を見据える。
死んでしまった人は蘇らないし、報いる事もできない。
家族を見殺しにした後悔はこの先どんな善行を積んだとしても晴れないだろうし、死ぬまで抱え込む事になるだろう。
今までの後悔を無くす事はできない。
けど、これからするであろう後悔なら減らせる筈だ。
もう2度と目の前の命を見捨てたりなんかしない。
それが俺が出した答えだ。
「これで満足か?」
剣の形となった黄金の風を下段の位置に構えつつ、オークキングの方を見る。
彼は目だけで俺に"作戦開始時間を前倒しにした"と伝えた。
「で、騎士団長。お前は本物のリリィの何を守りたいんだ?」
俺の疑問に答える事なく、騎士団長は取り出したロングソードで俺の脳天を切り裂こうとする。
迫り来る剣撃。
その一撃を黄金の風を纏った右の手刀で撃ち砕く。
再び武器を失った騎士団長は苦い表情を浮かべると、躊躇いもなく切札を切った。
「──心器っ!」
騎士団長の手から赤黒い閃光が生じる。
彼女が握り締めた閃光は一瞬で剣の形になると、まるで太陽が落ちてきたかと錯覚するくらいの熱と光を放ち始めた。
それは一度見た事がある。
雪山で闘った時に見た彼女の切り札。
彼女の欲望を形にした斬撃。
彼の大英雄ジークフリートが邪竜を討った時に使用した聖剣/魔剣の銘を持つ斬撃。
その斬撃は山さえも優に薙ぎ倒す。
俺は熟知している。
彼女の切札の危険性を。
切札が未完成である事を。
故に俺は彼女から距離を取った。
オークキングを巻き込まないように。
魔王軍が立てた作戦を遂行するために。
そして、何より俺自身が切札を切れるように──!
「──■■■■■■っ!!」
オークキングから十分に距離を取った瞬間、騎士団長は蘇芳色の閃光を放射する。
刹那の間に周囲にあった木々は灼け落ちてしまった。
蒸発する木々を視界に移しながら、迫り来る致死的な一撃を"切札"で薙ぎ倒す。
「──心器」
"切札"を握り締めた俺は目と鼻の先まで迫った閃光を両断する。
そして、手に取った"切札"を地面に突き刺すと、声高らかに"切札"の銘を告げた。
「──天乃叢雲の剣」
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、感想・レビューを書いてくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は12月26日日曜日20時頃に予定しております。
今年中に本編を完結させる事はできないと思いますが、年末年始も更新するので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。




